指先の記憶

その日は食堂に大勢が集まり昼間から酒を飲んでいた。普段ならそんなことはしないが今日は特別だ。真ん中に囲まれている幹部三人に船員達が次々とジョッキを持ってお祝いの言葉をかける。


「そんじゃあ、懸賞金が三人とも一気に大台に乗ったお祝いに!かんぱーい!」
「かんぱァ〜い!!」
「一体、何回乾杯すれば気が済むの?」


お酒があまり強くない私はキッチンで軽食を作りながら呆れていた。この人達の辞書には二日酔いの文字は無いのか?そこへシオヤキが近付いてきて笑う。


「そんなもん、気が済むまでよ。今日は堂々と酒が飲めるからな」
「……シオヤキはいっつも飲んでるじゃん?」
「ぎょほほ!違いねェ!」


いつも通り腰に下げている酒瓶をぐびぐび呷る姿に思わず半目で突っ込めば、近くに座っていたタケも声を上げて笑った。手に持ったジョッキをぐっと傾け、ぷはっと大きく息を吐き出す。


「おれ達も早く賞金首になりてェなあ!」
「へー……そんなもん?」
「そりゃそうよ、賞金首が多い方が一味の名前にも箔が付くってもんだ」
「それに男に生まれたからにゃ、世間にその名を轟かせてやりてェって野望が誰しもあるもんだ。なあ、ピサロもそう思うだろ?」
「おうともよ。それにお前だって、アーロンさんの懸賞金が上がったら嬉しいだろ?」
「嬉しい?」
「おれ達の船長は泣く子も黙る大悪党なんだ、鼻が高ェだろう!」


練習中のムール貝の酒蒸しの様子を見ながら生返事をしている私へピサロがからかうように言った。思わず視線をやると、こちらを見てニヤニヤする様子につい苦笑いが漏れる。


「悪名は困るなあ……心配になるもん……」
「何ィ?お前も海賊のくせにおかしなことを言うぜ」


未だに一般人の感覚が抜け切らない呑気な返答に、三人は大口を開けて一斉に笑った。その楽しげな様子を見た私は、そうだと言ってカメラを取り出す。


「ねえ、記念に写真撮ろうか」
「お、それどうした?」
「この間寄った島で買ったんだよね。新しく何か趣味でもと思って」
「そりゃいい、撮ってくれ!」
「ハチさん達、なまえが写真を撮るってよ!」
「ニュ〜!格好良く撮ってくれよ!」
「はいはい」


フィルムを確認してカメラを構えると、わらわらと集まってきたみんなが思い思いのポーズを取る。その全員バラバラのポーズに私は笑いながらシャッターを切った。










「この間の写真現像したよ」


数週間ぶりに島へ上陸した私の腕には、現像した写真が入った紙袋が抱えられていた。紙の写真なんて久しぶりに触ったなあ。お店で受け取った紙袋は思いのほかずっしりとした重さがある。


「おお!」
「楽しみにしてたぜ」
「受け取る時におれも見ましたけど、なかなかのもんですよ」


一緒に島へ付いてきてくれたタケが弾んだ声で言い、シオヤキもこちらに向かって「お前、結構才能あるかもな」と言って頷いた。よせよ!ほめられるとほっぺたが赤くなる。
食堂で海図を囲んで何やら話をしていた幹部三人とアーロンがこちらを振り向き、手渡した写真を受け取ったハチがテーブルに広げた。


「お〜!なかなか上手いじゃねェか!!」
「おい、こんな写真いつ撮ったんだあ?チュッ」
「フハハ!おい見ろ、このハチの間抜け面」
「ニュウ……クロオビ、間抜け面とは言ってくれるじゃねェか?イケてるだろうが!」
「ハッハッハ!!それは悪かったよ」


わいわいと楽しそうに写真を覗き込むみんなに笑いが込み上げる。キッチンへ入って買ってきたものを戸棚へ仕舞う私を、タケとシオヤキが手伝ってくれた。


「ありがとう、みんな何か飲む?」
「頼むよ」
「アーロンは?」
「ああ」


今朝はコーヒーだったから、きっと紅茶が良いだろう。ヤカンを火にかけてからアーロンの好きな茶葉を取り出す。人数分のカップを用意している背後で笑いを含んだチュウの声が聞こえた。


「おいおい、やけにアーロンさんの写真が多いんじゃねェのか?チュッ」
「言われてみりゃ……確かにそうだな」
「え……えっ、そそそんなこと無いでしょ」


言われた言葉に思わず顔が熱くなる。みんなを平等に撮っていたつもりだったけど、無意識に偏っていたのかもしれない。元の世界では撮った写真がその場ですぐ確認できていたため現像のタイミングでそんなことを言われるとは露ほども思っておらず、焦って声が少し上ずってしまう。


「おーおー、熱いねェ」
「や、やめてよタケ……」
「シャハハハ、お前ェはおれに心底惚れてるからなァ?そうだろ、なまえ」
「いやホントにっ、そういうの勘弁して……!」


