この頃流行りの異世界転移者

ここは一体どこなんだ。

頭上にはさんさんと輝く太陽、目の前には白い砂浜と青い海。振り返れば鳥の歌声が響く森。そして私は就活生。パンプスと伝線したストッキング、リクルートスーツと合皮のカバン。あまりにもあまりすぎて脳が情報処理を放棄した。


「とりあえず木陰に行こう……」


低いとはいえヒールのある靴で砂浜を歩くのは骨が折れる。足の下でざしざしと音を立てる砂に「本物だ」と他人事のように考えながら森へ向かった。
木陰に入れば幾分か涼しい。適当な木の根元に腰を下ろしてカバンから取り出したペットボトルを傾けた。さっきコンビニで買ったばかりなのでまだ汗をかいている。続けて小腹が空いた時用に買っておいたグミをつまむ。うーん、新発売のこれ、結構好きかも。

さて……いつまでも現実逃避しているわけにもいかないので頭を動かさなければ……。えーと……まずは現状を把握しないと。確かさっきまで新宿駅にいたはず……山手線を目指して移動している時、ふと躓いておっとと体勢を崩したら海辺にいた。終了です。ホワ〜〜イ?
全く意味がわからない。……けど、この状況は知ってるぞ。これはあれだ、最近流行りの異世界転生ってやつだ。私は詳しいんだ。オタクだから。いや待てよ転生というよりは異世界転移?トリップ?かな。生まれ変わってないし。私調べだと転移系は神様的な人が仲介してくれるイメージだったんだけど、実際そうでもないのかな……。
あ〜、もしこれが本当に異世界転移だとしたら、元の世界に帰れる可能性はほとんど無さそうだなあ……観たいアニメも読みたい本もまだまだあったのに……。こっちの世界にも娯楽があれば良いな。そんでもって、生活水準が現代日本と同じとまでは望まないから、せめてナーロッパ程度の文化はあって欲しいかも……。

……寄せては返す波を見つめながら脳内は大混乱だった。冷静に見えるかもしれないけど、ちょっとふざけるくらいでないと自分を保てない。スマホの電源もなぜか入らない。時間も場所も電波の有無もわからない。気を抜くと心細さに押しつぶされそうだった。
そうして一、二時間ほど経っただろうか、ようやく気持ちを落ち着けて俯いていた顔を上げる。元の世界のことは多分考えても無駄だと思うので考えないことにした。……考えないことに、する。
では、気を取り直して島の外周をぐるっと回ってみますか。
異世界ならもしかして魔法があったりするのかな?エルフとか、スライムなんかのモンスターも存在する世界だったりして……!勇者は?魔王は?もし私に魔法の才能があれば冒険者として旅に出ても……


「あっ」


しばらく歩くと遠くにいくつかの人影が見え、慌てて手近な木の陰に隠れる。
良かった〜!第一村人発見!!……は、良いんだけど……シルエット、なんか見慣れないような?あれは人間……?トサカ?ヒレ?もしかして……人魚……とか……!?


「いや人魚ではないわ」
「お、人間だ」
「くぁwせdrftgyふじこlp」


背後から突然声をかけられ、飛び上がって尻餅をつく。慌てて振り返ると人魚(仮)……?が二人ほど、地面に座り込んだ私を見下ろしていた。って、片方額に恋って書いてあるけど漢字文化なのか……?


「無人島だと思ったが……漂着したのか?」
「その割には服装が綺麗だな……とにかくアーロンさんのところに連れて行こう」


混乱するこちらなどまるで気にせず、酒瓶を持った人魚(仮)にヒョイと小脇に抱えられた。私は米俵か。ズンズン歩き出した彼におそるおそる声をかけてみる。


「あの〜……」
「喋るな、人間」
「アッハイ」


あ、もしかして人間嫌い系種族……?これ大丈夫か私?
島を海岸沿いに歩いてしばらくすると、他にもたくさんの人魚(仮)がいることがわかった。海岸には大きな船が停泊しており、なるほど先程の会話からしてここはやはり無人島で、彼らは上陸したこの船の船員らしい。しかし人間が一人もいない。そしてよく見ると禍々しいデザインの船とあの旗は、もしや海賊船ってやつじゃあないだろうか。マジか。異世界来ていきなり海賊船て(笑)早速終わりを感じるぜ(笑)笑うしかない(笑)


