あの素晴らしき日よもう一度

「あっるっこー、あーるーこー」


わたっしはっ元気〜!
のどかな風景と心地良い気候に、良い気分で鼻歌を歌いながら町中を進む。音程が外れている?ええいやかましい。
この島のメイン・ストリートに当たる大きな一本道はとても広く、自動車でも余裕ですれ違えそうなほどだ。踏み固められた地面を確かめるように、足の裏全体でしっかり踏んで歩く。実に半月ぶりの陸に心が踊る!
この島は今秋島の春で、とても暖かくて過ごしやすい気温だ。ワンピースの上から羽織った薄手のカーディガンが風を受けてふわりとなびく。私は物資の補給のために寄ったこの島でパンケーキのための何か新しい材料を探して、お散歩ついでに買い物に来ていた。そんな私の後ろに大きな影が二つある。
船を出る時、荷物を持ってやると言ってハチが付いてきて、おれも散歩に行くと言ってクロオビも付いてきた。ははーん、だんだんわかってきたぞ(閃いた顔)。これは護衛だな?船長の女という肩書き、ただのお散歩に幹部を二人も引き連れてしまうのか……。何だか申し訳ないような、むず痒いような……。深く考えるのはやめておこう。


「あるくのーだいすきー、どんどんゆーこーおー」
「また変な歌歌ってら」
「全然変じゃないよ。国民的お散歩ソングだよ」
「どこの国だよ」


後ろからゆっくり歩いてくるクロオビが呆れたように言う。私のお散歩のペースに合わせているので歩調は本当にゆっくりだ。その隣を歩くハチは頭をかきながら不思議そうに首を傾げた。


「お前ェはいつもおれ達の知らねェ歌ばかり歌ってる。逆におれ達の知ってる歌はなァーんにも知らねェときた」
「不思議だねー。魚人島の歌、何か教えてよ」
「いいぞ!」


六本の腕を大きく腕を振り上げたハチが楽しそうに歌を歌う。勇ましくも明るい曲調と歌詞は、何かの冒険譚のようだ。クロオビもそれを聞いて懐かしむような顔で頷いた。


「いいね、それって故郷の歌?」
「そうだぞ。魚人島の子供達はみんな歌える、冒険の歌だ」
「へえー」
「お前も故郷の歌何か歌ってみてくれよ」
「いいよ。えーっと、うーみーはーひろいーなー、おおきーいーなー」


子供の頃に好きだった歌を思い出しながら口ずさむ。こっちの世界の海は広過ぎて、この歌の想定する海の大きさをきっと遥かに超えていることだろう。


「ニュフフ、いい歌だ」
「その歌に出てくるのはどこの海だ?」
「えっ、どこ?どこだろう……太平洋……?かな……?」
「タイヘイヨウ」
「知らねェな」
「あはは、だよねー」
「他には?」
「他?えーと、はーるのー、うらーらーのー、すーみーだーがーわー」
「スミダガワってどこだ」
「もう、黙って聞いててよ」


クロオビはさっきから地名が気になるようで質問してくる。多分四つの海のどこかって意味なんだろうけど、そこには当てはまらないので少し困ってしまう。


「クロオビは何の歌が好きなの?」
「おれか?そうだなァ……ビンクスの酒かな」
「ああ!おれも好きだぞ、それ」
「それは覚えた!みんなが宴会の時歌ってる歌だよね。よほほほーってやつ」
「そうそう。お前は何か海賊の歌歌えるのか?」
「あー……あるある。ヨーホーヨーホー、海賊暮らし」


記憶の片隅から引っ張り出してきたカリブ海の海賊達の歌を歌ってあげると二人は笑う。どうやら元の世界の海賊ソングはお気に召したようだ。


「お前ェの地元の海賊はなかなか気合の入ったヤツらだな!」
「その歌気に入ったぜ」
「治安最悪の歌だけどね……」
「ああ、実に海賊らしい」
「どこの海賊もお酒ばっか飲んでるよね」
「当然だ!海賊には酒がねェとな」


ダラダラ喋りながら大通りを抜けると大きな川に出た。川沿いには桜並木がズラッと続き、薄桃色のトンネルが見渡す限りずっと先まで続いている。
その景色を見た私の口から思わずあっと声が漏れた。