や、やめろ〜!典型的な日本人だからそういうのに耐性無いんだって〜!!ヒューヒューと囃し立てるみんなから慌てて顔を逸らすと戸棚へ向き直った。


「お!この写真のおれ、なかなかイケてるじゃねェの……チュッ。手配書の写真これに変えてくれねェかな」
「チュウさんは写真に撮られてもいい男だからなあ。おれは……これがいいかな」
「タケ、こっちの方がいいぞ」
「シオヤキはこれだな」
「ハハハ、いいですね。海軍に送り付けてやらなきゃあ……」


私の撮った写真で盛り上がるみんなについ口角が上がる。なんだかこそばゆい気持ちだ……案外この趣味は向いているかもしれない。
フィルム数本分の写真はかなりの枚数で、みんなは大量の写真にはしゃいでいる。それを背中で聞きながらポットとカップにお湯を注いで温めた。茶葉は必ず九十五度以上で抽出してミルクは温めたものを……とはこれまた漫画の受け売りだ。


「お、これはカネシロか……へえ、こんな風に仕事してるところまで撮ってるのか」
「ピサロのやつ、いつもこんなところで寝てるのか?知らなかったぜ」
「これは……」
「これも……」
「…………お前には、世界はこんな風に見えてるんだな」


それまで黙って写真を眺めていたアーロンがポツリと呟いた。その言葉がやけにスルッと耳に入ってきて、心臓がドキンと高鳴る。みんなもふっと押し黙り、それぞれが手に持つ写真を見た。


「……確かに、おれ達の見てるのとは違うな」
「ああ。平和で、幸せそうで……なんだか変な感じだ」
「そうかな?そんなに特別なところを撮ったつもりは無いけど」
「……それも才能なんだろうな。この趣味、続けた方がいいぜ」
「ふふ、そのうち個展でも開こうかな」


冗談めかして言うとみんなは笑う。つられて笑いながら、茶葉とお湯を入れたティーポットにティーコジーを被せた。あとは蒸らすだけだ。戸棚からお茶請けを引っ張り出していると、唐突にクロオビが言った。


「そういや……お前の写真が無いな、なまえ」


その言葉に、みんなはハッとした様子で「そうだな」「確かに」と呟く。


「当たり前だよ、私が撮ってるんだから」
「まあ、そうだが……」
「ニュ……でもこんなにあるのに一枚もねェのか……」


ハチが六本の腕で写真をいくつも広げながら続けた。テーブルの上は船員達の日常で溢れ返っている。だが言った通りそのどれにも、私の姿は写っていない。


「お前ェ、何か自分の姿を記録したモンはねェのかよ?昔の写真とか、絵とか……」
「う〜ん……?」


思い返してみるが、こちらに来てから写真を撮った覚えは無い。カメラも最近買ったばかりだし、特に記念となるようなことも、写真を撮ろうと思うタイミングも無かった。


「故郷にはあったけど、ここには無いね」
「そうか……」


スマホが動けば少しは違ったかもしれないが、今となってはただの黒いかまぼこ板だ。
良い香りを漂わせるポットから、すっかり温まったカップへ紅茶を注ぐ。流れる綺麗な赤色を眺めながら続けた。


「写真も無いし、絵も無いし、成長の記録も無いし、生まれを知ってる人もいないし……私の記録はみんなの記憶の中にしか無いね。あはは、今死んだら何も残らないや」


なーんちゃって!とおどけてみせながら、紅茶を注ぎ終わったカップをトレイに載せてテーブルに運ぶと……思ったより暗い雰囲気だった。


「えっ、あれ……軽いジョークのつもりだったんだけど……」
「お前……お前は……」


結局、せっかくのティータイムはほんのり暗いまま終わってしまった。な、なんだか申し訳ない……。










その日の夜、シャワーから戻った私を待ち受けていたのは不機嫌な顔のアーロンだった。扉を閉めると視線がバチリとかち合い、思わずうっと肩をすくませる。


「なまえ」
「……不機嫌だ」
「ほう、思い当たる節があるのか」
「あ……あります」


来いというジェスチャーに従いベッドに腰掛けるアーロンの隣へおそるおそる座ると、頭上からため息が降ってくる。アーロンにしては珍しい、深く重いため息だった。


「お前は時々……まるで消えようとするかのようなことを言う」
「そんなことないよ、だって……」
「わかってる。そんなつもりがねェことも、そうする方法もねェということも」


こちらの言葉を遮って言われた言葉には少しの不安が滲んでいる。こちらが想像していた以上に、私を手のひらから零してしまうんじゃないかという不安を抱えているようだった。


「……心配させてごめん」


体を傾けて寄りかかると大きな腕が肩を引き寄せる。そのまましばらく無言で腕をさすられて、小さく唇を噛んだ。
――どうしたら、アーロンを安心させてあげられるんだろう。私が消えたりしないって、ハッキリ形にして示してあげられるものって何だろう。
今の私には、いくら考えても良い案は浮かびそうにもなかった。

[ 49/59 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -