お味はいかがでしょう。








可憐が一級呪術師として復帰して約半年。彼女は五条と共に新しい一年生の担任をすることになり、任務に教職にと、比較的忙しい日々を過ごしていた。もちろん特級の名を持つ五条はそれ以上に忙しく、今年の一年生の三人からしたらメインの担任は可憐で五条はたまにふらっとやってくる特別講師のようなポジションになりかけている。しかし、今年の一年生は五条の言葉を借りれば豊作で、以前から可憐が優秀と言っていた二年生と共に、先の京都校との姉妹校交流戦も無事勝利を収めた。












「あーっ!ななみん!」
「.....虎杖くんこんにちは。お久しぶりです。」
「ちわっす!」
「随分と汚れていますが、なにをしたんですか?」


時刻はちょうど昼休みになった頃だった。
高専内のグラウンド近くに置かれた自販機で珈琲を買う七海に声をかけたのは一年生の虎杖だった。隣の自販機でポカリをなぜか三缶購入する。七海は以前に虎杖を五条に押し付けられたため面識があり、それ以降虎杖はあまり会うことは少ないが七海に懐いている。七海は虎杖に昔も呼ばれていた渾名で呼ばれることをもはや諦めて、あまりに汚れた彼のジャージを一瞥して問いかけた。






「あぁ!さっきまで近接戦の授業だったんだよ!

藤堂先生って知ってる?
五条先生いないこと多いからさ、結構近接の授業藤堂先生がやってくれんだけど、俺と伏黒と釘崎全員でかかってもなかなか倒せなくてさー!

みて、ボロボロ。砂と泥だらけ。」


「なるほど、そうだったんですか。
藤堂さんなら知っています。ひとつ上の先輩です。昔から近接は得意だったイメージはありますよ。」

「えー!そうなんだ!

先生、華奢だしさ、パワーとかそんなに無いはずなのになんかこう受け流されちゃうっていうかさー!一対一でもやったんだけど、全然ダメで、先生が地面に倒れたの二回だけだよ?」


「すごくない?」と目を輝かせる虎杖を見て、七海は手に持っていた紙袋の中身の意味を察して少し溜息をつく。




「藤堂さんの場合、合気道のように相手の力を利用するので虎杖くんはパワーでは負けないでしょうけど、やりにくい相手かもしれないですね。」

「そーなんだよー!!ななみん勝てる?」
「流石に、彼女と近接の練習は長いことしていませんが学生時代は勝てましたね。けれどその頃はまだ合気道のような動きはそこまで取り入れていなかったので。」

「そっかー。一回呪力ありで戦ったことあるけどすーぐ結界でガードされちゃって。」


あまり学生の前の可憐のことを知らない七海には、学生に指導している彼女の姿が垣間見れて新鮮だった。虎杖は特にそんなことに気付くわけでもなく、最近はこんなことが出来るようになったなど、嬉しそうに七海に話す。






「そーいえばさー、藤堂先生って五条先生の恋人らしいんだけどななみん知ってた?」
「.....はい?」

七海が虎杖の言葉に眉間に皺を寄せるのとほぼ同時に彼の携帯が鳴る。虎杖に失礼と小さく声をかけて電話に出ると、声の主は噂の可憐だった。









「ええ。いまグラウンドに。わかりました、待っています。」
公私混同を嫌がる七海は、電話越しでも高専にいる以上は彼女に敬語を使う。七海が電話を切るのを確認すると、虎杖はなんだか楽しそうに「だれ?だれ?」と聞いてくる。









「すぐに来ますよ。


あぁ、そうだ。虎杖くん。誰が五条さんと付き合っているって?」
「えっ、藤堂先生。

え!なんかななみん知ってんの?!これほんとの話かな!五条先生から聞いたんだけどさ!」





若い学生は教員が絡む恋の話にはやはりテンションが上がるようで、とても楽しそうな虎杖に七海が小さく溜息をついていると、先程電話をしてきた可憐が走って二人のもとに向かっているのが七海の視界に入った。







