推して知るべし恋模様

「一目惚れです!付き合ってください!」
「ホワ……?」


言われた言葉の意味を理解するのに時間がかかり、うっかり漏れ出てしまった気の抜けた声を取り繕うことも忘れてしばし茫然とその光景を眺めてしまう。
真っ直ぐに差し出された手のひらを視線でたどれば、こちらに向かって下げられる頭……進研ゼミで見たやつ案件だ。まさか現実で見られる日が来るとは。すごーい。しかも対象が自分だとは、これぞまさに青天の霹靂。理解の範疇を超えた事象に出会った時にこうやって現実逃避してしまうのは私の悪い癖だ。


「え?なん……?すみませんもう一度」
「あなたに一目惚れしました!おれとお付き合いしてください!」
「ほえ〜」


どうやら聞き間違いではなかったらしい。目の前の男性は正真正銘私に愛の告白をしているようだ。突然のことになんと返せば良いか迷っていると、背後で成り行きを見守っていたピサロが咳払いする。その隣に立っているはずのカネシロからは何の反応も無い。


「おい兄ちゃん、手前ェ誰の女にもの言ってるかわかってんのか?」
「ハッ!もしやあなたがこの方の恋人ですか!?」
「ふざっけんな何でおれがこんなちんちくりん」
「コラコラコラコラ」


力を込めて否定するピサロの脇腹に肘鉄を一発お見舞いすると――当然これっぽっちも効いていない――男性に向き直る。悔しいが今のやりとりのお陰で石化は解けたようだ。


「あの、ごめんなさい。お気持ちはありがたいんですが、既にお相手がいるので……」
「そうなんですね!可憐なあなたのことです、きっとお相手の方もまた魅力的な方なんでしょう……でも!」


目を輝かせた男性が驚く私の手をバッと握ったため、その背後でピリついた気配を出すピサロとカネシロに慌てて首を振る。ナンパなんかでいちいち血を見るのはごめんだ。剣呑な雰囲気に気付いていないのかはたまた気付いていないふりなのか、キラキラと輝く瞳が続ける。


「お願いです、一度だけチャンスをくださいませんか!?あなたにおれのことを好きになっていただけるよう、全力で頑張りますので!一日でいいのでデートに行ってください!!」
「あー、えーっと」


やばい、熱烈が過ぎるぞ。確かに一年中温暖な気候のせいか、愛の国と呼ばれるこの国には情熱的な人が多いとは聞いていたが。こういうストレートな口説き文句に慣れていない私がオタオタしていると、それまで黙って見ていたカネシロが威嚇するように低い声を出す。


「……兄ちゃん、その辺にしておけ。こっちも余計なトラブルはごめんなんでね」
「そうですか……では、今日のところは諦めます」
「……ん?」
「また明日、お会いできるよう愛の女神にお祈りしておきます!それでは!」


にこやかに手を振って颯爽と立ち去る男性を呆然と見送る私達。なんだかこれで終わりそうに無い予感がするのであった。










「……というわけなんだけど」
「フン、なるほどな」


部屋で報告を聞いたアーロンは面白そうに口角を持ち上げる。この国に上陸して少し、まだあと数日は滞在する予定だ。その間にトラブルにならなければ良いけど……。ため息をついたこちらへ向かってニヤニヤとからかうような視線が注がれる。


「まさかお前にそんなに熱烈に言い寄る男が現れるとは。物好きもいたもんだ」
「……それ、全部自分に返ってきてるのわかってる?」
「シャハハハハ!当然だろう。こんな貧相な尻でもいいと言う男が他にいるもんかと感心してたところだ」
「ムカッ」


人のことを貧相な尻、貧相な尻って……いつもそう言うけど失礼にも程があるだろう。私は至って平均的だ……多分。そりゃあ、こちらの女性はグラマラスな人ばっかりだけど……って、なぜ私が卑屈にならなければいけないのか?


「あのねえ、あの男性は私のことをこう、魅力的とか……可憐とか、とにかくそういう風に褒めてくれたの!アーロンもたまには直接的な表現で褒めてみてくれてもいいんじゃない?私だって女の子なんだし……」
「シャーッハッハッハ!!女の子ときたか!!」


ついに、大変に愉快だと大口を開けて笑い出す様子に悔しい気持ちがふつふつと湧き上がる。そんなに笑うことないじゃんか!恥を忍んで言ってみたっていうのに……!


「私が他の人に言い寄られて悔しくないわけ!?」
「クク、逆の立場ならお前は悔しいのか」
「くっ、悔しいに決まってるでしょ」
「ほう……」


笑みを深めたその顔にしてやられたと気付くが後の祭りだ。また私ばっかり余計なこと言わされた!こういう時に言い争って勝てた試しが無い。意地悪する時のアーロンの頭の回転の速さは普段の三割増しだ。


「もう、アーロンなんて知らない!いいもん、その人とデートしてくるから!」
「シャハハ……そうか、楽しんで来い」
「ッ……止めもしないわけ?情熱的に口説かれて靡いちゃうかもよ!?」
「そりゃあ見ものだな」
「へえ〜〜!!ふう〜〜ん!!あっそう!!」


――あったま来た!こうなったらいかに素敵なデートだったか報告して悔しがらせてやる!
地団駄を踏んで部屋の扉を思いっ切り閉め……るのは重たくてできなかったが、肩を怒らせて出て行った私の背中を楽しげな笑い声が追いかけていた。










「まさかこんなに早くデートを承諾していただけるとは思いませんでした!愛の女神様のお慈悲に心から感謝せねばなりませんね」
「いえ……」


勢いで決めたデートとはいえ、お出かけするのだからと新しく下ろしてきたワンピースの裾を指先で摘む。夏らしい薄荷色をベースに白をアクセントとした爽やかな色味のこのお洋服は、昨日お出かけした時に一目見て気に入ったものだ。


「とても素敵なお洋服ですね。初夏の爽やかな風が野に立つあなたに吹くようでとても美しい。似合っていますよ」
「ありがとうございます」


詩的な表現で意味はよくわからないが情熱的に褒めてくれたのは理解できた。しかしお礼を言いつつも心中はあまり乗り気では無い。胸の内は痴話喧嘩にこの真っ直ぐな男性を利用してしまっているという罪悪感で埋め尽くされていた。けれど、せっかく誘ってくれたのにそんな気持ちでいては相手にも申し訳ない。ニコリと笑みを貼り付けて顔を上げる。


「それで、今日はどちらへ行きますか?」
「この街の魅力を存分に満喫できるようなコースを考えてきました。まずはメイン・ストリートで買い物を楽しみましょう!さあ、お手を」


ナチュラルに差し出された腕におずおずと自分の腕を組む。アーロンとは身長差があるため、二人で出かける時に腕を組んで歩いたことは無いのでとても新鮮だ。


(って、アーロンのこと考えてどうするの!今日はこの人とデート、この人とデート……)


頭を振って脳内から先ほどの考えを追い出す。今日は目の前のこの男性にしっかり向き合わなければならない。こちらに合わせてゆっくりと踏み出された歩幅に相手の気遣いを感じつつ歩き出した。










陽も傾き始めてそろそろ夜の気配も視野に入ってきた時間帯。待ち合わせの時とは反対に軽くなった心で、買い物袋と疲労感で重くなった体を休めるため街中のカフェでお茶を楽しんでいた。目の前の人物はとても聞き上手で、私の口は今日だけで一体どれだけのことを話しただろう。その頃になるとすっかり緊張もほぐれ、私もこの気さくで積極的な男性とのお出かけを素直に楽しいと思えるようになっていた。


「……それで、彼がこう言ったんです。逆の立場ならお前は悔しいのかって……自分のことは言わないのに、私にばかり答えさせようとするなんてフェアじゃないと思いませんか?」
「確かにそうですね。おれならそんな時、いかにあなたを大事に思っているかアピールする絶好の機会が訪れたと喜んで語って差し上げるのに」
「あはは、お上手。あなたって本当に情熱的」
「もちろん!この国の男は生まれつき血管に燃えたぎる炎が流れているんですから」
「今日一日を一緒に過ごしてみた感想としては、あながち嘘だと言い切れないところです」


ひとしきり笑い終え、カップを傾けてコーヒーを最後まで飲み干す。目の前に座る男性も同じタイミングで空になったカップをソーサーに戻した。こうして一つ一つの動きを合わせてくれるところまで、相手への気遣いに溢れている。


「ごちそうさまでした、このカフェもとっても素敵でした。色んな場所をご存知なんですね。本当にご馳走になっても良かったんですか?」
「当然です。あなたのお時間をいただきたいとお願いしたのはこちらなんですから。……そうだ、まだお時間は大丈夫ですか?最後にお連れしたい場所があるのですが……」
「ええ、大丈夫ですよ」


