朱に交われば赤くなる

※作中亡くなってるキャラクターの生存IF


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんま……」
「何してる」
「わ、アーロン」


夕方頃、食堂で何かを覗き込みながら呟く小せェ背中に向かって声をかけると驚いたような顔がこちらを向いて、それから破顔する。目が合っただけだっていうのに一体何がそんなに面白ェんだか……。
自然と上がりそうになる口角を抑えながら隣へ腰かけるとこちらへ向け、興奮したように一枚の紙を手に取るなまえ。


「これ、これ!!アーロンの新しい手配書!」
「手配書?」
「そう!今日の新聞に挟まってたよ、ほら」


そう差し出されたのはなるほど確かにおれの新しい手配書だった。ガキみてェに目を輝かせるなまえからそれを受け取って懸賞金の額を確かめる。こいつがさっき熱心に数えてたのはこれか。


「ほう、海軍もなかなか見る目がある」
「金額上がったね!お祝いする?」
「シャハハハ、いらねェよ」


視線を手配書からなまえに戻すと、こちらをニコニコと見上げる顔と目が合う。手を伸ばして血色の良い頬を指の背で撫でてやれば、嬉しそうに目を細めて擦り寄る姿が堪らない。今すぐ腕に閉じ込めてめちゃくちゃにしてやりたい気持ちを抑えて問いかけた。


「明日には島に着く。どこか行きてェところはあるか?」
「パンケーキ!」
「お前ェはそればっかりだな……」


たまにはその辺の女のように服や宝石を欲しがってみろと言うと「パンケーキの方がお腹いっぱいで幸せになるよ」と笑いながら返ってくる。色気より食い気か。そう続けるのに、気恥ずかしげに目を逸らした顔が言った。


「それに服やアクセサリーは私だけが嬉しいものだけど、パンケーキなら一緒に楽しめるでしょ。せっかく二人でお出かけするなら、アーロンにも楽しんでもらいたいもん」


――こいつは時々わかっててわざとやってるのかと思う時がままあるが、様子を見るに無意識なんだろう。……恐ろしいことだが。
無言で顎を掬い取り下唇を食むと、窓から射し込む夕陽以上に真っ赤になった顔が慌てた声で言う。


「ちょっと……!食堂でそんなことしちゃダメ!」
「煽ったのはお前だろうが」
「えぇ……」


理解できないという顔でむくれるなまえに思わず笑えば、拗ねた顔がつられて笑った。










「アーロンさん!!大変だ!!」
「どうした」


島へ着いて二日目。なまえを連れて船へ戻るとタラップの下で船番の同胞が数人、慌てて駆け寄ってくる。一瞬何かトラブルかと気を張るが、近付いてくるやつらは全員満面の笑みだ。


「タイガーさんが……タイのお頭が船に……!!」
「なに!?タイの大アニキが!?」


同胞からもたらされた思いもよらぬ知らせに思わず弾んだ声が出た。タイの大アニキがおれの船に!!無意識に綻んだ顔を抑えることも忘れて言葉を続ける。


「いつ来たんだ?来たばかりか?」
「ええ、さっき突然見えて、今は応接室に通してます!ジンベエさんも一緒ですよ!!」
「なんてこった……早く行かねェと!」


年甲斐もなく胸が弾み、足が慌ててタラップを駆け上がろうとする。と、そこで隣のなまえを思い出し顔を向けた。見たことのないおれの様子にキョトンとしている。


「おれ達の世話してくれた兄貴分達が来てるらしい、そっちへ行く」
「うん、わかった」
「お前ェはゆっくり戻れ」


真新しい髪飾りを着けた髪の上から耳のあたりをひと撫ですれば、なまえはくすぐったそうに笑って頷いた。知らせを持ってきた同胞を連れて急いで甲板へ上がり、船内を進む。すれ違う同胞達も全員嬉しそうに笑っていた。
――会うのは一体何年ぶりだ?元気だと良いが……。
応接室へたどり着き、ひとつ深呼吸してから扉を開ける。


