呼吸が止まるような
「オエ…………」
どうも、絶賛船酔い中のなまえです。
今朝のパンケーキ一口事件から数時間、私は無事出航した船に生きて乗っている。やったあ生きてるぜ。カーテンが無い窓からガンガン射す日光にすら感謝ァ。しかし今度は船酔いに苦しめられている。草ァ。これは殺されるとかなんとかの前に体内の水分絞り尽くして死んでしまうのでは。
「おい、飯だぞ」
シオヤキが無遠慮に部屋の扉を開ける。コラコラ……花も恥じらう二十代女子(笑)の部屋だぞノックくらいしてくれ。干からびている私が横たわったまま首だけで入口を見やると、真っ青であろうこちらの顔を見てシオヤキが目を瞬かせた。
「何だお前、船酔いか?」
「その通りなので……ご飯はァ……ウプ、遠慮します……」
「そうか、まあとりあえずここに置いとくぜ」
床にトレイを置く音がして扉が閉まる。
うぅ、いらないと言うに……。お残しはできない性分なので仕方なくベッドから起き上がりトレイへたどり着く。
「いただきます……」
昨日と同じスープとカチカチパンをなんとか喉に押し込むと、トレイを持ってよろよろと歩きながら食堂へ向かう。せ、世界が揺れてるよお……。
「ごちそうさまでした……」
「何だ、食ったのか」
「ご飯は残さずが私のポリシーなんで……」
ヨロヨロとシンクへ進んで皿を洗う。水平感覚がおかしくなっているのか足元も手元もおぼつかない。
震える手でガチャガチャと皿を洗っていると、近くのテーブルに座っていた人物がこちらに声をかけた。
「その様子じゃ明日の朝になる前に死んじまいそうだな」
「おいおい、死ぬならアーロンさんに殺してもらえよ。その方がおれ達も見てて面白ェ……チュッ」
振り返った私にムキムキツインテールとセクシーリップが笑い声を上げる。どうやらこの船では人間の死は楽しいエンターテイメントらしい。怖……。
「ニュ〜、その様子じゃァ明日の朝を乗り切るのは無理だな。おれもお前のパンケーキ食ってみたかったが」
「ハチさん、人間の作ったモンなんてどうせ大したこと無いですよ。アーロンさんはきっと明日までお楽しみを延期したに違えねェ」
シオヤキが同じテーブルに着いている六本腕をハチさんと呼んだ。ははーんなるほど……その外見からして絶対タコの人魚(仮)でしょ、ファイナルアンサー。
「材料さえあれば……別にいくらでも作るけど……ウッ、プ」
「そうか!なら作れ!」
「いや今は無理ィ……」
「おいハチ、そいつに構うな」
「だってよおチュウ、アーロンさんが食ってマズイと言わねェんだ。きっと本当に美味いんだ。クロオビもそう思うだろ?」
「確かに。本当にクソみたいなモンだったらあの時点で即、殺されてただろうな」
セクシーリップとムキムキツインテールはチュウとクロオビというらしい。……この世界のネーミングセンスは元いた世界とはどうやらちょっと感覚が違うみたいだ。
「アーロンさんがわざと少ししか与えなかった材料で美味いと思わせたんだ……ちゃんとした材料で作らせたパンケーキ、食ってみてえ……ニュッフッフ」
目尻を下げてニコニコするハチの口からたらりとヨダレが垂れる。……というか、やっぱり本当に私はクズ材料しか与えられてなかったのね……。
「おいお前、早く船酔いをなんとかしろ!死ぬ前にパンケーキ焼けよ!」
「いや勝手に殺すな〜。私は明日以降も生きるんだよ……」
やば、さっき食べたパンとスープが胃の中でダンス始めた……。ウッと唸って口に手を当てたまま無言になった私を見て、ハチがポンと手を叩く。
「よし、なら風に当ててやろう。きっと元気になるぞ」
「え?ちょ、ちょちょちょ」
立ち上がったハチが私を小脇に抱えてスタスタ歩き出した。だから小脇に抱えるなっつーの!どうやら甲板へ向かっているらしい。チュウと
クロオビも面白そうに付いてきた。
道すがらすれ違う他の船員達が三人に会釈する。もしかして、この人達って幹部的な感じ?
「ほ〜ら、潮風が気持ちいいだろう」
「はあ……」
しばらくして甲板に到着すると、ハチが六本の腕で軽々と私を抱え上げる。海特有のベタッとした重たい空気が頬を撫でて……ぶっちゃけ暑苦しい。
「何だ?まだダメか。ほら、景色も見るんだ」
回復しない様子を見たハチが船首へ移動して、両手を広げて掲げるように持ち上げた。タイタニックかな?私、飛んでるわ!いやどう見ても磔にされた罪人です勘弁してください。
「ハチ、何してんだ?」
「アーロンさん!いやな、こいつのパンケーキをおれも食ってみてェんだが、どうにも船酔いのようなんだ。だから風に当てて景色を見せて
やれば気分も良くなると思ってよ」
アーロンが近付いてきて顔面蒼白で磔にされた私を眺める。ハチの説明を聞くと、めちゃくちゃ悪人顔でニヤ〜と笑った。いやちょっと待って絶対良からぬことを考えてる顔だよねそれ……!?