「ん?シオヤキ、そいつは……」
「ああ、一人でいた。アーロンさんに処分を決めてもらうよ」


あなたシオヤキっていうのね!もしやその顔、鮭なのか……!?
抱えられたままタラップを上がり甲板へ運搬される。人ひとりを軽々と運ぶシオヤキに疲労の色が全く無いことを考えると、人間よりだいぶ丈夫な種族らしい。たどり着いた甲板の真ん中にはこれまた大きなベンチに腰掛けるひときわ背の高い男がいた。いや鼻のフォルムが攻撃的スギィ。


「アーロンさん、この人間が一人で森の中に」
「あァ?人間が?」


顔……怖っ!!ギロリとこちらに目線をやるその顔はどう見ても友好的ではない。あら〜……死んだわコレ(笑)


「これがそいつの持ってた荷物です」
「そうか、タケ、こっちによこせ」


あ、それ私のカバン……。タケと呼ばれた額に恋を刻んだ人魚(仮)がアーロンと呼ばれた大男にカバンを手渡す。アーロンはカバンの中身をテーブルにひっくり返すと、財布を手に取った。


「何だァ?この紙切れは。その身なりで金も持ってねェのか」


ああ……私のなけなしの諭吉さんが床に捨てられる。
次にペットボトルをひっくり返して眺め、スマホを触った。ボタンを押すがやはり電源は入らない。コンビニ袋から取り出した替えのストッキングを諭吉の隣に投げ捨てながら続けた。


「金目のモンは持ってねェのか……それじゃ、代わりに何を差し出せる?」
「か、代わり?」
「ああそうだ、対価を支払える奴にはおれァ優しいぜ。差し出すものが何もねえってんなら仕方ねェ、お前には死んでもらう」


――エッッ……エンカウントしただけで荷物取られた挙句殺されちゃうんですか(笑)海賊怖(笑)絶体絶命のピンチですな(笑)ってパニック起こしてる場合か!対価!?対価と言ったって荷物は既に検品済みだし……そうなるともう何か行動で還元するしかないよね!?!?ヤバいヤバいヤバいちょっと待って……!何か何か得意なこと……!えーっとえーっと……!!
――その時、脳内にひとつの天啓が降りてきた。


「パンケーキ……パンケーキが焼けます……」


絞り出すような私の声に、一瞬の間の後甲板は大爆笑に包まれる。


「パンケーキ!?このタイミングでパンケーキ?」
「おいおい、アーロンさんがパンケーキを喜んで食う顔に見えるのかよ!?」
「この女バカかァ?」
「死んだなこいつ」


う、うるせ〜〜!!こちとら必死に絞り出した答えがパンケーキなんだよ!
大勢の笑い声に囲まれながら、背中に冷や汗が伝うのを感じて唇を噛み締めた。


「シャーッハッハッハッハ!!パンケーキだと?恐怖のあまり頭がおかしくなったのか?パンケーキ?バカバカしい!!」


いや笑い方特徴的すぎるでしょ……。ああ……私の人生ここで終わるのね。さよなら三角また来て四角……次の人生には辞世の句を用意しておこう……。


「ハッハッハッハッハ……ああ笑ったぜ。面白ェ、このタイミングでそんな大見得切るんだ、きっと大した腕なんだろうな?」
「……えっ!?」


死を覚悟した私に向かってニヤ〜と意地悪な顔を向けたアーロンは、予想とは違う答えを口にした。まさかの回答に驚く私と周りの船員達を気にせず続ける。


「いいだろう、やってみろ。ただしクソみてェなモン出しやがったら……まあ、わかってるだろうが」
「アーロンさん、マジで言ってるんですか?」
「人間なんか船に置いておけねェよ!」
「フン、最近はここいらの海賊もヌルくて相手にならねェ。おもちゃのひとつくらいあったっていいだろ?」


――ヒエ……マジですかあ……。
鋭い歯を見せて笑う凶悪な顔に思わずジャパニーズ・愛想笑いを返す私を見て、アーロンはフンとつまらなそうに鼻を鳴らす。


「安心しな、次の島まで生き残っていられればそこで降ろしてやるよ……」
「が、がんばりまあす」


とりあえず即死は免れたらしい。だけどこの綱渡り状態がいつまで続くかわからないことを考えると、手放しでは喜べなかった。……胃薬、ポーチに入ってたっけ。


「それじゃ、下等な人間風情にも名前くらいはあるんだろう?え?言ってみろ」
「……みょうじ……なまえ……です」


あれ、こっちって苗字が先の世界で良いんだろうか……なんてそんなこと、今はどうでも良いのに。


「おれはアーロン。このアーロン一味の船長だ。せいぜい生き残っておれを楽しませろよ、人間」


ところで、あなた達は結局人魚で良いんでしょうか。

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