主にキャベツ、ときどき人参

「ウヒ……いやぁ……」


私はぶるぶる震えながら、なるべく端っこを持った箸に挟んだキャベツを突き出す。今は一ミリ……いや一ミクロンでも良いから、目の前の生き物から距離を取りたかった。


「もっと近付けねーとダメだぞ。チュッ」
「ひい……やだ……た、助けてチュウ……」
「それじゃ意味ねーだろ。ほら頑張れ頑張れ」


仕方なく覚悟を決めて深呼吸し、気合を入れてほんのもう少しだけ腕を伸ばすと、こちらをジーッと見ていた首がにゅっと伸びてキャベツを齧った。


「キェェェェェェアァァァァァァウゴイタァァァァァァァ!!」
「うるせェよ。生きてんだからそりゃ動くだろーが」


手に持った箸を放り出してぎゃーぎゃー騒ぐ私を見て呆れたように言うチュウは、自分も電伝虫に千切ったキャベツを与える。す、素手だと……。


「だって……かたつむりじゃん……?ぬめぬめしてるし、動いてるし、何なら喋るじゃん?怖いよ、怖すぎるよ……」
「でもこいつらがいねェと連絡手段がなくなっちまうだろ?慣れるしかあるめェよ」


私はその気持ち悪さから未だに電伝虫を使ったことが無い。こちらに来てからもう既に一年半が経ったというのに、だ。でも気持ち悪いものは気持ち悪い。だってだってなんだもん。
けどアーロンにそろそろ使えるようになれとお小言を言われてしまった。船を降りる時はやっぱり、誰かと一緒でも使えるようにはしておけと……。仕方ないのでとりあえず餌やりから始めて慣れることにした。


「てか何でチュウも一緒なの?こんなの下っ端の仕事じゃん」
「あ?……何だっていいだろ別に……暇だったんだよ……。チュッ」
「幹部なのに〜?」
「幹部ったって、航海が順調で戦闘も無ければやることはねェよ……」
「ふーん」


若干歯切れの悪いチュウに生返事をする。視線の先では、電伝虫がおかわりを要求するようにこちらを見ている。キモい。泣きそう。既にちょっと泣いてる。


「それよりお前、最近どうなんだよ?」
「さっ、最近……?ヒィ……」


電伝虫のいやに人間味のある目玉が怖い。こっちみんな。目を合わせないでくれ。おそるおそる次のキャベツを差し出しながら、チュウの言葉の意味を考える。


「リコッタパンケーキなら、またリコッタチーズが手に入らないと作れないけど……。あ、チュウはダッチベイビーの方が気に入ってたんだっけ?あれならまた作れるよ」
「いやそうじゃねェ……確かにダッチベイビーはまた食いてェが……」
「え、じゃあ何だろ……」
「……アーロンさんとだよ」
「アーロンと……?」


どうと言われても、私達の間には進展するような何かは無い……。目の前の電伝虫がシャクシャクとキャベツを咀嚼するのを眺めながら無難に続けた。


「普通……?かな?」
「普通かァ……」
「何で?」
「いや……アーロンさん、ここ一年……機嫌いいだろ」
「え、そう?まあ最初ほど意地悪ではなくなったけど……」
「……その前は、タイガーさんのことがあったから……」
「ん……そういうことか」


その話題に私は口を挟めない。
この船の船員達は昔みんな同じタイヨウの海賊団に所属していて、それがいくつかの派閥に分裂した時、スナッパーヘッド号を降りてアーロンに付いて行くことを選んだ者達だと聞いた。


「タイガーさんの話、誰かに聞いたか?」
「うん……フールシャウト島で、人間に裏切られたって……」


キャベツを細かく千切りながら答える私の声は小さい。
慕っていた人が裏切りに遭い亡くなるのは、どれほど辛いことだろう。
信頼し合っていた仲間が分裂し違う道を歩くことは、どれほど苦しい決断だっただろう。
そしてそんな悲しみを抱えながら、それでも一緒に歩んで来たみんなはどれほどの思いだっただろう。
私がそこに入ることはできない。……そもそも人間である時点で、その資格は無い。


「そうか……まあ、聞いてるならいい。あんな……」


言いかけて一度言葉を切り、数秒迷ってから口を開いたチュウは、言葉を選ぶようにゆっくり続けた。


「……あんな思いは二度と、あの人にさせたくねェ」
「……うん」
「あの時と……コアラの時と違うならいいんだ。お前は……お前だけは何があっても、アーロンさんを裏切らないでやってくれ」
「チュウ……」


