トロフィーは踊る

タクシーが停まったのは大きなホテルの前だった。
ここは高級ホテルやカジノが立ち並ぶエリアで、賑わってはいるが同時に治安の悪いエリアでもある。自分でなんとかするだけの腕っ節があるか、もしくはボディーガードを雇えるお金が無いなら近付くなと船員達に初めに教わった場所だったはずだ。


「……ホントにレッドカーペット歩くの?」


怪訝な顔の私にひとつ笑うと、先に降りたアーロンがこちらの手を取って立ち上がらせた。
着飾った私の隣に立つアーロンはいつも通りの格好で、ますます意味がわからない。緊張しながらエントランスへ向かう。


「なまえ、今日のお前はおれのトロフィー≠セ」
「トロフィー?」
「そうだ。黙って、誰とも話さず、ただ笑って立ってろ」


変な注文だ。だけどそれならまあなんとかなるかも……緊張しながらも黙って頷いた。
建物へ近付くと、エントランスの扉をドアマンが開ける。エントランスホールに待機していたベルマンがこちらへ向かって一礼した。


「お待ちしておりました」
「北の会合だ」
「ご案内いたします」


広いホテルの廊下を案内されて進んでいく。ここはこれまで私が入ったことの無い程の高級ホテルなのは、足の下の絨毯だけで充分にわかった。
しばらく進んでたどり着いたのは大きな扉だった。ベルマンが合図するとガードマンであろう二人のミンク族が扉をゆっくり開く。すると、途端に中の喧騒が漏れ出してくる。頭を下げるベルマンの前を通過して中へ入ると、そこには大勢の人達がひしめき合っていた。
あまりキョロキョロしないように目だけで広い会場を窺うと、色んな種族、職業の人達が忙しなく会話している。いかにも海賊風な男達や商人らしき高級スーツの女性、なんと海軍のコートを羽織ったものまでいる。


(ここってもしかして……ブラック・マーケット?)


確か表には出せない違法なものを取り扱ったり、海賊が他の船から略奪したものをやり取りするための場所だ。服装から見るにここにいるのはそれなりに財力のある層なんだろう。あーなるほどね。合点承知の助。
アーロンに連れられ会場を進むと、何人もの人が寄ってきて挨拶した。男性も女性もいるが、その全員が傍に見目麗しいパートナーを連れている――なるほどこれがトロフィー≠ゥ――自分の財力でこれだけ美しいパートナーを確保できますよと周りにアピールするために連れているらしい。
――……いや、これ私力不足じゃない?大丈夫?
他の男性が連れている女性は大体バインバインのボインボインのセクシー美女ばかりだ。私の場違い感すげえ〜。
白目を剥きそうになりながらも、アーロンの隣でひたすらニコニコ微笑んで愛嬌を振り撒いた。数人の男性が私を見てお世辞を言うが、そのパートナーの女性はこちらをじろっと見てフンと鼻で笑う人が多い。やめて……心が死んじゃうから……。
そうするうちに数人の男性が固まって近寄って来て何やら私のわからない話を始める。どうやら仕事の話らしい。
しばらくするとそこへ最後に、ゆっくりとした足取りで背の高い人間の男性が近付いてきた。王子様然としたハンサムな男性はパートナーの女性の腕を組んでにこやかに話しかける。


「いやあ、アーロンさん。お久しぶりですね。あなたはこういった場所にはあまり顔をお出しにならないのに」
「これはこれは中佐どの。こんなところでお目にかかるとは」


どうやら海軍の人間らしい。海軍のコートではなく高級そうなスーツを着ている。こんな場所にいるということは、この人は腐ったみかんだ。まあ潜入捜査の線もあるけど……。


「いやあ、ハハ。秩序にも時には息抜きが必要だということですよ。……それにしても、意外なご趣味ですな。まるで春に咲く花のように可憐な女性だ……」


中佐と呼ばれた男性はジロリと舐め回すように私を見る。その目つきにゾッと鳥肌が立ったが、居心地の悪さを隠してなんとか微笑んでみせた。


「そりゃどうも」
「大輪の薔薇ももちろん美しいですが、たまには趣向を変えてみるのもまた一興ですね。こちらの美しいパートナーを自慢するために今日は参加なされたのですか?」
「シャハハ、これはあんたの趣味じゃねェだろう」
「そんなことはありません。美しい花は等しく愛でられるべきものですから……」


