私のそばで眠って

今日はオムライスの日だ。つまり、月曜日だ。
海賊稼業に休みは無いので当然休日の感覚も無いが、まあ気分的には週明けだ。確か海軍カレーも同じような理由だったっけ?


「うん……美味い」
「フフフ、ようやくその言葉を引き出せて満足したよ」


感心したように頷くクロオビに渾身のドヤ顔をお披露目する。
半年以上もの間週一で作ってたらそりゃ上達もする。今や皿の上のオムライスは美しく黄金色に輝く完璧な楕円形だ。


「ニュ〜!お前このままうちのコックになればいいよ!他の料理も覚えてさ」
「ええ……オムライスひとつ習得するのに半年以上を要したんですけどそれは……」
「なあに、海賊稼業に終わりはねェ。時間はうんとあるんだ、ひとつずつ習得していけばいいさ」


そう言ってオムライスに舌鼓を打つハチは上機嫌だ。この光景もずいぶん見慣れたなあ。
……海賊稼業に終わりは無い、か。その言葉を聞いて口元に自然と笑みが浮かぶ。


「ま、それもそうか。私もなんやかんや、もう二年もここにいるんだもんね。光陰矢の如し、少年よ大志を抱けってか」


ん?ちょっと違うな……少年が歳を取るみたいな感じだったかも……?
自分の発言に怪訝な顔をしていると周りのみんなも驚いたように顔を上げた。


「お前、もう二年もうちにいるのか」
「長いな」
「そうだよ〜。時が過ぎるのは早いね。このままじゃあっという間にお婆ちゃんになっちゃうよ」
「しかし、お前見た目全然変わらんな」
「そう?最近ちょっと痩せたんだけど……」
「いつまで経っても子どもみてェだ」
「おっとー?それは褒めてないよね?」


他愛もないやり取りを交わしながらみんなでわいわいしていると、近くのテーブルで食事していたチュウがこちらへ向けてからかうように言う。


「そのうち刺青ももらえるといいな」
「うーん、そうね……」
「何だ、もっと欲しがると思ってたが。チュッ」


思ったような反応じゃなかったのか、おや?とチュウが首を傾げた。私は次の分の卵液を、温めたいくつものフライパンに流し入れながら返事する。


「多分もうくれる気が無いんだと思う……二年も経ったのにダメってことはさ」


なんとなく、そこには最後のラインがあるような気がして……私からも欲しいとは言わないままここまで来ていた。
片手で傾けながらフライパンに均等に卵の膜を張っていく。天才的に美しい円だ。ここまで成長した自分の才能に惚れ惚れする。


「みんながどう思ってくれてるかはわかんないけどさ、やっぱり人間はダメなんだろうな〜っと、ホイ!できたぁ」


チキンライスを綺麗に包み込み皿に盛り付けて、ベストな角度から確認する。うーん、美しいわ〜!!
次に待つ船員に渡そうと顔を上げると、みんなが驚いたような顔でこちらを見ていた。


「な、なに?」
「いや……何かお前、変わったなあ……?」
「もっと拗ねてるかと……」
「そんなにドライだったか、なまえ」
「みんな好き勝手言うね……」


両手に持ったいくつかの皿をテーブルまで運んでサーブする。よし、あと数人で終わりだな。忙しい朝のルーティンにももうすっかり慣れてしまった。


「だって変にワガママ言って迷惑かけたくないじゃん」
「そ、そうか……」
「そうだな……」
「やっぱり変わったな……?」
「大人になったと言って欲しいね」


再び渾身のドヤ顔をお見舞いすると「アホだ」と誰かが呟いた。聞こえてるからね!










「これ」
「ん?」
「まだ切れねェのか」


アーロンが指先で私の左手首に触れながら言う。指先でつつくミサンガはもうボロボロだが、まだ切れる様子はない。青色のミサンガに編み込まれた銀糸がキラリと光を跳ね返した。


「もう一年半も着けてるんだけどね。まだだなあ」
「シャハハ、どんだけ難しい願掛けしたんだ?」


面白そうに探るような目つきから、情事の気怠さの残る体を捩って腕を隠した。
どれだけ難しい願い事かあ……。ミサンガを握る手に少しばかり力が入る。


「ないしょ」
「つれねェな」
「ふふ、切れたら教えてあげる」


お願い事を聞いたらアーロンはどんな顔をするかな?困ったように眉を顰めて黙っちゃうかも。想像してひとり忍び笑いした。
腕に触れていた手は、今度はおもむろに私の首に巻き付く細いチェーンをなぞる。