――この船の人達は本当に、みんな、仲間思いだ。
私がこの絆の中に入れる時は、来るんだろうか。左手首のミサンガをそっと撫でた。


「うん、大丈夫だよ。私は絶対裏切らない……アーロンのことも、みんなのことも」
「……」
「……って、まあ、人間の私がそう言ったところで、みんながどのくらい受け入れてくれるかはわかんないんだけどさ……」


――しまった、キャベツを小さくし過ぎた。
もはや一片がコーンフレークくらいのサイズになったキャベツをしぶしぶ箸で掴むと、電伝虫へ差し出した。


「……アーロンさんの機嫌がいいのはお前が来てからだろ、チュッ。……お前のこと気に入ってるみたいだしな」
「そうかなあ……?それならいいけど……」
「あー……それに何だ、あっちも……」
「……え!?なっ、何でそんな話題になるの!?」
「いや、まさかあの人が人間を抱くとは思わなかったから……」
「だー!!もうやめやめ!!この話題やめ!!」


何やら変な方向に向かってしまった話題を慌てて変える。生々しい話は小っ恥ずかしくて死んでしまう……。次に上陸する予定の島について聞いたことを頭の隅から引っ張り出した。


「そう言えば今目指してる島には商業とカジノの街があるんだよね?私、カジノって行ったことないから楽しみ!ギャンブルって楽しい?」
「ああ、すっげェ楽しいぞ。最高の遊びだ」
「そうなんだ……映画でしか観たこと無いからなあ……。そうだ、島に着いたら一緒に遊びに行こうよ!他のみんなも誘ってさ」
「お前…………マジで世間知らず、アホ、間抜け」
「なに急に!?」
「昼間ならまだしも、夜にお前と遊びになんか行けるわけねえだろ、チュッ」
「なっ、なんでえ〜」


想像してワクワクする私の隣でチュウががっくりと肩を落とした。……そう言えば冬島でもみんなに遊びを断られた。何で急に嫌われ出したんだってばよ……。


「お前はもう前とは立場が違うんだよ。ったく、ちったァ自覚しろ」
「なるほど、わからん」
「つまりィ……お前は、アーロンさんの、女だから、気安く、連れ回せねェの!わかったァ?」


チュウがおさなごに言い聞かせるように一言一言区切って発言する。思ってもみなかった言葉に、衝撃を受けた私は目を見開いて固まってしまった。


「…………み、みんなの中ではそういう認識なんだ……?」
「当たり前だろーが。お前、船長室の隣の部屋……意味知らねェのか?」
「いや、知ってるけど……だ、だけど私、人間だし……」
「はあ?やることやっといて何カマトトぶってんだァ?チュッ」


下を向いてもじもじしていた私に容赦ない言葉の右ストレートが襲い掛かる。チクチク言葉はやめてください!!!!
小馬鹿にしたように笑うチュウの肩に全力でパンチを叩き込んだ。


「君がッ!泣くまで!殴るのをやめないッ!」
「あーわかったわかった、悪かったって」


全然効いてない。マジでムカつく。ホコリでも払うかのように簡単にあしらわれて行き場の無くなった憤りをまたキャベツにぶつける。こっぱみじんにしてやるぜ!!


「まあでも、そういうことだ」
「……うん。いや、でも……ありがとう……。確かに部屋移ってからみんな態度おかしかったわ……やっと意味わかった……」
「考えなしにただ部屋をもらったってか?……お前って結構考えが浅いというか、肝が据わってるというか……まあ、平気な顔して海賊船に乗ってるんだからそりゃそうか」
「あーもう、うるさいなあ」


ボウルの底に残ったクズキャベツも電伝虫の前に落としてやる。……やっぱりぬめぬめ動いてて気持ち悪い。
空っぽのボウルを持って立ち上がり、大きく伸びをする。


「よし!今日のノルマ終わり!」
「おう、お疲れさん」


チュウが部屋の窓を開けてタバコに火を点ける。私は隣に並んで窓枠に頬杖をつきながら、抜けるように青い晴れ空を見上げてため息をついた。おっといけねぇ幸せが逃げらぁ。


「で、お前さあ……結局のところ、アーロンさんのこと好きなのかよ?」
「…………あ、UFO!」
「嘘、どこ!?」
「かかったなアホが!」


わざとらしくきょろきょろと空を見渡すチュウの肩にひとつパンチして部屋を走り出る。
堪えきれないといった大きな笑い声が、急ぐ私の背後で響いた。


「……あっつい」


誤魔化すように手のひらで顔を仰いでみるも、耳まで登った熱はしばらく引くことはなかった。

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