キモッ。絶対潜入捜査組じゃないわ。
と、思っていると年配の男性が「そろそろ仕事の話をしましょう」と仕切った。その声を皮切りに他の男性達もパートナーに「遊んでおいで」と声をかける。女性達はパッと手を離すと、解放されたテラスにある軽食のコーナーへ向かっていった。


「お前も行け」


アーロンに促され私もひとつ会釈してテラスへ向かう。最後まで中佐の視線が粘っこく絡みついてきたが、気付かないふりをしてその場を立ち去った。


「ふう……」


テラスに出て小さくため息をつく。緊張するし足は痛いし、朝食べてから何も食べてないからお腹空いた……。時計の針はちょうど二時を指している。
軽食のカナッペをいくつか選んでいると、手すりに寄りかかってタバコを吸っていた女性が声をかけてきた。


「ねえ、あんた、気を付けなよ」
「はい?」
「あの中佐よ。あんたのこといやらしい目でジロジロ眺めて気持ち悪いったらなかったわ」
「ああ、見てた見てた。ゾッとするよね、あの視線」


隣のテーブルでケーキをつついていた女性も頷く。この二人は先程の男性達のパートナーだった。やはり、第三者から見ても相当キモい視線を投げかけられていたようだ。


「あーあ、顔はハンサムなのに残念」
「嘘、あんたああいうのタイプだったっけ?」
「タイプじゃないけどハンサムでしょ。やるぶんには別よ。あんたもそうでしょ?」
「うーん……」


おおっと、大人の会話だ……。私は苦笑いしてカナッペを齧ることでやり過ごすことにした。


「って、魚人に連れられてるんだからあんたの趣味じゃないか」
「まあそれもそうね。それにしても……春に咲く花のように可憐、ねえ……」


二人が品定めするように同時にこちらへ顔を向ける。頭のてっぺんから爪先まですーっと視線を走らせると、顔を見合わせてニッコリと笑い合った。


「フッ……まあ、そうね」
「ウフ……私達とは確かにタイプが違うわね」
「あはは……」


……心が痛い。
と、二人がギョッと目を見開いて私の後ろを見る。何事かと振り返る前に、肩に手が乗せられた。


「やあ、可憐な君」
「!!」


耳元で囁かれた声にゾワッと全身の毛が総毛立つ。思わずフリーズした私を置いてお姉さん達はそそくさと席を移動した。お、置いてかないで……。


「こちらのケーキはいかがかな?」
「いえ、あの……結構です……」
「それではこちらのパイは?絶品だよ」
「……いえ」


一見親切に声をかけてくれているようだが、やたらに距離が近い。手のひらで撫でるように私の肩をさする中佐から目を逸らして曖昧に断った。


「つれないね。それとも奥ゆかしいのかな?」
「あの……今日は人と話すなと言いつけられていますので……」
「ふうーん……やけに従順なんだね……」


スッと目を細めた中佐は通りかかったウェイターに声をかけて飲み物をもらう。ふたつ手に取ったうちの片方をこちらに差し出すが、一瞬不自然に拳を握ったのが見えた。おい、今何か入れたな?おそろしく手慣れた動作……オレでなきゃ見逃しちゃうね。


「いえ私は……」
「飲み物くらい受け取ってよ。さあ」


ふええ……ノーと言えない日本人、受け取っちゃったよお……。
この場からどうやって逃げようかと思案していると、相手は機嫌良く続ける。


「それにしても君も災難だね、魚人なんかに連れ回されるなんて」
「……え?」
「あんな野蛮で原始的な種族に君のような女性が釣り合うはずがない。大方、無理矢理連れて来られたんだろう?」
「そんなこと……!」
「いいよ、言わなくてもわかってる」


――何、この人……?知りもしない人にどうしてこんなこと言われないといけないの……!
悔しさで唇を噛む私には気付かず、中佐は私の腰に手を回して耳に口を近付けた。


「きっと脅されていて逆らえないんだ……僕にはわかる、君は僕に救って欲しいと思ってる……」
「……は?」
「だから、僕が優しく……君を愛でてあげよう。僕の部屋で、じっくりと」
「キッ……!」