「こっちは?」
「これはずっと着けてるの。お気に入りだから」


カジノの島でアーロンからもらったネックレスは、窓から射す僅かな月光にキラキラと輝いた。繊細なチェーンとその先端の一粒のダイヤが上品なネックレスは普段からずっと身に着けている。


「イヤリングはなかなか着けるタイミングが無くて残念なんだけど……」
「そうか」
「またどこか連れて行ってね」
「いい子にしてたらな」
「いつもいい子でしょ?」
「シャハハハハ、生意気言うな」


大きな手が頬を撫で、いつものように髪に触れる。するすると毛束が流れるのを目で追いながら、アーロンが小さく「髪、伸びたな」と言った。


「……二年経ったからね」
「そんなにか……」
「この話今朝みんなともしたの。でも、みんなは私が全然変わらないって言うんだよ、いつまでもお子様だって。酷いよね」
「そりゃその通りだな。お前はいつまでも世間知らずだ」
「私の見る世界が偏りすぎてるせいだと思うんだけど……」


海賊船と、それに関わる人達しか見ていない。これでは公平性に欠けると言うものだ。くるくると毛先を弄ぶ指を捕まえてぎゅっと握る。


「これからも色々教えてね。私が知らないこと、アーロンが見てきたもの、好きなもの、故郷のこと、子供の頃の夢、これからもっとやりたいこと……」


目を閉じてアーロンについて知っていることを思い出すが、実はそんなにたくさんは知らない。アーロンは秘密主義なのか、私に色々と話して聞かせてくれたりはしなかった。


「欲しがりだな」
「私も海賊だから!」
「こんなひ弱な海賊がいるかよ。武器も握ったことのねェ手のくせして」


そう言うと自分の指を握る私の手を開かせて柔らかく触る。私の手のひらにあるのは毎日フライパンを振ってこしらえたパンケーキだこだけだ。


「……私って海賊に向いてないと思う?」
「あァ?何言ってやがる。そんなもん聞くまでもねェだろ」
「そっかあ……」


胸にちょっとした寂しさが陰る。
海賊になれないということは、この船の仲間として認められることも無いということだ。わかっていたけど改めて言われるとなんだか悲しい。
眉間に皺が寄るのがわかって、アーロンの胸にギュッと額を押し付けて顔を隠した。


「何だ。突然拗ねるな」
「拗ねてないもん……」


……今のはちょっとあからさまに拗ねた声が出た。
どうもアーロンの前だと甘えが出るのか、感情が露わになってしまう。良い年こいて恥ずかしい。反省!


「早く寝ろ。明日も早ェだろ」
「寝かしつけて……」
「おれに歌でも歌えと言うのか?」
「じゃあ私が歌ってあげる。アーロンは目、閉じててね」


目を閉じてひとつ咳払い。アーロンの大きな背中を優しく叩きながら元の世界の歌を歌う。


「ざーんーこーくーなてんしのテーゼー」
「それは絶対違ェだろ」
「バレたか」


あははと笑って、今度こそちゃんと子守唄を歌ってあげる。母が幼い頃私にそうしてくれたように。
目を閉じて聞いていたアーロンは、歌い終わる頃に小さく問いかけた。


「お前もそれを歌ってもらったのか」
「……うん、そう」


だから私の思い出、ひとつわけてあげるね。と続けると、大きな腕にぎゅっと抱きすくめられた。私の体温でほんのりと温まったアーロンの体が心地良い。


「ただし条件付き。アーロンも何かひとつ思い出を話して聞かせてね」
「後出しだろうが」
「何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる……。それが、錬金術における等価交換の原則だよ」


なーんて……漫画からの受け売りだけどさ。それっぽいでしょ。
クスクス笑う私の背中をゆっくりと撫でる大きな指が眠気を誘う。ダメダメ、今日こそはアーロンより後に寝るんだ。せっかく歌も歌ったのに。ウトウトしながらそれに抗っていると、小さな声が再び「もう寝ろ」と言った。


「……今度、何か話す」
「うん……」


やった、言ってみるもんだね。瞼はもう限界で、くっ付いたり離れたりを繰り返している。


「なまえ」
「……うん……」
「……なまえ」
「…………ん……」


囁くようにだんだん小さく小さく名前を呼ばれる。
そのまま、私は吸い込まれるように眠りに落ちた。




 
「…………どこにも行くな……」

[ 33/59 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -