▼夢のまた夢



悪魔を見たことがあるか?
その問いにバギーは自信を持って答えることは出来ない。悪魔の実はこの世に存在する。しかし悪魔は?悪魔の実はどこから来た?自分は何を体内に取り込んだ?
その存在にすら疑問を抱き始めた日のことは覚えている。まだ名前と共に旅をしていた子供であった頃。悪い夢を見たのだ。きっと魘されていた。名前は眠っていたバギーを起こし、何を見たと問い詰めた。あんな気迫迫る名前を見たのは初めてで、夢を見たことなど、正直忘れそうだった。
バギーが口にしたのは、伯爵という言葉だった。名前が、その言葉を二度と口にするなと怖い顔で言ったことを覚えている。

あの時見た夢はなんであったのか。名前が口にした悪魔とはなんだったのか。悪魔の実を食べる事にはもちろん戸惑いはなかったが、ふと浮かんだ問は少しだけ心にざらついたものを残した。
今、名前はバギーの知る場所にいる。今のところ何処ぞへと消えるつもりはまだないようで、あの頃と同じ様に酒場で阿呆の様に酒を飲み、賭博に興じている。見つけることは簡単だろう。しかしバギーにはあの夢を再び名前に聞くことがどうにも恐ろしかった。あの時名前はもう怖いものはないから忘れろと言った。名前がそう言うのならば恐ろしいことなど無いのだろう。しかしバギーは覚えている。伯爵という言葉を。覚えているというよりは、あの時、名前がエースを助けたあの時だ。食虫植物の様なあの手を見た時。ふと思い出したのだ。あの晩も、名前の手はああなっていなかったか。夢の続きだと思っていた。もしかしたら名前も能力者だったのかもしれない。そう考えることが出来たら楽だった。しかしあれは異質だった。

「なんで思い出しちまったんだろうなぁ…」

バギーが覚えていることを知ったら、名前はバギーを殺すだろう。バギーは今は名前の保護下にはいない。あの時のような小さな子供ではない。彼ならきっと痛みなく殺してくれるだろう。バギーなんかよりよっぽど強い。

「でもエースを助けたんだよな、あの人は」

名前は若い命が散ることを嫌う。そんなことはわかっている。そんな男に自分が育てた若者の命を散らせというのは酷だろう。あの時見た夢のことなんて、あの時起こった事なんて、今のバギーにはなんの未練もない。時は悲しさも悔しさも何もかもを風化させる。だから今のバギーは“大丈夫”だ。未練があるとすれば今更のこのこと現れ、半分諦めていたバギーの心をかき乱すだけかき乱した名前本人のことだけだ。

「忘れたまんまにさせてくれりゃあ良かったのに」

あんたのことも、何もかも。名前の優しさは、ちっともさっぱり優しくなんかない。


2019/02/18


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