モ!!!!こいつ、キモ!!!!
思わず手を振り払って距離を取ると、キョトンとした後にふっと蔑むような顔で笑う。


「ああ、そう……もう調教済みってわけね」
「な、」
「それでもきっと、僕に抱かれる価値はあると思うよ?半魚どもの粗野なセックスと僕は違う……あいつに君を満足させられるほどのテクニックがあるとは思えないね……」
「いい加減にして!!」


気付くと目の前の中佐はびしょ濡れだった。ハッとして振り切ったシャンパングラスを慌ててテーブルに置いた。
中佐は何が起きたのか理解すると、みるみる鬼の形相になって私の手首を掴む。


「この、クソアマ……!!優しくしているうちに従っていればいいものを……!!」
「は、離して……!」
「決めたぞ……お前のことは徹底的に犯して、痛めつけて、二度と逆らえないようにしてやる……!!」


怒りを湛えた目で睨み付けられ足がすくむが、ここで怯むわけにはいかないと咄嗟に思った。
グッと睨み返して震える声で言い返す。


「ッ……何と言われようとあんたなんかに付いていかない!私は……私は、アーロンのものなんだから!!」
「この売女が……!!」


クワッと目を見開いて手を振り上げた中佐の肩を、後ろから誰かがトンと叩いた。
不意をつかれて驚いたように振り返った中佐が目を見開く。


「まあその辺にしておけ」
「なっ、ア、アーロン!……さん」


「……!」
アーロンは薄く笑って私の手首を掴む手を引き剥がすと、間に入って中佐に向き直る。中佐はアーロンを目の前にして、慄いたように一歩後ろへ下がった。


「そりゃおれの女だ。勝手に殴るのはいただけねェな?」
「し、しかしこの女が私に無礼を……」
「それは悪かったな。それより、あんたは自分の心配した方がいい」
「なに……?」


戸惑う中佐が振り返ると、先程寄り集まっていた男達が険しい目つきで近寄って来るところだった。
年配の男性が皮肉げに口角を吊り上げて中佐に詰め寄る。


「中佐どの。いやあ……残念ですな、このたびの一件……」
「何のことだ……」
「気付いていないとお思いですか?あなたが売り捌いた例のもの、言われていたよりだいぶ混ぜ物がしてある」
「ッ……純度は、ほ、保証すると……」
「それだけじゃあない……売り付けた相手を別のルートで逮捕させ、また根こそぎ押収する……よくできたマッチポンプだ……」
「そ、それは……どこに……そんな証拠が……」
「こちらに」


男達が差し出したのは最近アーロンが眺めていた書類だ。コナン君か。
集まって来たギャラリーの前で、反論する中佐と追い詰める男達の応酬は続く。これ、悪役令嬢ものでよく見る断罪イベントじゃん。もはや蚊帳の外の私がポカンとしていると、アーロンが肩を抱いて会場を出る。


「最後までいなくていいの?」
「ああ。あの下衆を追い出した分、おれの取り分が増えるのはもう決まってる」
「そ、そうなんだ……」


それよりも、頭の中では先ほど言われた「おれの女」がリフレインしていた。中佐を牽制するためとはいえ、すごいことを言われたような気がする。


「それよりお前……大したモンだ。まさかあそこで酒を引っ掛けるとは。海賊にかぶれてきたんじゃねェか?シャハハハハ」
「う……短絡的だったよね……反省してます……」
「いいや、感心したよ。それに大胆な啖呵を切ったな」


廊下の突き当たりにあるエレベーターがちょうど降りてきたところで二人で乗り込む。大きなエレベーターだが、アーロンが乗り込むと狭く感じる。


「啖呵?」
「ああ、そうだよな?お前はおれのだ」
「!!」


――き、聞かれてた……!
恥ずかしくなって急速に顔に熱が集まるのがわかった。そんな様子を見てからかうようにアーロンはひんやりした手で頬を撫でる。


「自覚があるようで良かったぜ」
「あの……あれは、その……」


しどろもどろになって言葉を探す私をよそに、エレベーターが軽い音を立てて止まる。
恥ずかしさに顔を伏せながら、アーロンに続いてエレベーターを降りたのだった。

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