おだやかなることを学べ

「あ、ピサロこんなところでサボってる。いーけないんだーいけないんだー」
「休憩中だっつーの」


隠れる場所を探して普段人があまり来ない船の後方まで来た私が声をかけると、船尾の一角で釣竿を垂らしたピサロが首だけでこちらを振り向いて言った。


「お前こそ何してんだ?」
「今ハチとかくれんぼ中〜」
「ガキかよ」
「制限時間はあと五分だよ」


ゆっくり近付き釣糸が波に揉まれて揺れるのを眺めていると、午後の穏やかな風が頬を撫でる。のどかな昼下がりだ……。
すると不意に、後ろの角からハチが私を探しながら歩き回る声が聞こえてくるではないか。


「あれ!?もうこんなところまで探しに来てる。勘のいい人だな。ちょっと失礼」


呆れたような顔をするピサロの隣に積み上げられた木箱の陰にそそくさと座り込んでじっとしていると、しばらくして二人の会話が聞こえてくる。


「おうピサロ。なまえ見かけなかったか?」
「そこにいますよ」
「ちょっと!!」


待て待て待て!!裏切りが早すぎる。
木箱を持ち上げて、物陰で気配を消していた私を見つけたハチはニコニコでこちらを指差した。


「見つけたぞ〜なまえ!!今回はおれの勝ちだな」
「今のはピサロが裏切ったからでしょ!!ノーカン!ノーカン!!」
「教えちゃダメなんて言われてなかったからな」
「ピサロ……このッ……裏切りもんがあぁ!!」
「ニュフフ、そんじゃこれでおれの三勝四敗一引き分けだな」
「まあまあの回数やってますね」


今のはありかなしか、最終的にはじゃんけんで決着を付けることになったのだが、結局今回は私の負けということになった。くっ……解せない。


「ニュ……かくれんぼもそろそろ飽きたな」
「釣りする?」
「そうするか。ピサロ、一緒にやってもいいか?」
「どうぞ」


返事を聞いたハチは一度船内に引っ込むと、しばらくして二人分の釣竿を持って戻ってくる。ハチが差し出したのは以前カネシロに作ってもらった私専用の釣竿だ。


「ほれ、これお前の」
「ありがとー」


受け取った釣竿は、使い込まれて柄の部分の木材がすっかり飴色になっている。良く手に馴染んだそれを受け取ると、三人で並んで水面に糸を垂らした。


「ピサロ今日どのぐらい釣れた?」
「まだゼロだな」
「ピサロって釣り好きなわりに下手くそだよね」
「……うるせェな」
「いっつもタケに負けてるもんな」
「ハチさんまで……」


唇を真一文字に結んでムスッとするピサロに二人の吹き出す音が重なった。ごめんて。一通り笑った後、話題を変えようと糸の先の海面に目を向ける。


「この辺て何釣れるの?」
「夏島の近くだからな。夏に釣れる魚は大抵釣れるんじゃねェのか」
「へー。例えば?」
「イサキ、スズキ、タイ、アジ、タコ……」
「タコ釣れたらおれがタコ焼きにしてやるよ」
「えータコ焼き!?食べたい!タコ釣ろうタコ!!」
「そう狙って釣れるなら苦労しないぜ」


タコ焼き絶対食べたい!!ハチの作るタコ焼きは大きくてまん丸で、熱々でカリカリで……。
以前食べたそれを思い出して口元を拭う私の隣でやれやれ顔のピサロが肩をすくめた途端、並んだうちの一番細い釣竿がぐんとしなって重くなる。


「引いた!」
「マジかよ。ついになまえにすら負け始めるおれって……」
「まあなんていうか?普段の行いの良さっていうか?おだやかなることを学べ?みたいな?」
「腹立つな」
「おい、もっと引かないと持って行かれるぞ」


やいのやいのと騒ぐ私達の方を向いたハチが海面を指差したので慌てて竿を引くが、逆にぐいぐいと引っ張られ糸の先端がみるみるうちに水中へ潜っていく。


「えっめちゃくちゃ重い!!怖い怖い!!」
「おい危ねェぞ」
「大物かもしれねェな!!おれも手伝うぞ!」


自分の釣竿を放り出したハチとピサロが私の体を押さえて引っ張った。私ひとりでは引き込まれるばかりだった釣竿が、魚人二人が加わったことで少しずつ引き上がる。
と、糸の先が海面近くまで来たところで大きな影が下から浮かび上がった。


「いやデカ!!エイリアンじゃん!!」
「こりゃー大物だ!やったななまえ!!」
「おい待て、こりゃあホントにタコじゃねェのか?」


ピサロの言う通り、水面に姿を現したのは大きなタコだった。私の引きが強すぎる。このサイズのタコは果たして元の世界にも存在したんだろうか?


