ダンス・イン・ザ・ウォーター

「日焼け止め塗ったでしょ、日傘持ったでしょ、帽子被ったでしょ……」
「ニュ〜、そんなに荷物持ってちゃ遊べねェだろ?それに船上生活してんだ、今さら日焼けのひとつやふたつくらい……」
「美容は宗教だから!こういうのは気分、気分!」
「女はわからねェな……」


首を傾げて頭をかくハチを横目に、船縁から砂浜を見下ろす。真っ白な砂が太陽の光をギラギラと照り返してものすごく熱そうだ。
今停泊している島は夏島の夏真っ盛り。ここはリゾート地としても有名で、島をぐるっと囲むロングビーチが観光名所だ。ただ、観光客が集まるのは島の北側で、南側の一角は海賊が集まる無法地帯となっている。ということで、私達の船も他の海賊船に並んで堂々と停泊しているし、なんとビーチで遊ぶこともできる。わーい!
思えば海賊船に乗り込んでから、ビーチで遊ぶ!というのは今まで無かった。ならず者なので当然と言えば当然だが。だがしかし、まさかこんな綺麗なビーチで周りを気にせずにはしゃげるなんて思わなかった。ウキウキで選んだ水着のスカートを摘んでくるりと一回転する。


「可愛い?」
「いつもと大して変わんねェな」
「……そこは嘘でも褒めるの!ハチってば女心をわかってないなあ」
「だってよ〜、水着って言ったら普通はもっとセクシーなのだろ〜」


チッチッチ、と指を振る私の前に立つハチは、昨日島のお店で買ったばかりのワンピースタイプの水着を見てうーんと唸った後、ポンと手を叩いた。


「お前チビだから子供用しか入んなかったのか?」
「違います〜!!もういい!早く行こう!」


だめだこりゃ。ぷんすこしながらタラップへ向かう私の後ろを、浮き輪やらスイカやらたくさんの遊び道具を持ったハチが付いてくる。今日はめいっぱい遊び倒す所存である。タラップを降りながら周りを見回すと、広いビーチでは他の海賊船の乗組員達が思い思いに楽しんでいた。あちらこちらでケンカの声も聞こえるがそれはご愛嬌だろう。海賊あるところにお酒とケンカあり。もう慣れたもんだ。
サンダル越しでも砂浜は予想通り熱々で、慌てて波打ち際まで大股で移動する。足首まで水に浸かれば、サンダルと素足の間を波と共に砂がサラサラと通り過ぎて行く。思わず綻んだ顔で振り返り、ハチと目を合わせた。


「何から遊ぶ?」










陽が傾き始めた頃、ぐったり疲れた体で日陰に座り込む。仕事を終えてお昼過ぎから遊び始めたとはいえ、随分と長い時間が経っていたようだ。もう少し日差しが落ち着いたら浜辺のお散歩で今日は終わりかな、と思いながら日焼け止めを塗り直す。


「よう姉ちゃん、一人〜?」
「おれらと遊ぼうぜ」


背後からかけられた声にため息をつき、立ち上がって無視して歩き出す。ハチがちょっと離れたらすぐこれだ。無用なトラブルを避けるためにもテンプレナンパからは逃げるに限る。


「お〜い、無視すんなよ」
「一人じゃないです急いでます」
「まあまあ、そう言わずにさ」


このビーチには他にも美人な海賊お姉さんがたくさんいるのに……!私が一番雑魚っぽいからかすぐ声をかけられる。これも海賊船に乗り込んでからわかったことの一つだ。こんなこと知りたくなかった……。
うちの船員を探して目線を動かしながら早歩きで船に向かう間も、後ろを付いてくる男達は声をかけ続けてくる。きえろ、ぶっとばされんうちにな。


「あのよォ……あんまり無視されるとな、温厚なおれ達だって腹が立つってもんだぜ」
「そうだぜ。なあおい、あっちへ行こうぜ!」
「ちょ……!」


腕を掴まれて思わず立ち止まると、ニヤニヤ顔の男達が不意に私の後ろに目線をやった。こちらが振り返るより早く、後ろから肩をグイッと引かれる。


「お前は一人で出歩くなと言ったろ、なまえ」
「アーロン!」
「チッ、何だよ、魚人連れかよ……」


ホッと息を吐くと、男達が小さく吐き捨てて去っていく。あっさり引いてくれたようで助かった。振り返って肩を掴む大きな手に両腕で抱きついてお礼を言う。


「ありがとう、助かった……」
「ハチはどうした」
「モームのご飯忘れてたって走って行っちゃった」
「ったく……」


顔を上げて、呆れたように眉を顰めるアーロンに笑いかける。火照った体にひんやりした肌が気持ち良い。日焼け止めは塗っていたが、やっぱり少し焼けてしまったみたいだ。


「アーロンお散歩?一緒に行こうよ」
「自分で歩けよ」
「あっ、バレた?船まで運んでもらおうと思ったのに」


思わず笑いながら歩き出すとアーロンが後ろを付いてくる気配がする。波打ち際へ向かって歩きながら、今日の出来事を話して聞かせた。海辺で思う存分はしゃいだのなんていつ以来だったろう、私があれもこれもと話すのを、アーロンは時々相槌を打ちながら聞いてくれる。
水辺へたどり着く頃には、夕陽がゆっくり海に沈み始めていた。砂浜はだいぶ温度が下がっていて、もう裸足で歩いても平気そうだ。サンダルを脱いで波に足を浸す。足の下の砂がざあっと水に攫われるこの感覚が大好きだ。