「タイのアニキ!!」
「おう、アーロン!」


中へ入ると、おれの声に振り返り立ち上がったタイのアニキ。その変わらぬ大きな姿に胸の中が嬉しさで満たされる。大股で近付いてきておれの肩を叩く顔を見上げると、最後に会った時より傷や皺が増えていたが、記憶の中と変わらず豪快に笑っていた。


「久しぶりだなァおい!!元気だったか!?」
「大アニキこそ!!来るなら連絡してくれりゃァ良かったのに……」
「おれ達もたまたまこの島にいたんだよ。なあジンベエ?」
「ああ……お前達の船が停まってると聞いて驚いたわい」


大アニキの後ろからゆっくり立ち上がったジンベエのアニキも近付いてくる。頭には昔より黒い髪が増え、そしてこちらも顔に傷が増えていた。


「ジンベエのアニキも!!寄ってくれて嬉しいぜ」
「まあ、わしゃァお前ェなんぞに会いたくはなかったが……」
「やめねェかジンベエ!ったくお前らは昔から……仲良くしねェか」


ガハハと笑ったタイの大アニキがおれ達の肩を叩く。久しぶりのやり取りが嬉しく、ジンベエのアニキの嫌味にも腹は立たなかった。
二人に椅子を勧めるとおれも向かいのソファへ座る。腰を下ろしたタイのアニキは笑顔のまま口を開いた。


「それにしてもこんなところで会えるたァ思ってなかったぜ。お前の新しい手配書を見たよ、箔が付いたじゃねェか」
「おれもあんたらと別れてからただ遊んでただけじゃねェってことよ」
「ガッハッハ!!言うようになったな?」
「お前ェは昔から口だけは減らんやつじゃったな」
「ジンベエ、お前なァ」
「構わねェよ大アニキ。ジンベエのアニキもおれに会えて嬉しいんだ。なあ?」


口角を上げて言ってやると二人は驚いたように目を丸くした。黙ってお互いの顔を見た後、タイのアニキが珍しいものを見るような視線をこちらによこす。


「アーロンお前……何だか雰囲気が変わったな?」
「随分丸くなったもんじゃのう……」
「そんなこたァねえ。おれの勘は昔より冴えてるくらいだぜ」
「おお……末っ子のお前がこんなにデカくなって……おれァ嬉しいよ……」
「やめんかお頭。こいつはまだ牙の生えたてのヒヨッ子じゃ、付け上がらせるな」
「シャッハッハッハ!!言ってくれるじゃねェかアニキ!!」


――ああ懐かしい。そうだ、昔もこんなやりとりばかりしてたな。こうして話してると、一緒に旅してたころに戻ったみてェだ。
そうやってしばらくお互いの近況を報告し合っているうちに、扉が控え目にノックされる。


「入れ」
「よい、しょっと……失礼します。コーヒーお持ちしました」


背後からの聞き慣れた声に目をやると、両手でトレイを持ったなまえが背中で重たげに扉を押し開ける。立ち上がって近付き、扉を支えてやった。


「ありがとう、座ってていいよ」
「ああ」


踵の低い靴をペタペタと鳴らしながらなまえがテーブルへ近付けば、二人のアニキ達はこれでもかというくらい目を見開いて固まっている。その初めて見る生き物を前にしたような表情に思わず小さく笑いが漏れた。


「あの……コーヒーで大丈夫でしたか?」
「…………あ、ああ……」


じっと見られて居心地悪そうななまえがそう問うのに、硬直からいち早く戻ってきたタイの大アニキが小さく返事をする。おれは笑いを噛み殺しながら二人になまえを紹介した。


「タイの大アニキ、ジンベエのアニキ。こいつァなまえだ。なまえ、以前話したタイヨウの海賊団の船長、タイの大アニキと、その副船長のジンベエのアニキだ。挨拶しろ」
「初めまして、なまえと申します。お二人のお話はかねがね伺っておりました。どうぞよろしくお願いします」


コーヒーをテーブルへ置いたなまえが素直に頭を下げる様子に二人はまた雷が落ちたような顔で固まる。肩を揺らして笑いを堪えるこちらの様子に不思議そうな視線を向けたなまえに退出を促すと、二人に頭を下げて出て行った。
しばらく部屋に無言の時間があり、意を決したような顔でこちらを向いたジンベエのアニキがおそるおそる言った。


「人間じゃ……」
「ああ」
「人間の女じゃ……!お、お前ェ、船に人間を乗せとるんか?」
「見ての通りだよ」


肩をすくめて答えるとまたジンベエのアニキは絶句する。今日だけでアニキの一生分の驚き顔を見ていると、タイのアニキもようやく我に返った様子で呟いた。


「おれ達の中で一番の人間嫌いだったお前がどうして……」
「生きてりゃ色んなことがある。この海じゃ特にそうだ」


コーヒーに口を付けながら言ってみせれば、はあーっと息を吐き出したジンベエのアニキが椅子へ深く腰掛けた。小さな声で「お前本当にわしの知っとるアーロンか?」と宙に向かって囁いている。


「頭ァ打って中身だけ別人と言われても信じるぞ。わしゃァもう人生でこれ以上の衝撃は無いかもしれんわい……」


やれやれと言うそんな声を聞きながら黙ったまんまだったタイの大アニキへ視線をくれる。おれと扉とを何度か見やり考え込むそぶりだったが、しばらくして納得したように呟いた。


「ああ……ありゃお前ェの女か」
「まさか!!」


ジンベエのアニキは慌てて飛び起きると目をひん剥いてタイのアニキを振り返る。普段はどっしり構えてるジンベエのアニキのこんな忙しねェ姿を見るのは初めてだ。


「百歩譲ってただ乗せてるだけならまだしも、アーロンに限ってそれは無いわい……」
「おれの女だ」
「何だと!!!!」


先ほどより驚いた様子で目を見開くアニキ――言ったそばから人生で一番の衝撃を更新したらしい――思わずといった様子でこちらに指を向けてうろうろと彷徨わせる。


「それはお前ェ……なんだってそんな…………」


そう言ったっきりしばらく言葉を探すようにモゴモゴと口篭ったアニキはやがてゆっくりと椅子へ腰を下ろし、口をへの字に引き結んで怒ったように言った。


「お前ェ、おれ達の船を降りる時に自分が何て言ったか忘れたのか」


その言葉にあの時のことを思い出す。

あの日、フールシャウト島で死にかけたタイの大アニキはなんとか一命を取り留めた。おれ達は喜び、そして怒った。
――恩知らずにも大アニキを売った島の人間を許しちゃおけねェ。おれ達を通報した島の人間も許しちゃならねェ。アニキをこんな目に遭わせた海軍の人間どもも殺さなきゃ気が済まねェ。
――やはり人間は復讐心が生まれぬほどに痛めつけて、痛めつけて、痛めつけて。魚人の恐ろしさを根っこまで植え付けなきゃならねェ。
武器を取って意気込むおれ達に、タイの大アニキはやめろと一喝した。


「人間は殺しちゃならねェと言ったろ……おれ達は殺さねェ、誰も殺したりしねェ!!おれ達は野蛮で原始的な種族なんかじゃねェんだ!!あいつらとは違う、そうだろうが!?」
「……納得できねェ!!あんたは大バカ野郎だ、タイのアニキ!!」
「アーロン!!てめェお頭になんてクチききやがる!?」
「どんなクチだってきいてやるさ!!あんたは甘ェ!!!!その甘さが今回の事態を引き起こした!!見たことか、あんたは死にかけた!!あんな人間のガキなんかを船に乗せるからだ、クソッタレが!!」
「アーロン!!!!」


目を釣り上げて怒り心頭といった顔のジンベエのアニキがおれを殴りつける。たたらを踏んだおれは口から流れる血を吐き出し、怒れる巨体へ向き直った。


「あんたもだ、ジンベエのアニキ!!あんたは変わっちまった、この三年で弱くなった!!あのガキのせいで、今じゃ日和見の腰抜けだ!!」
「……っお前ェには、なぜわからん!?タイのアニキの真意がなぜ、伝わらん!?」


おれを張り倒してぶん殴るアニキをハチが慌てて止める。それにいくぶんか冷静になったようだが、未だ息を切らして眦を決したままのアニキを睨み付け、一言言った。


「この船を降りる」
「ア、アーロンさん……!!」
「おれァ本気だ。腑抜けたあんたらの下にはいられねェ。おれは元のアーロン一味に戻る、同胞達も連れて行くぞ」
「アーロン……」


傷口を押さえて呻くタイの大アニキがこちらをジッと見る。


「……あんたには感謝してる。だが、奴隷であったというのになぜ、ならなおさらなぜ、人間を傷付けまいとする?おれには理解できねェ……!!」
「……」
「王妃やあんたの考えには付いていけねェ……おれは人間を愛せねェ!!わかるか?……おれが、おれこそが!!魚人族の怒り≠セ!!!!」
「生意気言うな!!!!アーロン!!」
「……いい、ジンベエ。行かせてやれ」


宥めるように言った大アニキのその言葉を最後に、おれ達は船を去った。後に続くようにマクロ達も船を降り、結局、タイヨウの海賊団は三つの派閥に別れた。


「……忘れちゃいねェさ。おれは未だに、人間なんざ大嫌いだよ」
「ならなぜ……」
「……いいさ、ジンベエ。野暮なこと聞いてやるな」


納得いっていないように言葉を紡いだジンベエのアニキに、タイの大アニキが静かに言う。こちらを見つめる視線を見返すと、ニッと歯を見せて笑った。


「おれ達の弟分も大人になったってことだ」
「……まだまだヒヨッ子じゃ」
「ガッハッハ!!おれからすればお前ェもヒヨッ子だよ、ジンベエ」
「シャーッハッハ!!言われてるぜ、アニキ!」
「勘弁してくれお頭ァ……」


頭を抱えて困り顔のジンベエのアニキに笑いが止まらねェ。今日は本当に面白ェもんが見られる日だ。コーヒーカップを傾けるおれに、大アニキがところでと話を振る。


「お前ェあの体格差でアッチはどうなってんだ」
「ッゲホ!!ゴホ、なんじゃあアニキ、一体何を聞いとるんじゃ!!」
「汚ねェな、ジンベエ。……気になるだろ、あんな小せェの……」
「じゃかあしい!!あんたが一番の野暮じゃ、あほんだら!!」
「アニキ、小せェと言ってもありゃ成人してる女だぞ。そのあたりはちゃんと仕込めば……」
「やめんか大バカもの!!お前ェのそんな話なんぞ聞きたくもねェ!!」
「冗談だよ、そう怒るな!いや、アーロンが仲良くやってるならそれでいいんだ」


嫌そうに顔を顰めて言ったジンベエのアニキに、大アニキは大口を開けて豪快に笑った。ひと息つくとおれの左手を見ながら穏やかな顔で目を細める。


「そうだな、祝儀でもやらねェとな」
「祝儀だと!!ああもう、まったくお頭!海賊に祝儀なんてもんがあってたまるか……」


ブツブツと呟くジンベエのアニキに堪えきれずまた噴き出した。しばらく会わねェうちにいつの間にか苦労人のポジションに収まっちまっている。


「まあ何にせよ、こうしてまた会えて良かったぜ」
「ああ。アニキ達、今日はウチの船に泊まっていけよ。積もる話もあるしな」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
「……わしゃァ酒が呑めるならどこでも構わんがな」
「ったく、お前ェは素直じゃねェなあ!」


大アニキの笑い声が船中に響く。懐かしいその様子に、おれもつられて笑った。

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