「一体何人分のタコ焼きになってしまうんだきみは……」
「おい、引かれてるぞ!」


自分の運命を悟ったのかタコは全力で抵抗する。このままでは釣竿ごと持って行かれる……!と慌てる私をよそに、焦れたようにハチが立ち上がった。


「ニュ〜!こうなりゃおれがぶん殴って捕って来る!!」
「ワイルドすぎ」


意気込んで腕をぐるぐる回すハチ。ヒューッ!見ろよやつの筋肉を……まるでハガネみてえだ!!こいつはやるかもしれねえ……。
ぴょんと飛び降りたハチが水飛沫を上げて海に消えた数秒後、それまで強く引いていた釣竿がビクッと震えて静かになった。二人で海面を覗き込むと、タコを抱えたハチが満面の笑みで顔を出すところだった。


「捕ったぞ〜!!」
「わ〜やった!」


ハチの怪力って本当に規格外だな……。感心して拍手する私の横で、ピサロが下ろした縄梯子を登ってきたハチが高々と獲物を掲げて見せてくれる。


「おれのタコ焼きパンチにかかればこんなもんよ」
「ハチさん流石っす!!」
「タコ焼きパンチって名前いつ聞いても可愛いよね」
「そうかあ?」
「いよーし!そんじゃ、焼くか!!」
「たっこ焼き!たっこ焼き!」


食堂へ向かってノシノシと歩き出すハチの後ろを、私とピサロは空腹に鳴き出したお腹を抱えて追いかけた。










「アーロン!入るよー!」


背中で扉をどっこいしょと押し開けて部屋に入ると、デスクで書類に目を向けていたアーロンが顔を上げる。私が手に持った皿を見て怪訝そうに眉を顰めた。


「何持ってる」
「タコ焼き!ハチが作ってくれたの!あのね、もうめっちゃくちゃ大きいタコが釣れたの!!もう、こーんな!!」


片手にお皿を持ったままジェスチャーしてみせるとフンと鼻で笑われる。だって本当に大きかったんだよ……モームといい勝負なんじゃないかな。既に甲板で細切れにされてるけど。


「今みんな食堂でタコ焼き食べてるよ。はい、これアーロンの分ね」
「この部屋で食うな」
「え〜、アーロンも食べたいかと思ってせっかく持って来たのに」


半ば押し付けるようにして皿を手渡すと、仕方ないという風に受け取られる。私もソファに腰掛けると自分の皿に手を伸ばした。
ハチの作るタコ焼きは外側がカリカリで中がふわふわでとっても美味しい。特にソースが絶品だ。


「いただきまーす」


ひとつ齧ると、思ったより熱くてちょっとハフハフしてしまう。火傷しないように少しずつ口に入れると、中からタコのプリプリした食感が現れて思わず頬が緩む。


「美味し〜!」


大きいタコだったのでよもや柔らかくないのではと心配していたが、杞憂だったようだ。あのエイリアンのような巨大タコがこんなに美味しいタコ焼きになってしまうとは……うーん、ワザマエ!
実はハチの方が私なんかより断然料理ができるのでは?と考えていると、アーロンがこちらを見ているのに気付く。


「ん?なに?」
「お前ェは安上がりな女だな」
「アーロン倹約家だもん、ちょうどいいでしょ」
「シャハハハハ!!違えねェ」


大笑いしたアーロンがお皿に手を伸ばす。私も自分のお皿に向き直って久しぶりのタコ焼きを存分に堪能した。美味しすぎる。三日くらいなら三食これでも全然良い。


「美味しかった!ごちそうさまでした!」


両手を合わせて満足のため息をつく。お皿を持って立ち上がると、アーロンの皿も空いていた。一緒に片付けようと立ち上がったこちらを見た顔がニヤリと笑う。


「付いてるぞ」
「うわっ、どこ?」


慌ててポケットからハンカチを取り出して口元を拭うが、見下ろしたハンカチはキレイなままだ。首を傾げていると、口元を手で隠したアーロンが言う。


「もっと上だ。上、ああやっぱり下。いや、今度は左だな」
「……ねえからかってるでしょ!!」


また意地悪されているんだと気付いた私がむくれると、手の奥でくつくつと笑いながら皿が差し出された。それを受け取って自分の皿と一緒にして部屋を出る。
最後までアーロンの笑い声が背中を追いかけてきていた。










「ハチ、ごちそうさま!美味しかったよ!」
「ニュ〜、そりゃ良かった。そこに置いといてくれ、後でまとめて洗うから」
「あ!洗い物なら私やるよ」


食堂へ戻って来ると、ハチはまだタコ焼きを焼いていた。シンクに積み上げられた皿を片付けようとエプロンを手に取ると、ちょうど皿を下げに来たクロオビが私の顔を見て笑う。


「おい、口元に付いてるぞ」
「え!?」


な、なんだってー!!さっきのは冗談じゃなかったんかい!
再び取り出したハンカチで慌てて押さえると、クロオビが自分の頬を指差す。


「反対だ」
「あ、ありがとう……」


アーロンが言っていたのとは反対の頬だった。なんてやつだ……。赤くなる私を見てハチが「お!茹でダコだな」と笑った。全然上手くないわ。
ちなみにタコが大きすぎてその日の夕飯もタコ焼きだった。夕飯の時には手鏡を持参して口元をチェックしたのは言うまでもない。

[ 32/59 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -