きらめきのいろ

その日は昼過ぎから運び込まれた荷物の仕分けをしていた。これは私の仕事のひとつで、先日寄港したこの島との交渉≠ノより寄付≠ウれた食料が詰め込まれた木箱を開封して、キッチンに置いておくものと食糧庫に仕舞っておくものとを分ける作業だ。


「わあ〜いい匂い〜」


次に取った箱は開ける前から芳しい香りが漂っている。きっとこの島の特産品だという果物が入っているんだろう。開けてみると思ったとおり、蓋の下からは瑞々しい果物たちが顔を覗かせた。


「美味しそう……一個食べちゃおっかな」
「こら、つまみ食いするな」
「ピサロも食べようよ〜」
「共犯はごめんだぜ」


少し離れたところで別の箱を開封するピサロはこちらに背を向けたまませっせと仕事している。私は箱の中に詰め込まれた果物を取り出してキッチンに並べた。
――いちごのようなもの、りんご、これはプラムかな?こっちは多分オレンジの仲間で……それから、見たことないこれは何だろう。


「あれ?これ一個しかないじゃん。ねえピサロこれ何て果物かわかる?」
「おれに見分けが付くかよ」


箱に詰められた小麦粉の袋と一覧表を見比べながら、ピサロはめんどくさそうに答える。
一個しかないということは、今まさに手の中で「食べて!」と主張するこの子がいなくなってしまえば完全犯罪は成立だ。


「じゃ、私これ食べちゃお」
「あ〜あ、知らないからな」
「大丈夫大丈夫、小さいし二、三口くらいで食べきっちゃうからさ。ピサロ内緒にしててよね」


うきうきしながらライチほどのサイズの果物の皮を剥くと、中からつるんとした白い実が現れる。――皮を剥く前の見た目はちょっと怪しい感じだったけど、中身は甘くて良い匂いがする――スーッと香りを吸い込んでから、一口齧った。


「……うッ!!!!」
「何だァ!?」
「うううう〜〜…………!!」
「おいどうした、大丈夫か!?」


蹲る私にピサロが慌てて駆け寄ってくる。込み上げてくる吐き気を堪えて、ぎゅっと目を瞑りながら口に含んだ果肉をなんとか飲み下した。


「ま、マズい〜〜!!!!」
「は?……って、お前、こ、これ……!!」


半泣きで手に持った残りの果肉をズイッと突き出した私に、ピサロが目を見開いて大声を出した。










「……で、そうと気付かず悪魔の実を食ったというわけか……」


アーロンは歯形が付いた果実をしげしげと眺めた。唐草模様の皮は太陽の下で改めて見ると怪しさ満点の見た目である。そんなアーロンの目の前で真っ青な顔のピサロが大汗をかきながら頭を下げた。


「すみませんアーロンさん!おれが付いていながら……」
「……いや、これはなまえが悪ィ」
「うっ……ご、ごめんなさい……」


甲板のベンチに腰掛けるアーロンの前で正座して縮こまる私に、その場にいるみんなの視線が突き刺さる。お言葉の通りピサロには全く非が無いので申し訳なさで胃がキュッと音を立てた。


「……ったく、知らねェモンを無闇に口にするんじゃねェ……。今回は悪魔の実だったから良かったものの……」
「全くもっておっしゃる通りです……」
「で、何の実だかわかったのか?」
「そうですね……あ、これだな」


船医が図鑑を捲っていた手を止めてページを指でなぞる。食べかけの悪魔の実を持つ大きな手元と図鑑に数回視線をやり、頭のひれをボリボリかきながら何度か頷いてみせた。


「フム……なるほど。それはジェムジェムの実ですね」
「じぇ……?ジャム?」


首を傾げた私に構わず船医は図鑑をアーロンに手渡す。それを無言で受け取るとページに目を通し、船医と同じようにしばらく黙ったまま手元の実と私と図鑑を見比べた。


「なるほどな。とりあえず使うことで身に危険が及ぶような能力ではなさそうだが……」
「だが……厄介ですよ、それは」
「ああ。その辺でところ構わず使われてちゃあ敵わねェ」
「ニュウ……それで、結局どんな能力なんだよ?アーロンさん!」


二人の間だけで話が進み、痺れを切らしたハチの言葉にアーロンが図鑑を手渡した。受け取ったハチが覗き込み、続いてチュウとクロオビが図鑑を受け取った。その後も他の船員達に図鑑は渡って行き、手元になかなか回ってこない。


「後生だからなんて書いてあるか教えてよぉ……」
「ほらよ」


当事者のはずなのに後回しにされハラハラした面持ちでそれを見守っていたところへ、ようやく回ってきた図鑑を覗き込む。絵の他には少しだけしか書かれていない文章をおそるおそる指でたどって読んだ。


「つまり……能力を使うと、体が宝石になるってこと?」
「そういうことだ。しかし何に、とは書いてねェ。ダイヤモンドなんかならいいが、もし割れやすい宝石なら……」
「……もしかして、バラバラに……なってしまうと……そういうことですか……?」


宝石の中には爪より少し硬い程度のものもあると過去に聞いたことを思い出し、嫌な想像が頭の中を駆け抜ける。
――もしバラバラになったら元に戻れるのか……?こ、これはちゃんと能力の発動をコントロールできるようにならないと……。


「それに、街中で突然能力を発動したりしたら……下手したら攫われかねん」
「ちょ、ドクター怖いこと言わないで……」
「これは脅しじゃねェぞ。真面目に言ってる」


その言葉に、想像して思わずゴクリと喉が鳴る。この世界には奴隷制度がある……海賊は人身売買の対象になっていたし、あながち有り得ない話ではない……。
黙り込んだ背筋を冷たいものが流れた時、カツンと音がして周りの船員達があっと声を上げた。


