それから愛になった

「あっ!ネコチャン!!」


のどかな風の吹く道を進んでいた昼下がり、思わず指差した先には地面に寝転ぶ大きな猫。すごい、めちゃくちゃデカい。ちょっと見たことない大きさ。興奮する。そーっと近付いてみるも全く動じない様子でこちらを見もしない。ふてぶてしい顔付きはまるで映画にでも出てきそうな貫禄だ。あまりの動じなさにこれはイケると踏んだ私が手を伸ばすのを、顔は全く動かさずに視線だけでじろっと眺める様子も堪らない。
「よーしよし、良い子だねー」とゆっくりお腹の辺りを撫でてみれば、長い時間ここで日向ぼっこをしていたんだろう、太陽の光をたっぷり吸い込んだふかふかの毛がとっても気持ち良い。緩む頬を抑えることも忘れてその和毛を堪能している後ろから大きな欠伸が聞こえる。


「町へ行くんじゃねェのか」
「うん、行くけどもうちょっと……えへへ、こんなに大人しい猫あんまり見かけないからさぁ」


返事を聞いたアーロンは長くなると踏んだのか、ポケットから取り出したタバコに火を点けた。
うららかな風景の中、港と町を繋ぐ一本道を、吐き出された煙が風に乗って流されていくさまを視界の端で捉えながら「この子船に連れて帰って飼ってもいい?」と聞いてみる。案の定「ダメに決まってんだろ」とのお言葉が。


「ねぇお願ーい!名前ももう決めたの、銀シャリ!」


真っ白な毛を両手でかき混ぜながらお願いしてみるが、もう一度ノーの言葉が返ってくる。ケチ!とむくれてみせるも「大体そいつ飼い猫だろ」と続いた言葉に目を瞬いた。


「え?何でそんなことわかるの?」
「首輪してんだろうが」


言われて首の辺りの毛をかき分けてみれば、毛にほとんど埋まった状態の首輪が確認できる。よく見えたね?ガックリ肩を落として立ち上がる横で「行くぞ」との言葉とともにタバコの火が消される。とっても残念だけど仕方ない、うちでは飼えないんだ……じゃあね、ネコチャン……。
しょんぼりしながら歩き出すと、のそりと起き上がった猫が後を付いて来るではないか!思わず立ち止まった足元に猫がすりすりと体を擦り付ける。くうっ……!


「やっぱりうちの子にする……!」
「ダメだ」
「即答……!でも、こんな町外れに飼い猫が一匹でいるのってちょっと珍しいよね。迷い猫かな」


大きなモコモコを見下ろしながら「町に連れて行って飼い主探してみてもいい?」と問えば、興味なさそうな声色で好きにしろと返ってくる。この島は目立つ産業が無い小さな町がひとつあるだけで、船の点検と物資の補給のために寄っただけだ。特に予定らしい予定は無い。探索がてら町をぶらついても構わないということだろう。私達は足元に猫を引き連れたまま町へ向かって歩みを進めた。










町へ足を踏み入れると、すれ違う人達がチラチラとこちらへ視線をよこすのがわかる。驚いたような顔、眉を顰めた顔、そして一番多いのが、怖がったように目を見開いた顔。慌てたように視線を逸らすその様子には未だに慣れないし、この先も慣れるとはとうてい思えなかった。
先ほどまでのワクワクした気持ちはだんだんと、空気の抜けた風船のようにぺちゃんこに萎んでしまった。不安になって、つい隣を歩くアーロンの大きな手を掴んでぎゅっと握る。この町は目立つ産業が無い小さな島で、寄りつく船も近くの島との交易船がほとんどだ。魚人は見慣れないんだろう。そうはわかっていてもやっぱり傷付くし、もやもやした気分になる。隣を歩いているだけの私でさえこうなのだ、視線を向けられている本人の気持ちは察するに有り余る。
気持ちを落ち着けようと唇もぎゅっと引き結んでふーっと息を吐き出す隣で、静かな声が言った。


「で、どうやって飼い主を探すんだ」
「……考えてなかった」


だろうな、と返ってくる。私の計画性の無さはお見通しのようだ。こうなれば地道に聞き込みをするしか……と唸っていたところへ、道端でボール遊びをしていた子供達が声をかけてくる。


「その猫、一本裏の通りのチビんちで飼ってる猫だよ」


よく港に魚ねだりに行って迷子になってんだ、との言葉にホッと胸を撫で下ろす。なんだ、お前さんいつものことなのね。さっそく舞い込んだ有益な情報にお礼を言って歩き出そうとした時、こちらへジッと注がれる視線に気付く。思わず立ち止まるこちらへ向けて、一番背の高い子が口元に手を当てて声を潜めた。


