馬子にも衣装

目の前にドンと積まれたお札の山に、口から飛び出しそうになる心臓を押し込んだ。


「こちらがお渡しの額になります」
「ハヒィ……」


お金が全て詰め込まれた大きなアタッシュケースを受け取ろうと手を伸ばすが、震えて上手く受け取れない。なんとか取っ手を掴むが今度は重くて持ち上がらない。


「タスケテ……」
「何してんだお前は……」


終始こちらを眺めていたアーロンを振り返ると、呆れたような顔で代わりにケースをヒョイと持ち上げる。
スタスタと部屋を出る背中に続いてそそくさとその場を後にすると、ようやく深く息を吐いた。


「き、緊張したあ……」










ここは前の島を出発してからさらに一ヶ月かけてたどり着いた、夏島に存在する商業とカジノの街である。ここは眠らない街とも呼ばれ、朝から晩まで一日中カジノで遊べるので海賊や行商人、果てには海軍までが訪れ、この近郊では一番賑わっている。当然、船員達は島に着いた途端喜び勇んで船を降り、現在この島で各々お楽しみ中である。
アーロンが「仕事だ」と言って街へ出てしまっていたので、最初の二日程は大人しく買い物や観光を楽しんでいた私だったが、入れ替わり立ち替わり帰ってくる船員達が楽しそうに、またはガックリと肩を落として聞かせてくれるカジノの話に興味津々だった。そして三日目の今日、朝方帰って来たアーロンにおねだりして、夕方からカジノに連れて来てもらった。


「お前カジノで遊んだことあんのか」
「無い!だからすっごく楽しみにしてたの!」


初めて足を踏み入れたカジノは独特の熱気と喧騒に包まれており、一種の異世界のようだった。あちらこちらで展開されている卓をキョロキョロ見回していると、そんなに初心者丸出しで歩くなと諌められる。
適当な卓に着いて軽くルールを教えてもらうと、小額だけ賭けた。最初の数度は負け続けたがそのうちポンとまとまった額になり、あぶく銭だとそれを全部突っ込んだらとんでもない額になって返ってきて、慌ててそれを入れたらまた数倍になって返ってきて……ようはビギナーズ・ラックで見たことも無い程の額が手元に集まってしまった。
周りに見物客の人だかりができ始めた頃、半泣きで帰ると言った私はようやく換金室へと案内されたのだった。


「こんな大金見たことない……うう、目眩がする……」
「海賊船降りてこっちを本業にするか?」
「やだ……大金怖い……」
「シャハハハ!!金のかからねェ女だ」
「それあげる……」
「いやお前のだ、取っておけ」
「じゃあ預かってて……心臓に悪いから……」


ヨタヨタとアーロンに付いていく私に、先程周りで見ていたのであろう、ガラの悪い男達の視線が無遠慮に投げかけられる。若干気まずい思いをしながらなるべくそばに寄って歩く。若い女が大金を持っているのがわかると危ない、というのがよくわかった。まあ一人じゃカジノには入らなかっただろうけど……。船へ戻って来て寝支度を整えると、途端に疲れがドッと襲ってきた。
カジノは楽しかったけどもういいや……と思いながらベッドに倒れ込むと、デスクで手紙や書類を並べて何か書きものをしていたアーロンが私に声をかける。


「明日は昼前から出るぞ」
「またカジノ?」
「いや、仕事だ。お前にも付いて来てもらう」
「え?アーロンの仕事に私が一緒に行くの?」


キョトンとして問いかけると短く「ああ」とだけ返ってきた。眠気に襲われてウトウトしていた私は、深くは考えずふーんと返す。
アーロンがベッドへ来るまで起きていようと頑張っていたが、いつの間にか眠りに落ちていた。










翌日の朝の仕事を終える頃、アーロンが船を降りるぞと声をかけた。エプロンを外した私は、普段着ているワンピースの裾を摘んで問いかける。


「服ってこれでいいの?なんかもっとちゃんとしたやつにしろとか……」
「何でもいい」


スタスタと先を行く後ろ姿を慌てて追いかけると、その足は繁華街へと向かう。私は到着してから最初の二日間で訪れた場所を指差しながらアーロンに話して聞かせた。


「それでね、特にあの店のパンケーキが美味しかった!」
「そうか。着いたぞ」
「え?ここって……」


たどり着いたのは大きな白い建物。店名だけの看板は掲げているが、外から見ただけでは何の店かわからない。
アーロンは迷うことなく正面の扉を開けると中へ入って行った。後ろに続いて入ると、清潔感のある明るいロビーで受付の女性が微笑んだ。