今日は夕飯当番からは免除されていた。街で声をかけてくれた男性とデートに行くんだと告げた時の船員の「あっ……(察し)」みたいな驚きと呆れの顔は今でも鮮明に思い出せる。
自然な流れで荷物を持ってくれた男性と店を出て、連れて来られたのは島の景色を一望できる小高い丘の上だった。茜色に染まる街並みと海のコントラストはとても美しく、つい感嘆のため息が出てしまう。
ふと辺りを見渡すとここは定番のデートスポットらしく、そこかしこでカップルがロマンチックな雰囲気に包まれているのが見てとれた。それに気が付いた途端、思わずドキリとする。


「……なまえさん」
「は、はい」


――やはり、そういう雰囲気か。
こちらへ向けられる真剣な眼差しに向き直って背筋を正す。一度唇を引き結んだ男性は、ニコリと微笑んで私へ告げた。


「やはり思った通り……いえ、それ以上にあなたは素敵な人だ。一日一緒に過ごしてみてそれがよくわかりました。あなたのその太陽のような明るさは人を惹きつける。あなたに出逢わせてくだった愛の女神に感謝します」
「……ありがとうございます」
「でも、やはりあなたのその魅力は想っている相手がいるからこそ……なんですね」
「え……」
「あなたは今日確かにおれと向き合ってくれましたが、おれが素敵だと惹かれたあなたの笑顔……あなたが微笑む時、その瞬間はやはり、ここにいない方を想ってのことだと思い知らされました」


切なげに眉尻を下げながら言われた言葉に思い当たる節があり、心臓が小さく跳ねる。

――下ろしたばかりのお洋服、一番にアーロンに見てもらいたかった。
――今日買った面白そうな本、早く帰って教えてあげたい。
――お昼を食べたお店、すごく美味しかった。次一緒に出かけた時に連れて来てあげよう。
――こんな時アーロンならこうするだろう……
――そういえば先日この話題になった時アーロンは……

行く先々でアーロンのことを思い出し、そのたび無意識に緩む口元を慌てて押さえていたのだった。隠し通せたと思っていたがまさか見抜かれていたなんて。
そこまで考えてふと自分の口角が上がっていることに気付く。……早く帰って仲直り、しなきゃな。
姿勢を正すとこちらを見つめる視線にしっかりと目を合わせ、微笑んだ。


「今日はありがとうございました。お気持ちとても嬉しかったです。だけど私、大好きな人がいるのでお気持ちには応えられません。ごめんなさい」
「……ハハ、完敗です!あなたと思い人に愛の女神様の祝福がありますように!」


初めに別れた時と同じようににこやかに手を振って颯爽と立ち去る男性。夕陽に照らされる後ろ姿が見えなくなる前にその場から駆け出す。足取りはまるで風に吹かれる羽根のように軽やかだった。










「……ただいま」


自分の部屋との間にある内扉をそろりと押し開けると、ソファで本を読むアーロンとバチリと視線が絡み合う。あれだけ威勢良く啖呵を切って出かけた手前、やや気まずい。本を閉じた手が手招きするのに従い、誘われるまま大きな膝の上に収まった。


「で、どうだった?」
「……お断りしてきた」
「だろうな」


返ってきた言葉は笑いを含んでいて、思わず視線を上げて表情を確認する。こちらを見下ろす顔は意地悪そうに微笑んではいたが……瞳には穏やかな色を湛えていた。


「お前ェはおれに心底惚れてるからなァ?」
「……」


ぐうの音も出ないほどに図星を突かれて頬が熱を帯びる。最初から私が自分以外に靡くわけないと自信たっぷりだったのは、信頼されていたと喜ぶべきなんだろう。だけど……。


「やっぱり私ばっかり悔しい……!アーロンもたまには好きって言ってよ!」
「シャハハハハ!!ああ、気が向いたらな」


がしがしと頭を撫で回す手のひらを掴んでぎゅっと抱きつく。くそう、いつか絶対私がもう良いって言うくらい言ってもらうんだ。新たな目標を胸に秘め、ひとまず直近の目的を果たすためにワンピースの裾を摘んで持ち上げる。


「ねえ。この新しいお洋服、似合ってる?」


返ってきたのは無言で細められた瞳と優しい指先だけだったが、今日はこれで勘弁してやろう。ひんやりと包み込んでくれるその体温に体を預けながら、緩む口角を隠すようにその広い胸板に額を押し付けた。

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