パンケーキ・オア・ダイ

「ここがお前の部屋だ。……まあ、何日ここにいられるかはわからねェけどな」


ニヤニヤと笑いながら立ち去る船員を見送り、たった今与えられた部屋……物置……いや、私のお城になる予定の小部屋……を見渡した。積み上げられた空き箱を見るに、普段は使わないものを放り込んでおくだけの部屋のようだ。
窓を開けて換気をしながら木箱を並べて簡易ベッドを作る。さっき与えられた毛布を上に敷けばまあなんとか寝られるだろう……。
動きにくいスーツも脱いで部屋の片隅に寄せる。カバンは結局返してもらえなかったため、これだけが元の世界を思い出せる要素だ。これでも着てろと渡されたのは誰かの使い古しのボロのアロハシャツ。着る物が与えられただけマシだと思うしかない。着てみると、ブカブカのそれはビッグシルエットのワンピースのようだ。空き箱の中から見つけた布切れをウエストに巻いてとりあえずは見られる格好になったと思う。
私が冒険者なら初期装備のステータスが低すぎて速攻で死ぬだろうね。そんな装備で大丈夫か?一番いいのを頼む。


「よし、女は度胸!」


パンと頬を叩いて部屋を出る。まずはキッチンを見せてもらわないと。あとはパンケーキに使う材料と……。










「……えっ?これだけ?」
「ああ、うちにそんな上等なモンはねえよ、これで我慢しな」


たどり着いた食堂で見せられたのはほんの少しの小麦粉とひとつの卵、バターは置いてすらいないらしい。これ、初日で死亡フラグでは。草も生えない。
黙り込んだ私の前で、今日の食事当番の船員が昼食で使ったらしい食器を不機嫌そうにガシガシ洗っている。ああ、拭き上げた皿に油がテカッているのが気になる……。それに、シンクが水垢だらけでとても見られたものじゃない。う〜〜ん、どうしよう。


「えと、ここって掃除しても……?」
「勝手にしろ」


乱雑に皿を仕舞った船員は、人間とは話したくないと態度で示しながら食堂を出て行った。
とりあえずパンケーキを作るのは明日の朝だ。それまでにこの魔界のようなシンクを綺麗にしながら考えよう。










「おい、飯だ」


シンクがあらかた綺麗になった頃、夕飯の支度をするからと食堂を追い出されてからは部屋の片付けに精を出していた。知ってるか?この部屋、オイルランプで照らすんだぜ……。
部屋の扉を開けた食事当番が乱雑にトレイを床に置いて……落として出て行った。おそるおそる近付くと、器からだいぶ溢れているがシチューのような粘度の高いスープと、カッチカチのパンが乗っている。緊張で気付かなかったが、一度意識すると途端にお腹が鳴り出した。


「いただきます」


岩のようなパンをなんとか千切ると、スープにしっかり浸して口に入れる。か、硬い……口の中の水分を高吸収ポリマーのように吸われたがなんとか全て食べ切った。
食べ終わったらまた部屋を片付ける。黙々と作業を続け、時間はかかったがようやく要らないものと使えるものに整理できた。与えられた置き時計を見ると、針はなかなか遅い時間を指している。
綺麗になった部屋を見渡して満足のため息をついた時、ふと、夕食の食器が置かれたままなのに気付いた……。実家で遅い時間にお弁当箱を出すと怒られたことを思い出し、気まずい気持ちで食堂へ持って行く。


「あのー……」


中では数人の船員が酒を飲みながらカードゲームに興じていた。私を認めると全員ギョッとした顔になる。


「……何だ」
「お皿、洗っちゃってもいいですか?」
「勝手にしろ」


また出ました〜、勝手にしろ。良いさ勝手にしちゃうよ。
許可が出たのでシンクを使わせてもらう。夕飯で使ったとおぼしき皿が数枚積み上げてある……。ついでなのでそれも一緒に洗った。もしや洗剤の文化が無いのかもと思ったが、探すとそれらしきものも、スポンジもベタッと放置してある。
……少しわかってきたよ、この船のことが。完全に男所帯で、荒くれ者らしく規律もほとんど無い。共有部分を綺麗に保つという意識がかなり薄い。
皿をしっかり洗って綺麗に拭き上げた後、明日使う材料と器具の再確認をした。やはりというかなんというか、器具も最低限しかない。フライ返しがあったのが奇跡としか言いようがない。しかしコンロはガス式だ。この世界の文化レベルがまったくわからない……。とにかく、かまどでなくて助かった。


「お酢……は、これかな?」


水垢を落とすのにお酢でシンクとコンロ周りを掃除していると、カードゲームをしていたうちの一人が後ろの戸棚を開けて何かを取り出した。


「それは何ですか?」
「あ?……あァ、島で見つけた果物だ」


ほら、と見せられたのはおそらくバナナ。なるほど、無人島にも食料があるのか。確かに気候も穏やかで生き物の気配が多かった。きっと植物も多く生息しているんだろう……。


「それ、いくつかもらえたりしませんか?」
「……ほらよ」


面倒そうな仕草で渡された果物をひとつ食べてみる。うん、バナナだ。てか、あるじゃん材料的なもの。出し惜しむな!
これはやっぱり明日失敗して私が殺されるパフォーマンスを皆さま期待しておられるのか……って被害妄想かな?いや、あながち被害妄想ではないかもしれない。せめて殺さずにこの無人島に置いていってくれないかなあ……。