「あれ、悠仁!何してんの?」
「あ!先生!たまたまななみんに会ったからさ!」
「あははっ、ななみんだって!」

そこに現れた可憐の服装を見てまた七海は眉間に皺を寄せる。その視線に気がついたのか彼女はへらっと笑って七海の方に向き直る。






「いやー、ジャージ持っていってあると思ったらないのに朝気が付いてさ。」
白のパンツにカーキのブラウスを着て、黒の少しだけ丈が長めのジャケットを肩に引っ掛けて朝出ていった彼女の服といま着ている服はジャケット以外は同じだが、それは驚くほど土や砂で汚れていた。





「そーいや、そうじゃん!あとで着替えるのかと思って突っ込まなかったよ!

えっ、大丈夫?先生着替えある?釘崎に聞いてみようか?」
「大丈夫大丈夫、ありがとう、悠仁。」

笑ってそう答える可憐に七海は持っていた紙袋を手渡すと、やや呆れたような顔をする。





「なるほど、それでこの着替えですか。」
「あったりー。高専に着いてから気がついてさ、よかったよー、家にいてくれて。わたしこの泥だらけで帰るところだった。
こう言う時に限って、硝子のところにも着替え置いてないんだよね。


ありがと、助かった!」

「いえ。お役に立てて良かったです。」
「もう帰るの?」
「いや、学長に挨拶していきます。」
「真面目か。学長なら多分学長室でまた可愛いを絶賛製造中だよ。」
「わかりました。今度の長期任務のことで聞きたいこともあったので。」
「あー、名古屋だっけ?いいなー、味噌煮込みうどん。」
「観光しに行く訳ではないのですが。」











「ねぇ!!ちょっと待って!!!」
「なに?」「なんですか?」

平然と会話を続ける二人に我慢できず虎杖が大きな声でそれを制した。






「ななみんが藤堂先生の着替え持ってきたの?」
「ねぇほんとにななみんって呼ばれてるんだね」
「そこは今いいでしょう。」





「えっ、ななみんが五条先生に頼まれたとか?」
「なんでそうなるのよ」
「え?」








「だって、藤堂先生、五条先生と付き合ってるんでしょ?」
虎杖が本気で混乱している様子に、可憐はなんとなく察して、「それ悟が言ってたの?」と彼に聞く。






「えっ、うん。先生たち仲良いよねって聞いた時に付き合ってるからねーって。」
「殺す。」
「仲はいいんじゃないですか。」
「わー、そういうこと言う?

それは同期で、私に悟のおもりを学長が押しつけてるからでしょ?」







服についた汚れを払いながら溜息を吐く可憐は、いまだにぽかーんとしている虎杖の方を見て「お前は純粋だな!そこが可愛い!!」と頭をぐしゃぐしゃと撫でる。










「えっ、どゆこと?俺なんか変なこと言ってる?」
「虎杖くん、藤堂さんは結婚してるんですよ。」
「ん?!誰と?!」
「私とです。」








しれっと話す七海を前に、虎杖は口をあんぐりと開けて目をパチクリさせる。可憐はあまりにいい彼のリアクションについ笑ってしまった。










「えぇ???!!!」
「ははっ、いいリアクション。
私、実は人妻なの。驚いた?

可哀想に、悟に騙されて。あいつ出張から帰ってきてから一発殴るわ。」
「だって、苗字違うじゃん!」
「夫婦別姓にしてるのよ、ややこしいでしょ。一級同士だし。」
「なっ、、なるほど、、

じゃあ、指輪は?!二人ともしてないよね?」
「持ってるけどしてないのよ。近接やらで壊しても嫌だし。休みの日はつけてることも多いけど」
「たっ、たしかにーー、、!」
「隠しているという訳ではないのですが、特段聞かれることもないので。」
「あ、ちなみに悟は知ってるからね。知っててあんたにデマを吹き込んでるからね。タチ悪いね、あの目隠しバカ。」

突然目の前にいた二人が夫婦だとわかると、虎杖は驚きが段々と嬉しさに変わったのか、少し考えるような顔をしてから、とてもいい笑顔を二人に見せる。









「でもそっかー!大人オブ大人のななみんと、藤堂先生が夫婦とかなんかいいなー!

