銃口は衣の下に

私がこの船――シャーク・スパーブ号と言うらしい――に気の済むまで居て良いと言われてからひと月、毎日とにかくがむしゃらに働いた。パンケーキ、掃除、備蓄管理、調理、片付け、朝が来たらまたパンケーキ……。
初めこそどんな手で船長に取り入ったんだと胡乱げに私を見ていた船員達も次第に、この人間は何の力も持たないガチのよわよわ一般人で、アーロンが追い出す様子が無いこともあの人の気まぐれだろうと納得したらしかった。
せいぜいパンケーキマシンとして有用に働かせていただく所存である。


「もうすぐ近くの島に停泊するらしい」
「えっホント!?」


とある日の朝食後、片付けをする私にカネシロがそう話しかけた。
拭いていたグラスから顔を上げて視線を向けると、お皿に残ったバターをパンケーキの最後の一口で丁寧に拭いながら頷く。


「ああ、この間の戦闘で傷んだ箇所を確認して修理するのにも、置いておける場所が必要だしな」
「そっかあ……!うわ〜、初めての島だあ!どんなところかな〜!楽しみ!」


私も遊びに行っても良いのかな?調理器具や調味料の調達、それから新しい服も欲しい!
人間の町に思いを馳せてわくわくする私の様子を見たカネシロは頬をかく。


「多分、お前が思ってるような島じゃねェぞ」
「え?」
「最近この辺りで沈め……いや、交戦した船がそこを経由したようだったが、小さな島で町ひとつの他はほとんどが農村らしい」
「そうなんだ……」


一瞬不穏な話が聞こえたが、カネシロは言葉を濁した。
一ヶ月前のあの時から、船員達はなるべく私に過激な話を聞かせないようにしてくれている節がある。戦闘が始まると部屋から出るなと言いつけられるし、荷物を見に行く時もわざわざ食堂まで運び込んでくれるようになった。ハイ、完全に赤ちゃん扱いです本当に申し訳ない……。
とはいえ、やはり初めて上陸する無人島以外の島に心は踊るのだった。










秋の気候の平和な島に海賊船が入港すると、港はにわかにざわつき始める。


「最初は交渉≠ェある。お前はしばらく部屋に戻ってろ」
「う、うん」


船員を引き連れて船を降りるアーロンの言葉に私はひとつ頷き、大人しく部屋へ戻った。
ベッド代わりに使っている木箱を風通しの良い窓際に移動させたり、毛布を干したりして時間を潰すこと一時間。この世界の文字って読めるのかな?本でもあれば良いのに……。そう思い始めた頃、ようやく部屋を出て良いとの許可が降りた。


「アーロンさん達がそこの建物にいる。一度顔を出してから町へ行けとのことだ」
「ありがとう!行ってきます!」


伝言を持ってきた船員が指さしたのは港の管理事務所のような建物で、きっとここの責任者が詰めているのだろう。船を降りて久しぶりの地面に降り立つ。ああ〜!揺れてな〜い!
スキップでもしそうなほど軽い足取りで気分良く建物へたどり着くと、扉を小気味良いリズムでノックした。ゆきだるまつく〜ろ〜!なんちゃって!


「入れ」
「アーロン、町へ行っ……」


そこには威圧的な笑顔でソファに腰掛けるアーロンと、後ろに並び立つ三人の幹部。向かいの椅子には責任者とおぼしき壮年の人間男性が二人ほど、滝のような汗をかきながら俯いて座っていた。空気重っ……。


「ああ、来たかなまえ。こっちに来い」
「アッハイ」


言われるまま近くに寄ると、突然腰に腕を回されグッと引き寄せられる。うおぁと声が出たことを気にする間もなく、気付くとアーロンの膝の上に座らせられていた。こ、これは一体なにごとか……?
スペキャ顔で大人しくしていると、私の腰を抱いたままの悪い顔が続ける。


「言ったろう、うちの船には人間も乗ってると……。これでわかっただろう?おれ達が友好的≠ネ魚人だってことはな」


あ、な〜るほど。プルプル、ボク悪いスライムじゃないよ戦法ね。……詐欺じゃん。
人間男性達は全く信じていないという顔で、スペキャ顔で固まっている私を見やる。すみません、この人達嘘つきです。バチクソ人間アンチです。


「……わ、わかった。そちらの言い分を飲もう」
「話が早くて助かるぜ、町長。いや、助かったのはそっちかな?シャーッハッハッハ!!」
「町長……しかしそれでは……」
「……町を守るためだ。背に腹はかえられん」
「交渉≠ヘ成立だな」