「お待ちしておりました」
「こいつだ」


それだけ言うと隣に並んでいた私の背中をグイッと押す。はて?
何が何だかわからないまま一歩前へ出た。


「かしこまりました。それではこちらへ」
「え?え?」


受付の女性はこちらを見て奥の廊下へ招く。アーロンを振り返ると、手前の部屋から出て来た年配の女性と話している。戸惑う私に早く行けと手でジェスチャーした。
仕方なく案内する女性の後に付いて明るい廊下をしばらく進むと、個室に案内される。


「ではこちらでお召し物を全てお脱ぎください」
「え!?」
「終わりましたらそちらのバスローブを羽織ってお待ちください」
「し、下着もですか……?」
「全てです」


そう言うと部屋に一人残される。一体ここは何屋さん……心細い……。
戸惑いながらも大人しく言われた通りにしていると、三、四人程の女性が入ってきた。


「ではこちらへ横になってください」
「……?」


そのままあれよあれよと言う間に全身を揉まれ磨かれ髪をセットされメイクを施され、ドレスまで着せられた。
数時間後にはバッチリキメた姿で戸惑った顔の私が鏡に映し出されている。何だこれ。
船上生活になってから日焼けしてしまった肌を、隠すようにキレイにメイクされているのはちょっと嬉しかった。


「メイクは全てウォータープルーフですので、汗をかいても崩れませんよ」
「は、はい」


着せられた黒色のドレスはサイドに大胆なスリットが入っており、胸元も背中もガバッと開いている。特に背中のスリットはお尻が見えてしまうんじゃないかというほど深く、当然下着は着けていない。いと心許なし。


「こちらは外されますか?」
「あ、いえ、これは……」


左手首のミサンガを指差して問われる。これは切れるまで外さないつもりだと言うと、ショートグローブを渡された。
慣れない高さのヒールにひいひい言いながら案内された部屋へ移動すると、アーロンが本を読みながら寛いでいる。私の方へ顔を向けて上から下まで眺めると、「ニュウドウカジカも祝いの席だな」と言った。


「何それ魚人島のことわざ?」
「そんなようなもんだ」
「意味は?」
「着飾ればまあまあだな」
「……」


ソファの隣の席へ案内されたので座ると、こちらに一瞥をくれたアーロンが私を案内した女性に「宝飾品」と言った。すぐさま数人がいくつかのケースを持ってきてサッと広げる。
中にはもう見るからに高そうなアクセサリーがデンと鎮座しており、慄く私をよそに、慣れた様子でいくつか見繕うと他のものを下げさせた。


「こ、こんな高そうなの着けるの?」
「まあそれだけじゃ貧相だからな……」
「……貧相ですいませんね」
「後ろ向け」


素直に後ろを向くとデコルテにヒヤリとした感触があり、ネックレスが着けられる。
もっとゴテゴテしたものを選ぶのかと思いきや、思いの外シンプルなものだった。前を向かされイヤリングも着けてもらう。


「これって全部買ったの?」
「ああ」
「ひん……いくらしたか聞きたくない……」


アクセサリーを全て着け終わるとアーロンはまた上から下まで視線をやり、「まあいいか」みたいな顔をした。こらこら、妥協するんじゃない。


「……で、これからどこ行くの?レッドカーペットでも歩くの?」
「ああそうだ」
「ねえ〜、適当に嘘つくのやめてよ〜」


私がむくれるとアーロンは笑って立ち上がる。つられて立ち上がった私の肩に手を回すと出口へ向かった。足元はやはりまだ少しふらついている。


「わ、私長時間歩けないよ?」
「そんな靴で歩かせるわけねェだろ」


建物を出ると、タクシーが待機していた。乗り込む私達に、最初にアーロンと話していた年配の女性と受付の女性が頭を下げてお見送りをしてくれる。
で、ホントに一体どこに行くんだってばよ。

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