I See You

「……知らない天井だ」


目が覚めて最初に口から出たのはあまりにもベタすぎるセリフだった。やっべ、鈍ったかな……?
隣でガタッと大きな音がして視線だけを動かすと、目に涙をいっぱい溜めたハチが椅子から立ち上がってこちらを見ていた。


「ニュ、ニュウ……!!なまえ、お、お前、目が覚めたのか……!!!!」
「ハチ……」
「よ、よがっ、よがっだああ……!!おれは、心配で心配で……」
「あの……」
「あっ!!!!そうだ、アーロンさんに知らせねェと!!おれ、ちょっと行ってくる!!!!そこで寝てろよ!!」


興奮したハチにはこちらの言葉が聞こえていないらしく、「アーロンさァーーん!!!!」と叫びながらバタバタと部屋を出て駆けて行った。お茶目なやつめ……。
とりあえず体に力を入れてみると、手足の指先はぎこちなく動いた。どうやら半身不随にはなっていないようでホッと胸を撫で下ろす。目も見える、ということは……もしかして内臓を持っていかれたんだろうか……。
周りを見回すとどうやらここはうちの船の中ではないみたいだった。地面も揺れていないし、窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえる。どこかの島の病院だろうか?
しばらくするとまたバタバタと足音がして、ハチがガラッと扉を開けた。


「おい!医者も連れてきたぞ!!」


ハチが部屋へ入るのに続いて、アーロンが入ってくる。
こちらを見る瞳と視線が絡み合い、鼻の奥がツンとする。涙声にならないように抑え込んでなんとかひとこと、その名前を絞り出した。


「……アーロン……」
「……起きたか」
「おい先生!早くなまえを診てやってくれよ!!」
「はい、はい、ただいま……」


二人の後へ続いて人の良さそうな人間の医者が汗をかきながら部屋へ入ってきた。ガチャガチャとカバンを漁ると、私に向かって声をかける。


「ご気分は?」
「えーと……まあまあです……」
「起き上がれますか?どこか痛むところは?」


医者に手伝ってもらいながらゆっくり起き上がると、鋭い痛みがお腹にズキズキと突き刺さった。思わず顔を顰めて、体を硬直させてしまう。


「いっ……た……」
「気を付けて。お腹の傷はまだ癒えていません。あなたは高熱で一週間目を覚まさなかった……。相当弱っているはずです」
「一週間……」


眠っている間に元の世界で過ごしたのと同じだけの時間がこちらでも流れていたらしい。無言でぐっと唇を噛み締める私に、医者が病状の説明をしてくれた。


「使われた武器にナノカソウの毒が塗ってあったんです。それを使われると傷が自然治癒しなくなる……。幸いうちの病院に解毒剤があったので毒は抜けましたが、一時は大量出血で本当に危なかった……」


言われた通りに手足を少しずつ動かしてみるも、特に痛みや痺れは無い。手足が無事なことにほっと安心しつつ、続けて心音や目の動きをチェックしてもらう。


「これは?」
「……あっ」


医者が左右の耳の側で順番に指を鳴らす。
……左側からは、何の音も聞こえなかった。


「……こっちの耳が……」
「どのくらい?」
「あの……全然……」


小さい声でそう言うと、背後から地を這うような声が聞こえた。


「おい……おれは、治せと言ったよな……?」
「ひ!いえ、あの、最善は尽くしました……」
「アーロン待って!これ、これは……私の都合なの……」


怯えた顔の医者に近付くアーロンを慌てて制する。怒った表情のまま眉根を寄せた顔がこちらへジロリと視線をよこし、低い声で唸るように言った。


「お前の都合だと……」
「うん……話すから、あの……二人にして……」
「そ、それでは私はこれで……」


検査器具を片付けた医者が来た時と同じく慌てて立ち去る。ハチは心配そうに私を見ていたが、アーロンに言われて部屋を出た。
……部屋に沈黙が落ちる。
何と切り出そうか迷っていると、アーロンが先に声をかけた。


「……耳、ダメなのか」
「……うん。でも、これは……私が自分で選んだことだから……」


私はポツリポツリと経緯を話した。
元の世界に戻ったこと、ミカのこと、そもそものこちらに来た理由、世界間を移動するための対価のこと……。


「……だから、これは私がこっちに戻ってくるために必要だったの。……自分で選んだことだから、後悔してない……」


左耳を触りながらゆっくりと静かに話した。
……これは、私がアーロンのために喪ったものだ。アーロンがそうしろと望んだわけではない……自分自身の選択の結果だ。


「……それに、ミカが相当頑張ってくれたみたい!思ってたよりずっとマシで良かった!」
「なまえ」


顔を上げて明るく言うと、静かな声が名前を呼ぶ。
その声色に、私の考えてることなんてとっくにお見通しなんだとすぐに気付いた。


「無理して笑うな」
「う……」


言われた途端、涙腺が緩む。下を向いた私の手をひんやりした手のひらが包み込んだ。
自分で選んだことだから泣かないようにしようって、決めてきたのに。


「……っこ、こわ、怖かった……怖かったよ……」


涙が目から溢れ出してアーロンの手に落ちる。……最近、泣いてばかりだ。


「二度とみんなに……アーロンに会えないかと思って、すごく、怖かった……」
「……ああ」
「戻って来られても、今度は起き上がれないんじゃないかって、すごく怖かった……!でも、でも……それでもまた会いたかった……!」


しゃくりあげる私の頬に手を伸ばしたアーロンが、顔を上げさせて涙を拭う。
いつもと同じように触れてくれるその手に顔を寄せて、深い海色の目を見つめた。


「ア、アーロンにまた……絶対、会いたかった……!」


震える声で言う私をアーロンが抱き締める。そのシャツの胸元を濡らしながら続けた。


「も、もうこれで、本当に、帰れなくなっちゃった……」
「ああ」
「お父さんも、お母さんも、私のこと忘れちゃった……」
「……ああ」
「行くとこ、無くなっちゃった、の……!!……お願い、わ、私が死ぬまで、船に乗せて……アーロンの隣に、居させて……」
「……わかった」
「う、あぁ……アーロン、アーロン……アーロン……!!」


縋り付く私が泣き止むまで、アーロンは大きな手で背中を撫で続けてくれた。










「上がりだ」
「えっ嘘、そんなのあり!?」
「お前弱すぎるだろ」
「イカサマしてないでしょうね?」


病室にはみんなが交代でお見舞いに来てくれた。私が寝ている間もこうして交代で様子を見に来てくれていたらしい。
最近はお腹の傷も良くなってきて、今では病院の中を歩いたり、少しの間なら病院の庭を散歩して過ごすこともできるようになっていた。今日は数人が部屋を訪れ、カードゲームに興じていた。


「おれも上がりだ」
「またなまえの負けだな」
「怪我人なんだから手加減してよ……」
「カードには怪我人かどうかは関係ねェだろうが」


最後に残された私が不貞腐れてカードをテーブルに置くと、みんなが休憩だというように肩を回す。船にいた頃のようなその光景に口元が緩んだ。


「お茶淹れよっか」
「ああ、おれがやるから座ってろ」


よいしょと腰を浮かせた私を制してタケが立ち上がる。その言葉に甘えて大人しく座っていると、カネシロが怪我を気遣う声をかけた。


「もうだいぶ良くなったのか」
「うん、もう少ししたら船医だけでも診られるようになるから、それまではまだここにいるようになるけど……。でももう、動かさなければほとんど痛みも無いよ」
「そうか」
「ごめんね、島にこんなに長く滞在させるようになっちゃって……」


海賊が同じ島に長居するのは良くないこととされている。海軍に通報されたり、他の海賊や住民とトラブルになるリスクが上がるからだ。肩を落として謝るとピサロが慰めるように言った。


「構わねェよ。おれ達ものんびりできて助かる」
「でも……でも、私があんな……余計なこと……」


あの日のことを思い出して自己嫌悪する。バカみたいにサクッと攫われて人質もどきに使われて、挙げ句の果てには自分で相手を刺激して刺された。アホすぎる……。
ため息をついて落ち込んでいると、酒瓶を呷ったシオヤキが――ここ病院だけど――静かに言った。


「まあ……おれは正直……嬉しかったが……」
「え?」
「なまえが……おれ達のために怒って、言い返してくれて……」
「シオヤキ……」


思ってもみなかった言葉に驚いて顔を上げて周りを見渡すと、みんなは照れたような、気まずそうな顔で目を逸らした。そこへタケが淹れたお茶を持って戻ってくる。


「おれ達はさ、お前のこと……その、仲間……だと……思ってるから……」
「……ウッ!」


突然頭までシーツを被ってベッドに潜り込んだ私にみんなが驚いた声を出した。


「どうした!?」
「み、見るなあ……」


私の弱々しい涙声を聞いて、一瞬の間の後みんなが大笑いする。
嬉しくて嬉しくて、シーツを被ったまましばらく泣いた。
気付けば、左手首のミサンガは無くなっていた。

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