「あー……もう沈んじゃう……」


あたりの空気が茜色に染まり、キラキラ光る水面は燃えるように赤い。沈む太陽が惜しくて小さく呟く背後からゆっくりと近付いてくる足音がした。


「ねえ、どう?可愛い?」


振り返って水着のスカートを掴んでカーテシーのポーズをとる。鋭い歯を見せて意地悪そうに笑った顔が、ハチと同じく「色気がねェ」と言った。


「アーロンまでそういうこと言う……」


本日散々言われた言葉に唇を尖らせれば、アーロンは今度こそ声を上げて笑う。目を上げてジロリと睨め付けると同時、逞しい腕が伸びてきて私の体を軽々と持ち上げた。驚いて目の前の太い首に抱きつくと、そのまま海の中へ向かって歩き出す。


「どこ行くの?」
「散歩だよ」


息止めろ、との言葉に慌てて大きく息を吸う。目も閉じてアーロンに体を預けると、ざぶんと水中に潜る感覚があった。
しばらくゆっくり水中を移動する感覚の後、おもむろに動きが止まる。


「……いつまでそうしてる?」


――なんだかこんなセリフ、前にも聞いたなあ……。
水中でも地上と同じように聞こえる声に懐かしさを感じながら、閉じていた目をゆっくり開けた。


(とってもキレイ……)


沈みかけの太陽が水中を赤く染め上げている。水上から海底へ梯子のように伸びる薔薇色の光と、水底の砂を照らす金色の光が相まって、小魚達はまるで燃え盛る炎の中で踊っているようだ。
しばらくその光景を楽しんだ後、アーロンの顔を振り返る。こちらを大事そうに見つめる視線と私の視線が絡み合った。どちらともなく顔が近付き、そっと唇が触れ合う。
あかく燃える海の中で私達はしばらく、お互いの唇の熱だけを感じていた。










「ホントはね、もっと可愛い水着もあったんだよ」


穏やかな波が体に寄せては返す水面に浮かびながら、太陽が沈んだ後の空を眺める。空の色は茜色からピンク、紫と移り変わり、今は深い青を湛えていた。


「でもさ、やっぱりお腹の傷が見えたら……みんな気を使うかなって思ったの」


お店で最後まで迷っていたビキニ、結局着る勇気が出なかった。傷跡はまだ、先ほど水中で見た太陽のように薄い肉の色だ。私を抱き抱えていたアーロンが親指でお腹を優しく撫でる。


「なまえ……お前ェはいつも気にしすぎる」
「……そうかな?」
「ああ。恥じるような傷じゃねェ。海賊なら傷の一つや二つくれェ、むしろ箔が付くってもんだ」
「箔かぁ……でもな……こんな大きな傷見せびらかしてたら、お嫁の貰い手が無くなっちゃう」
「何だ?今から別のところに行く予定があるとは知らなかったぜ」


そのわざとらしい言い方に、目の前の太い首筋に顔を埋めて忍び笑いを漏らした。濡れた青い肌に浮き出る鎖骨を指先でなぞりながら言葉を紡ぐ。


「それじゃあ、問題は解決だね。次はもっと可愛いやつにしようかな」
「そうしろ」
「セクシーすぎてモテまくったらごめんね?」
「シャハハハ!!そうはならねェだろうよ。……ここが貧相すぎる」
「ちょっと!」


お尻を鷲掴みにする手をペシッと叩く。失礼すぎるでしょ。見上げる先でアーロンはなおもおかしそうにニヤニヤしている。次回までに峰不二子もビックリのプロポーションを作り上げて見返してやろうと密かに心に決めた。
いつの間にか太陽の光も地平線の上辺に微かな金色の筋を残すだけとなり、いよいよ星空が主役になりつつある。二人の肌の間で波が小さく音を立てた。


「もう戻らないと。暗くなったら見えなくなるでしょ?」
「そんなことはねェ。おれは暗くてもよく見えるぜ」
「へえ。アーロン目がいいんだ?」


それは知らなかった。電子機器に慣れきった現代人の私の目は、暗闇は得意ではない。


「おれ達は光の届かねえ海底でも生きていける種族だ。暗闇くらい見えなくちゃ話にならねェだろ?」
「なるほど……」


ホント魚人てスペック高い……と思っている私の視界に、降りてくる夜の色に紛れて意地悪そうに口角を上げる顔が映る。首を傾げるこちらの耳元で、楽しげな声が囁いた。


「つまり……暗くても傷ぐれェ見えるってことだ。……それ以外もハッキリな」
「……!!」


意味深なセリフの言いたいことに思い至った途端、顔までかっと熱くなる。……いつも私が明かりを落とすように頼んでいる意味は、実は全く無いということが今ネタバラシされたわけだ。ああ無情。
無言で頭を抱える様子から意味が伝わったことを察したのだろうアーロンは、喉の奥で笑いながら浜辺へと歩を進める。既に星が瞬き始めた幻想的な夜空を眺めながら、私は小さくため息を零したのだった。

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