「ねーちゃん達、海賊?」
「そうだよ」


こちらも口元に手を当てて小さな声で返せば、男の子達の目が輝く。こちらの世界では海賊に憧れる子供も少なくない。元の世界基準で言えば微妙な気持ちだけど。
続けて小さな声が「おれ、魚人って初めて会った。デッカイね!」と興奮気味に言う。子供は素直だ。いつくらいの頃から、大人と同じような感情を視線に乗せるようになるんだろう。私は口元に笑みを作り、先ほどより大きな声で返事をする。


「それにね、すっごく強くてすっごく優しくて……すっごくカッコいいんだよ!」


おー!と歓声を上げた男の子達は興奮で頬を赤く染め、口々に「おれも強くなりたい!」「デカくなりたい!」と声を上げた。隣を見上げると目を細めて呆れたようにため息をついた顔が、少しだけ口の端を持ち上げてこちらを見下ろしていた。


「なあなあ、どうしたら強くなれる!?」
「……フン、種族の違いがある。お前ら人間のガキじゃ、逆立ちしたっておれのようにはなれねェよ」


そっけなく言うと私の手を引いて行くぞと歩き出す。せっかく子供達が無邪気に声をかけてくれたのに……と後ろ髪を引かれつつ振り返れば、そんな態度でさえ子供達には新鮮だったらしく「カッケー!」と額を寄せ合ってはしゃいでいるのが見えた。思わず笑みが溢れる。


「子供って素直だね」
「今だけだ。どうせ、あいつらも大人になれば周りの人間と同じになる」
「……そうかもね。でも、今話したあの子達はそうじゃないかも」
「かもしれねェし、そうじゃねェかもな」
「もう、あまのじゃく」


握った手をブンと大きく振れば、頭の上から楽しそうな笑い声が聞こえる。つられて笑う私は、周りからの視線なんていつしか気にならなくなっていた。










「あーっ、お前!探したんだぞ!」


一本裏の通りに入るとすぐに、キョロキョロと不安そうに辺りを見回す男の子の姿が見えた。声をかけてみると思ったとおり猫の飼い主だったらしく、ぱっと大きな笑顔でこちらへ駆け寄ってくる。ぎゅっと抱き付かれた猫はやれやれといった表情で、まるで迷子になったのはそっちだろうと言わんばかりだ。やはり貫禄がすごい。


「おねーちゃん達、ありがとう!」
「ううん、飼い主が見つかって良かった」
「ホラおもち、お前もお礼を言って」


男の子の言葉が通じているかのようにこちらを見た猫はひとつ小さく鳴いた。一人と一匹に別れを告げ、町の中心へ足を向ける。何度か振り返ったが、男の子はこちらの姿が見えなくなるまでずっと大きく手を振っていた。


「……名前、銀シャリじゃなかったね」
「ああ」
「おもちかあ……ニアピンだったな」


指を鳴らして悔しがってみせる隣で、ク、と笑いを堪える声が聞こえる。「惜しくねェだろ」とのお言葉には同意いたしかねる。お米だもん、掠ってるでしょ。
路地を抜け広場に出る頃には、少し陽が傾いて影が伸びつつあった。握っていた手を離して数歩先へ進むと、長く伸びた影がアーロンの隣に並ぶ。こうしてみるとまるで背丈が同じくらいかのように錯覚してしまいそうだ。「このぐらい背が伸びたら腕組んで歩けそう?」とワクワクしながら言ってみるも、歩きにくいと返ってくる。ロマンが無い。同じ目線で世界を見てみたいな、と呟く声は口の中で小さく消えてしまい、きっとアーロンには届いていないだろう。
小高い場所にある広場からは遠く港を望むことができる。広場の端に設置されている手すりに駆け寄って、うちの船が停泊しているのを指差した。


「ねえ、あんなに小さく見える」


そう言うのと同時、強く吹いた風が言葉をさらっていく。目を瞑って乱れた前髪を押さえていると、隣に立っていたはずのアーロンの声がすぐ近くで聞こえた。


「聞こえねェよ」


目を開けてみれば、屈んで同じ目線になった視線がこちらを優しく見つめていた。大事なものを見るようなその視線に、胸の奥が温かいもので満たされていく。私は何度、この視線に救われてきたんだろう。


「アーロン、愛してるよ」


緩む頬もそのままにそう言ってみれば、フ、と笑った顔が腕を伸ばして大きな手のひらで頭をワシワシと撫でてくれた。立ち上がった後ろ姿から船に視線を戻して髪を手櫛で直す。さっきの風と相まって結構ボサボサだぞこれ。
苦戦している背後から「なまえ」と声をかけられる。陽の光を反射してキラキラと輝く海を眺めながら、なぁにと返した。


「おれもだ」


一瞬思考が止まる。――それって、えっ、もしかしてさっきの返事?――慌てて振り返ると視線がバチリと絡み合う。私の顔を見て、悪戯が成功した子供のように歯を見せてニヤリと笑った。


「どうした。行くんだろ」
「……うんっ!」


隣に駆け寄って大きな手を握る。先ほどよりもうんと強く。
重ねた手のひらはほんのりと温かかった。

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