140SS *20 Apr 2017 : other* 鐘の音が鳴る。朝露で足元が濡れる。靄が包む公園の片隅で、私と彼女は向かい合う。彼女の輪郭はぼうっと滲み、水蒸気の向こうへ、溶け出していくかに思える。 「これが本当のお別れです」 「本当の?」 「そう、本当の」 伏せた瞼の縁の、睫毛の震え。私はやっと、全てが幻だと悟る。鐘の音が鳴る。鳴る。 ―幻(ほんとう)のお別れ *26 Feb 2017 : other* あの更地に私の通った小学校はあった。 靴の下でキュッキュと音を立てる廊下の感触も、夕陽の射し込む図書室の埃っぽい匂いも、階段の木製の手すりの手触りも、今まさに体験しているように想起できるのに、もはやそれらが自分のちっぽけな脳の神経回路、その中にしか存在しないのが不思議でたまらない。 ―脳の中の幼年期 *26 Feb 2017 : other* いっけなーい遅刻遅刻! 私、高校一年生のリホちゃんの影!今日は寝坊しちゃって、外に出るリホちゃんの足元にギリギリ滑り込めたの。影が無いなんて気づかれたら大問題だから危なかったあ。でも、曲がり角で彼女がぶつかった男の子の影と、私が入れ替わっちゃった! 私、これからどうなっちゃうの〜!? ―TSラブコメ(※足元) *25 Feb 2017 : other* 取引先の常に思い詰めた顔の人が気になっていた。二人きりになった時、信じられないでしょうが、と切り出された。 「僕、十年前から何度も人生を繰り返してるんです。ループというのかな。それで人生に疲れちゃって」 しばらくして見かけた彼は晴れやかな表情になっていて、抜け出せたんだな、と思った。 ―取引先のループさん *25 Feb 2017 : other* 杯のうち一つを選んで下さい。選ばないなら引き金を引きます。貴方が選ばなかった方を僕が飲みますよ。選ばなければ確実に死に、選べば僕か貴方か、一人は助かる。簡単でしょう? では……え、これは何だって?これは解毒剤です。どっちの杯にも毒が入っていたんです。苦しいですか?ふふふ、良かった。 ―二つに一つ *22 Feb 2017 : other* 君は壊れた傘がどこへ行くのか知っているだろうか。なぜ街が傘の残骸で溢れ返らないか、考えたことはあるかい。 この社会にはね、鉄とビニールを取り込んで成長する化け物がいるんだよ。生物と呼べるかすら分からない、そう、化け物さ。 ――今君の前にいるのがそれだよ。君ならそいつを、何と名付ける? ―傘の行方 *08 Feb 2017 : Escapade with Blue* 死者の呪縛なるものを時々考える。オカルト的な意味ではない。 ルネと関わり合った影の人間は殆ど、彼女の影響を未だに重く背負っている。錦も、シャーロットも、セルジュも、勿論俺も。あの時某していればという悔恨から遺志を継ぐことまで、それを絆だとか口当たりよく表現することは、俺はできない。 ―死者は呪う *08 Feb 2017 : other* 環境変化と食糧難に対抗すべく人類が開発した、低温・高温・凍結・乾燥耐性遺伝子を組み込んだ、成長ホルモン過剰分泌植物は、瞬く間に全地表へ拡がった。植物食動物は己が食物を失い、ヒトを含む雑食・肉食動物も緑に飲み込まれるように滅んだ。 今ではその星は、皮肉を込めて緑の惑星と呼ばれている。 ―緑の惑星 *08 Feb 2017 : other* 東山魁夷の白馬の森の複製画が学校にあって、私はそれを見るのが大好きでした。私は絵に救われたんです。 雨が続いた夜に誤って川に転落した私は、未明に川原で発見され、皆奇跡だと言いました。濁流の中で何かが体を押し上げ、私は必死にしがみつきました。掌には確かに、白馬の鬣(たてがみ)が残っていたんです。 ―白馬の森 *03 Feb 2017 : other* メールでは深刻な様子だったのに、いざ会ってみると彼はぺらぺらとよく喋った。常になく、実の薄い話題を取っ替え引っ替えして。 わざわざ新幹線で二時間かけて来ておいて、あれほど饒舌だった彼は結局、たった四文字の言葉を口にしなかった。"さよなら"の周りを踏み固めるための、寂しい時間だった。 ―踏み固めても言えない ▲ back ▼ |