「どうした?」
「…………故郷の景色に、とってもよく似てる」


それはまるで、日本の春のような風景だった。
日本でも春になると、こうして桜並木が続く川沿いを友達と散歩したり、小学生の時には近所の公園へ校外学習へ行ったこと、もっと小さな頃には両親と花見へ出かけたこと……。
忘れていたわけではなかったが、突然、故郷での思い出が堰を切ったように次々と頭の中に浮かんできて、強い郷愁の念に駆られた。


「……おい」
「……大丈夫、ちょっと懐かしくなっただけ」


急に立ち尽くしたまま動かなくなった私の後ろから心配そうな声がかけられる。だが、返事のために絞り出した声はかすかに震えていた。
――ちょっと懐かしくなっただけ――……正直、そんなものではなかった。この世界に突然やってきて、わけもわからないまま海賊船へ乗り、一年半も毎日なんとか必死に生きてきた。
幸いにもみんなは優しかった。それでも、何の覚悟も無いまま親しい人達と離れ離れになった寂しさが、故郷を思い出したことで雪崩のように押し寄せてくる。考えないように努めていただけ、抑え込んでいたものは大きかった。
目頭がぐっと熱くなり、やばいと思った時には既に涙腺は決壊していた。


「おい、おい!泣いてんのか?」
「どうした、どこかで休むか」
「だ、だいじょ……ごめ、ちょっと待って……」


道の真ん中で突然泣き出す女、相当やばい。
慌てて道の端へ避けると、取り出したハンカチで顔を押さえた。俯いて声が出ないように喉をぐっと締めて涙が止まるのを待っていると、ハチがおそるおそる背中を撫でる。


「大丈夫だ、落ち着くまで待ってるから」
「あ……り、がと……」


震える声で答えると、クロオビも無言で頭を撫でる。とっても珍しい。
しばらくしてようやく収まった涙を拭い、ずびっと鼻をすすってから笑顔で顔を上げる。


「突然ごめんね、もう大丈夫!」
「ニュ……無理するな」
「平気平気!いやびっくりした〜、なんだかスイッチ入っちゃったみたいでホントにごめん」


笑ってみせながらなるべく明るい声でそう返事をすると、見上げた先のハチは悲しそうな顔をした。……そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。


「お前……。おれは詳しくは知らねェが……いつか……故郷に帰るのか?」
「……」
「おれ達の船を、降りるのか……?」


濡れたハンカチを畳みながら質問の答えを探す。
異世界から来たと詳しく話したのはアーロンにだけだ。他の船員達はみんな、不自然なほどに世間知らずな私をどう思っているのか、面と向かって聞いたことは無い。


「……帰らないよ。…………帰れない、かな。多分もう、そういう機会は無いと思う」
「それは……機会があれば……」
「おい」


クロオビがハチを制するようにドンと肘で小突く。ハッとしたような顔になったハチが口を噤み、私とクロオビの間でうろうろと視線を彷徨わせた。


「でも、だってよお……きっとアーロンさんだって……」
「お前は余計なことを言うな」


鋭い声でそう言ったクロオビにハチはしゅんと項垂れる。……よくわからないけど、幹部達の間で何か共通の認識があるらしい。
空気を変えるように、笑顔を作ってなるべく明るい声を出した。


「まあそれは置いといて、何か食べない?ほら、あそこに屋台が出てるよ!」
「ニュ〜……そうだな、そうしよう。おれは腹が減ったぞ」
「私クレープ食べたい!」
「また甘いモンか。朝もパンケーキ食ったろうが?」
「パンケーキはごはん!クレープはおやつ!」
「おれはタコ焼きだ!外がカリッカリで中がフワフワのやつ!」


ハチがよだれを拭いながらノシノシと先頭を歩く。どうやらすっかり元気になったようだ。私もそれを追いかけながら、薄桃色のトンネルをくぐる。小さく口ずさんだ歌を聞いたクロオビが問いかけた。


「それも故郷の歌か?」
「うん。桜の花の歌。私のいたところには歌がたくさんあったよ」
「そうか」


風が吹いて花びらがヒラヒラと舞う。手を伸ばすと数枚が手のひらへ舞い込んだ。それらが手のひらから逃げてしまわないうちに、そっと優しく握る。


「押し花にして、栞でも作ろうかな」
「そうしろ」
「クロオビにも作ってあげようか」
「いらん」
「遠慮しなくていいって〜」
「おーい、お前ら早くしろ!」


気付くと随分先へ行ったハチがこちらへ向かってぐにゃぐにゃと六本の腕を振っている。その姿がとってもおかしくて、私は笑いながら駆け出した。

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