交渉っていうか脅迫じゃん……。
人間男性達が肩を落として部屋を後にするのを見送ると、アーロンは私をペイッと床に捨てた。


「ぎゃっ!」
「おい、お前は一人で遊んでこい」


言うが否や、ポケットからマネークリップに挟んだ紙幣をいくつか取り出し投げてよこす。慌てて受け取り、初めて見るこの世界のお金に目を見張った。


「え!いいの?すごーい!お金初めて見たあ!」
「さっさと行け」
「うぎゃ!」


お金を透かしたりひっくり返したりしてはしゃいでいる私のお尻をアーロンは急かすようにパンと叩く。予想外の衝撃に思わず跳び上がって背後を振り返った。


「なっ!何をするだァーッ!ゆるさんッ!」
「貧相な尻だ」


シャハハと笑いながら幹部達に向き直ったアーロンをひと睨みしてから外へ出る。落とされたり叩かれたり散々な目に遭った……。良いもんね、買い物で発散してやるし。
手に持っていた札束をポケットに捩じ込んで、小走りで建物を後にした。










初めて見る人間の町は色とりどりで、前の世界と同じようなところもあれば違うところもある。まず人間の規格バラバラすぎない?
キョロキョロ周りを見回してあちらこちらの店を冷やかす。カネシロは大きな町ではないと言っていたけど、それでも、人が集まって生活を築いている場所は見ているだけでワクワクした。


「これください」
「はいよ、三百ベリー」


こちらの単価はベリーで、レートは多分、日本円と同じくらい。良かった、これなら一人で買い物できる。アーロンから預かったお金はお小遣いってレベルの額じゃなかったけど……。
広場のベンチに腰掛けて買ったお菓子を食べる。甘くてサクサクで美味しい!これなんて言うんだろ?クッキーで良いのかな?この町では調理器具も少し買えたし、はちみつやバターもいつもと違うものを選べた。やっぱり買い物は最高!
良い気分で過ごしながら周りの会話に耳を澄ませると、どうやら港に停泊している海賊船の話でもちきりのようだった。


「今朝海賊船が着いたらしい」
「なんでもアーロン一味の船だとか」
「アーロン一味?魚人海賊団が分裂したって話は本当だったのか……」
「タイヨウの海賊団は、最近七武海入りした海侠のジンベエが引き継いだって噂だよ」
「おっかねェ……ただでさえ海賊、その上魚人だなんて」
「気味が悪い……。フィッシャー・タイガーは奴隷解放の英雄だったと言うが、アーロン一味はゴロツキの集まりらしいね」


――なんか……この世界の暗い部分を聞いてしまった気がする……。
そりゃあ、確かに海賊だけどさ。魚人ってだけで嫌われるのは……いや、こちらの歴史なんて何ひとつ知らない私には何も言う権利が無い。私は私の目で見て、自分で判断していかなきゃ。
立ち上がってワンピースの裾に付いたお菓子のクズを払う。さて、そろそろ船に戻ろうかな。


「お嬢さん、こっちこっち」
「え?私?」


広場の端でシートを広げて座り込んでいたお婆さんに声をかけられる。首を傾げながら近付いてみると、どうやら露店を開いているようだった。


「これ、どうだい?綺麗だろう?」
「わあホント、このミサンガとっても綺麗」


青い糸にキラキラした銀の糸が織り込まれていて、光を反射して輝いて見える。まるで海の上で砕ける波飛沫みたい。
今は特にお願い事は無いけど、私の宝物にしても良いかも。


「これ、ひとつください」
「ありがとうね」


お代を払ってミサンガをポケットに入れる。足取りは来た時と同じように軽かった。










「ただいまー!」
「おい、遅ェぞ。もう夕飯の支度は終わっちまった」
「あっ!もうそんな時間だった?ごめん、時計見てなかった」


船に帰ると食事当番のピサロがプリプリしながら配膳していた。
急いで買ったものを片付けるとピサロを手伝う。バタバタと夕食の時間が過ぎ、仕事が一段落してテーブルに腰を下ろす頃になると足はすっかりパンパンだった。でも、今日はその疲れさえなんだか心地良い。


「いただきます」


私の声は他の船員達の喧騒に掻き消される。
メニューはいつものマズいスープだったけど、今日は少しだけ美味しく感じた。

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