五条先生とお似合いだなーとか思ってたんだけどさ、ななみんの方が旦那さんに向いてそうだね!

俺、先生もななみんも好きだから嬉しい!」
「飲み込みの速さよ。」
「そこは虎杖くんのいいところなのでは?」
「確かに、」
「そっかそっかー。伏黒たちにも言ってもいい?」
「別に構いませんよ。」
「そーそー。ご飯でも食べにおいで。」



可憐は笑ってから虎杖に、「ほら、お昼ご飯食べちゃわないと午後の授業遅れるよ」と声をかけると、同級生の二人に頼まれていたポカリのことも思い出したのか、急いで教室の方へ駆け出す。



「まったねーー!!ななみーん!!」
少し離れたところから手は塞がっているので振れないようで、大きな声で言う虎杖に今にも頭痛がしてきそうな顔をしながら七海は彼に軽く手を振った。







「ななみんだって、懐かれちゃって。」
「あのくらいの年齢の子が、大人に渾名を付けたがるのはよくある事ですから。」
「とか言ってさ、絶対最初呼ばれた時、ぶち殺しますよって言ったでしょ」
「当然でしょう。」
「こわっ。」














『ねぇ、ななみん!』


無邪気に呼ばれたその渾名は、自分の中にある眩しくて時に目を逸らしたくなる思い出を強制的に呼び起こす。好きだったのに手を伸ばさなかった歯痒さも、自分では駄目だと踏み切れなかった情けなさも、それでも呼ばれると弾んだ自分の心の音も、鮮明に思い出してしまうから、若く無邪気な彼がまたその渾名を口にした時、自分の我儘でそれを制したようなものだ。我ながら子供っぽいと思いつつ、自分の気持ちの強さをただただ知った。
















「私もまたななみんってよぼうかな」
「駄目です。」
「えー、可愛いのに。」
「ぶち殺しますよ。」
「えっそれ、私にも言っちゃう?!」
「冗談ですよ。」


さーて着替えようかなと、教員室の方へ向かおうとする彼女の腕を引くと七海は少し不敵に笑って、触れるだけのキスする。













「.......公私混同。」
むくれたような顔をした可憐に七海は笑う。






「また迎えに来るから、夕飯は外で食べよう。」
その言葉に彼女も笑って、頷いた。













なんてことのない日常を少しだけ変えるものは、何も見えなくなるような絶望か眩しいくらいのしあわせか。

何かを失って絶望を知っているから、しあわせなんて望まなかった。

別に必要じゃないと思ってた、
別にいらないと思ってた、
別に独りで生きて死ねばいいと思ってた、
でもそれは自分をただ誤魔化してただけだった。


貴方とのしあわせはなくてはならないものだったのね、


ヒツヨウじゃないとイラナイはちがった







(貴方とのしあわせは、甘くて酸っぱくて、たまに苦くて。そんな気まぐれな味。)










fin.










後書き。
長編読了ありがとうございました。
久しぶりに書いたのでなかなか表現が下手だったりもあったかと思いますが(個人的には五条さんの口調に永遠苦戦してます)男女どちらからにも好かれそうなサバサバした女性をイメージしたヒロインと、七海の焦ったい恋は書いてて楽しかったです。
番外編でもまた二人のことを書いていこうと思うので、こんな二人見たい!とかありましたら拍手の方から教えてくださいませ。

長すぎず短すぎずの尺に収まったかなと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。褒められて伸びるので感想などありましたら首を長くしてお待ちしてますね。笑





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