「なるほど……そうか、確かに景色を眺めれば気分も良くなるだろう……」
「えっ、なに、なに怖……」
「どれ、おれがもっといい景色を見せてやろう」
「いや、い、いいよ……わざわざ船長のお手を煩わせるわけには……」
「まあ遠慮するな」
伸ばされる手を避けようと身を捩るが、六本の腕でしっかり磔にされた罪人はなす術もなく大きな手に捕まった。そのまま両手で掴んだ私を砲丸投げのような構えで抱える。おい……おいまさか……!!
「さあもっと上から見てこい!」
「イ゛ッッ…………!?!?」
カタパルトから飛び立つ戦闘機の如くぶん投げられた私は、身動きもとれないままものすごい勢いで発射された。きいんと音がするほどの風が耳元を通り過ぎ、目を閉じることもできず一瞬で空高くまで到達する。うわwwwあんなでかい船がwwwこんなに小さく見えるwww
一瞬の浮遊感の後に内臓が引っ張られるような嫌な感覚とともに落下する。ヒモなしバンジーだwww死www……と思ったがちゃんと船に落下できたらしく、アーロンにドカッと受け止められた。
「……ッッ!!ッッッッ!!!!」
「シャーッハッハッハッ!!景色はどうだった?」
「け……けしきィ……」
「何だって?よく見えなかったってか?」
「景色どころじゃねーわぶっ飛ばすぞ……!?!?」
取り繕う余裕もなく出た本音にアーロンは怒るかと思ったが、しかし私の震える涙声に甲板に集まった船員達も大笑いする。な、何笑っとんじゃ……!
「お前ごときがおれをぶっ飛ばすたァデカいクチを叩く!さあもう一度だ、遠慮なく行ってこい」
「すいません勘弁してください!!……いいィ嫌だあァァ……!!!!」
二回目の生身ジェットコースターもあっけなく放り出される。腕力どうなってんね〜ん(笑)
再びの浮遊感、落下、着地。
「さあどうだ?船酔いは治まったか?」
「治りました治りました治りました!!!!元気百倍です!!喜んでパンケーキ作らせていただきます!!」
「そうか、だがまあもう一回くらい行ってこい」
「イヤー!!もういいって!も゛う゛い゛い゛っ゛て゛え゛!!!!」
恥も外聞もかなぐり捨ててガチ泣きでアーロンの腕に縋り付くが、べりっと簡単に引き剥がされてダメ押しの三回目が発射された。おそらきれい。
「シャーッハッハッハ!!さあどうだ、これでパンケーキは焼けそうか?」
「ウン、ダイジョウブ、ワタシゲンキ」
臨死体験アクティビティを終えようやっと甲板へ下ろされた頃には、足は生まれたての子鹿のように震えていた。漏らさなかっただけ偉いと思う。褒めて。
「ハッハッハ!!こりゃ傑作だぜ!!」
「アーロンさん、いいおもちゃを手に入れてご機嫌だな……チュッ」
「ニュ〜!それじゃァ早くパンケーキ焼け!行くぞ!」
甲板の笑い声を背に、死んだ目の私をウッキウキのハチが食堂へ連行する。歩けないから今はありがたく運ばれよう……。
「はい、どうぞ」
荒療治だったが本当に船酔いはすっ飛んで行ったので、誰もいない食堂のキッチンでパンケーキを焼いた。ハチが棚を探すと今度はちゃんとした材料が出てきた。やっぱあるんじゃん、材料さあ……いや、もうこのことを考えるのはやめよう……。
昔ながらのシンプルなパンケーキを焼き上げてハチへ渡す。一番上の両手でカトラリーを構えたハチはキラキラした目でパンケーキを見つめた。
「この船でこんなに美味そうな飯を食うのは初めてだ!いっただっきまーす!」
って、きみも一口でいくんかい。右手のナイフいらないじゃん。
「ニュ〜!美味ェ〜!!これはいい!!アーロンさんも気に入るわけだ!」
口に食べカスを付けながらハチは大喜びだ。フッ……可愛いじゃないの……。二メートル越えの大男だけど……。
生ぬるく微笑む私にご馳走様と手を合わせたハチがカトラリーを置く。
「いやァ美味かった!そういやまだ名乗ってなかったな、おれははっちゃん。みんなはハチって呼ぶぞ」
「逆じゃないんだ」
「お前もハチって呼んでもいいぞ!」
「うん、ありがとね……」
「ま、お前は明日失敗して死ぬかもしれねェけどな」
やめんか。
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