「なに……?」
「これ、これ!」


慌てた様子のハチが拾い上げたものを受け取ると、琥珀色の丸い宝石だった。太陽の光を受けて、石の中央に走る繊維状の筋が控えめに輝く。いわゆる猫目石……というやつだろうか。


「え?これもしかして……私から出てきたの……?」
「お前、自分が宝石になるだけじゃあねェってのか?」
「宝石を生み出す能力まであるってことか……こりゃ本格的に能力の制御が必要だぞ……チュッ」


確かに、この能力が喉から手が出るほど欲しいという人も世の中には間違いなくいるだろう。思った以上の事態に項垂れて落ち込む私の手の中を見たアーロンが「ファイブロライトだな」と言った。


「詳しいの?」
「宝石はやり取りすることが多いからな、大抵のものは覚えてる。その石の意味は確か……警告」
「穏やかでない……」
「シャハハハ!その様子だと、お前の心情に反応して宝石が出てくるらしいな」
「……てことは、私の感情丸わかり……?」


――それは……困る……!めちゃくちゃ困る!!恥ずかしすぎる!!!!
先ほどとは違う種類の冷や汗がダラダラと背中を流れていく。


「全力で!全力でコントロールします……!!」
「ああ、頑張れよ」










それからしばらく私の特訓は続いた。特訓と言っても、感情の波に反応して能力が出てしまうようなので、なるべく感情の起伏を抑えるように心がけることと、発動する!とわかった瞬間のブワーッとするやつを堪えるようにするだけだ。……ここにきて何だが、こればっかりはもう根性論だ。
上手くいくことがほとんどだが、時々失敗してポロッと出てしまうこともある。完璧にコントロールできるまでは外出禁止を言いつけられているため、また外出するために必死に頑張っている私をみんなは応援してくれているが、困ったことも発生した。


「あ!これかなり上手く焼けた!」


朝のパンケーキをひっくり返した時、その完璧な焼き色とブレの無い円形に思わず顔が綻ぶ。その途端、パラパラパラッと音がして周りに宝石が散らばった。


「うわ、やっちゃった……」
「手伝ってやるよ」


大きくため息をつき屈んで床の宝石を拾い集め始める私の、近くのテーブルで朝食を摂っていた船員達が立ち上がって一緒に宝石を拾ってくれる。


「ありが……」
「これはエメラルドだな。意味は……満足」
「こっちはアンバー。歓喜か」
「これは何だ?えーと……カルセドニー、達成か」
「やっ、やめろおお!!」


みんなが拾った宝石を見て私の感情を読み取るようになってしまったのだ。しかも、全員がわざわざ宝石言葉の小さな辞典を持ち歩くと言う徹底っぷりで。


「拾うな!読むな!見せものじゃないんだから!!」
「クックック……このぐらいの試練が無いと、コントロールできるようにならねェだろ?」
「ププ……おれ達はお前のためを思ってやってるんだよ……」
「嘘だー!絶対面白がってるじゃん!解散!解散!!」


みんなはニヤニヤ笑いながら、拾った宝石をキッチン脇の小さなカゴに入れていく。このカゴに毎日出てしまった宝石を溜め込んで、どのタイミングで感情がブレたのか一日を振り返って反省点を洗い出すためだ。


「おう、同胞達」
「アーロンさん、おはようございます」
「おはようございます」


起きてきたアーロンが食堂にやって来て、船員達は立ち上がって挨拶した。洗った手を拭きながら今日のパンケーキ生地の残りを視界の端で確認する。


「おはよう。何にする?」
「何でもいい」
「そう言うと思った」


よし、残っている生地を二種類とも焼いちゃおうかな。腕まくりをしたこちらの様子を一瞥したアーロンはキッチン前のテーブルに着き、手を伸ばして宝石の入ったカゴを手に取った。


「エメラルド、アンバー、カルセドニー……上手く焼けたのか」
「よっ、読むなああ……」


先ほどの船員達と同じように宝石から私の気持ちを読み始めたアーロンに恥ずかしくて顔から火が出そうになる。周りの船員達も笑いを堪えるように肩を揺らしているのが見えた。くそう……。


「初めの頃よりは上手くいくようになったんじゃねェのか」
「でも、これがゼロにならないとお出かけできないんだもんね……」


不貞腐れながら生地をフライパンに流し込んでいた私の髪を、水かきの付いた手が一房手に取る。そこからひとつ、くっ付いたままのエメラルドをつまみ取りながら小さく笑った。


「できるようになるまでおれが付いててやる」
「……うん」


カツカツ、カツンッ


「お、また出た」
「これは……クリソコラ、ジェードだな」
「安心感、安らぎか……ほ〜〜お」
「へえ〜〜」
「や゛め゛ろ゛お゛!!!!」
「おい、興奮するな」


アーロンの手の中の髪が毛先から柘榴色に変化していく。慌てて深呼吸して気持ちを落ち着けようとするが、周りからニヤニヤと向けられる目が視界に入りなかなか治まらない。遂には髪が全部宝石になってしまった。


「あ〜〜もう!みんなのせいだ!!」
「ハッハッハ!!まだまだだな!」
「頑張れよ〜!」
「それは何の宝石だ?」
「どうやら……ガーネットだな」
「意味は……おお〜、何とも情熱的だな!」
「もうやめてえ〜!!」


顔を押さえて俯く私に食堂は笑いに包まれた。――一体いつになったらこれは終わるんだ!
私の受難はそれからも、完璧にコントロールができるようになるまでしばらく続いたのだった。とっぴんぱらりのぷう。

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