「……何だァ?いやに早いな……」
「あ、おはようございます」


今日の食事当番はシオヤキらしい。眠たそうに瞼を擦りながら食堂の扉を開け、私がキッチンに立っているのを見て驚いたように目を見開いている。


「何してんだ?」
「せっかくなのでシンク掃除の仕上げと、お皿を綺麗にしてました。あと、テーブルを綺麗にしたのと、床も少し掃き掃除を」


まあ緊張で早く目が覚めちゃったからなんだけどね……。
シオヤキはぐるりと食堂を見回して、見開いた目を丸くしている。


「こんなに綺麗な食堂はついぞ見たことがねェよ」
「ありがとうございます」
「今日死ぬってのに。お前、変わってんな」
「オイオイオイ勝手に殺すな……」


ヤッベ、つい素で突っ込んでしまった……。
慌てて片手で口を覆った私にシオヤキは怒るかと思ったが、横目でこちらを見てフンと鼻で笑っただけだった。


「アーロンさんならまだしばらく起きてこねェぞ。あの人は朝弱ェから」
「あ、そうなんだ……ですか」
「暇なら手ェ貸せや、他の奴らの分はおれが作らにゃならねェんだ……お前の最後の飯にもなるしな」
「いやホント遠慮無いね?」


もう良いや、そんなに死ぬ死ぬ思われてんのに言葉を正すのめんどくせえ〜!開き直っていこう!どんと行こう!
ヤケクソになってシオヤキの隣で一緒に材料を刻んでいく。ぶっちゃけ料理スキルは似たり寄ったりだ。私にパンケーキ以外のスキルは無い。草。
そんなこんなで昨日のスープと似たような朝食が完成する頃、他の船員達も食堂へとやってきた。シオヤキと並んで配膳をする人間の女に、いくらかの船員が一瞬訝しげな顔をするも黙って受け取った。


「うへえ、またこの汁か」
「たまには美味いモンが食いてェよ」
「うるせェ、文句言うなら食うんじゃねェ」


配膳が落ち着く頃を見計らって私も他の船員に混じってテーブルの端っこでスープをかき込んだ。シオヤキも向かいでうんざりした顔でスープをすすっている。


「あんだけ啖呵切ったわりに、お前の料理の腕もおれ達と大差無いみたいだな。これは……死んだな」
「マ〜ジでプレッシャーかけるのやめてくれない?食べたそばからリバースしちゃうからさあ……」
「おい、アーロンさんが起きてきたぜ」


タケがこちらに近付いてきて楽しそうな様子で声をかけた。途端に胃がキュッと反応して、スープしか入っていないはずなのにずしんと重くなる。


「よう、人間。よく眠れたって顔だな」
「……オカゲサマデ」


実際爆睡してしまったからなんも言えねえ……。
初めは落ち込んで暗い気持ちだったけど、布団に入った途端オヤスミ三秒だ。こういう時は自分の神経の図太さにマジ感謝である。――いやホントにめっちゃ心細かったけど!
立ち上がり用意していた材料を保冷庫から取り出す。他の船員が興味深そうな視線を投げかける中、フライパンを温める。これはしっかりした予熱がひと手間のレシピだ。十分に温まったフライパンにオリーブオイルを薄く、満遍なく塗り込めた後、パンケーキの材料を混ぜ合わせ全て同じ厚さになるように垂らしていく。この技術を取得するのに数年の期間を要した……。
中火で蒸し焼きにした後、焦げない程度に強火で表面に色を付ける。これは膨らまないメニューで完成しても見た目はあまり楽しくないので、焼き色をきちんと付けるのもポイントだ。


「……どうぞ」


完成したパンケーキを今朝綺麗にした皿に盛り付けて、焼き色が一番美しく見える角度でサーブする。うん、焼き色は上手くいった。イチゴでもあれば映える写真が撮れるのにな……。
アーロンは受け取った皿をしげしげと眺めた後、フンと笑い、カトラリーを手に取った。周りの船員はもはやチラ見をやめてガン見している。
大勢の視線の中でアーロンは皿の上のパンケーキを一口で……一口ィ〜〜ッ!!怖!!一口デカ!!歯ヤバ!!!!怖!!!!
咀嚼する様を唖然と眺めながら、あの歯でバリッといかれるのはめちゃくちゃ痛そうだから殺すなら一思いにやって欲しい……などと頭の隅で考えていると、アーロンの視線がこちらに向いた。自然、成り行きを見守っていた他の視線もこちらへ向く。


「……大した材料は使ってねェみたいだな。まあ、指示したのはおれだが」
「あ、やっぱり最初からそのつもりだったんだ……ハハ……とんだ外道だね」


私の取り繕わない返答に食堂がザワついた。あの人間アーロンさんになんて口を……死んだな、的なやつだ。どっちにしろもう死ぬんだから遠慮する義理は無い。


「シャハハ、人間のくせにおれになんてクチをきく?」
「いや顔怖……!!……わ、私をどうやって殺すの?頭から食べるの?一思いにやってくれると助かるんだけど……」


痛いの嫌だし……とこちらを見下ろす圧力から目を逸らしながら続けるとアーロンはまた高笑いする。


「シャーッハッハッハッ!!お前のようなチビの小娘一人食ったところで腹が膨れるわけねえだろ」


そう言うと立ち上がって食堂を出て行った。後に残されたのはポカンとした顔の私と船員達。……えーっと?


「あれは……合格ってことなのか?」
「まさか……アーロンさんが本当にパンケーキを食うなんて」


いやそれな。

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