ここで一句

最後まで、してしまった。

朝起きて覚醒した頭に一番に浮かんだのはそれだった。
――いや……いや、まあその、今更な反応と言われればそうなんだけど。そうなんだけどさあ……。
しばらく一人で百面相してモダモダしていたが、過ぎてしまったことはどうしようもない。気持ちを切り替えて起き上がろうと体を動かした途端、下半身に鈍い痛みが走った。


「いっ……た……」


ウオォ……痛い……思わずシーツに逆戻りするくらいには痛い……。いやそりゃそうか……改めて考えるとこの体格差だもんな……よく死ななかったよ私……。
蹲ってプルプル震えていると、アーロンの腕が伸びてきて顔にかかる髪を払った。


「どうした」
「……体痛い……」
「……まあそのうち慣れる」
「うぅ……入れるだけの方は気楽でいいよね……」
「……そうでもねェ」


何がそうでもないのかは知らないけどとりあえず今は起き上がらないと。深呼吸して上半身を起こすと、痛みがズーンと体に響く。ホントにそのうち慣れる日が来るのか不安だ。
ベッドからよろよろと起き上がって床に散らばった服を集めて下着を着ける。ベッドに横たわるアーロンを振り返ると、私が着替えるところをジッと眺めていた。


「アーロンもう起きる?」
「……いや、まだいい」
「じゃ、私先に行くね」


内扉を通ってよろよろと自分の部屋へ戻り、着替えを持ってシャワールームへ向かう。熱いシャワーを浴びながら痛むお腹をさすっていると、昨日、中に出されたものがどろりと垂れてくるのがわかった。途端に色んなあれやこれやを思い出して顔に熱が集まる。
――普通の顔、普通の顔、普通の顔……って、どうやるんだっけ?
お湯を頭から浴びながら顔を両手で挟んで表情を作る。うう、このままでは顔まで筋肉痛になってしまう……。
シャワーを終えて着替えをし、鏡の前で顔を確認する。うん、普通の顔、できてる。はず。船員達に会ってもこの顔をキープしないといけない。頑張れ私、いけるぞ私。
食堂へ向かうといつものようにキッチンに立ち、今日の生地を用意する。相変わらず体は痛いけど、静かにしてればそう酷くもない……。最初の数枚を焼いていると、起き出した船員達が次々と食堂へやって来た。平常心、平常心。


「おはよう」
「お、おはよう」
「ああなまえ……」
「何にする?」
「……じゃあスフレかな」
「おれは……クラシック」
「はーい」


しばらくして焼き上げたパンケーキを運ぶと、何やらひそひそしていたテーブルからパッと顔を上げて皿を受け取った。首を傾げる私へ向けられるぎこちない笑みの数々。


「ありがとう」
「……なに?変なの」
「いや……別に……今日も美味そうだ」


慌ててカトラリーを取り上げるみんなに胡乱げな目を向けながらキッチンへと戻る。その後も食堂へ来る船員達はどこか落ち着かない雰囲気だ。本当に何なの一体……。


「よお、おはようなまえ」
「おはよー」
「スフレ」
「ハワイアンだ」
「ニュ、おれはクラシックにするぞ!」
「はーい」


幹部三人が連れ立って食堂へやって来た。それぞれのオーダーを聞いてフライパンへ生地を流し入れる。
キッチンの近くのテーブルへ陣取ると、こちらも三人でひそひそと話し始める。内緒話ブームですか。こちらもやはり、皿を運ぶ私の顔をチラリと見る。なんか前もあったなあ……この謎の雰囲気。


「もう、何なのさっきから?今日はみんな変」
「いや……」
「私の顔に何か付いてる?」
「うーん……」


いや付いてないはずだ。さっき鏡で念入りにチェックしたし。
いつもズバッとものを言うチュウが珍しく言葉を濁す。ハチは無言でパンケーキを食べている。


「言ってやった方がいいだろ」
「クロオビ……お前ェは時々マジで怖いもの知らずだよな、チュッ」
「えっ嘘ホントに何か付いてるの?」


自分の顔を触る私を振り向くことなく、クロオビはパンケーキに向かって話しかけた。


「お前、声がデカいぞ」
「え?」
「あんな風に悲鳴を上げてちゃ嫌でも聞こえる」
「何のこ…………」


言いかけた言葉は途中で切れて、食堂にシーンとした空気が流れる。船員は全員パンケーキを一心に見つめている。
――えるしつているか、感情が天元突破した時の人間は無表情。私は今日初めて知った。
アッ、ナルホドネ!!!!そうかそうかそういうことね!!!!


「そこまではっきり言わなくていいって。……チュッ」
「いや、次からもあの調子じゃ困るだろ」
「ニュ〜……それよりお前ェ、体調は大丈夫なのかよ……」


全員ひたすらパンケーキに向かって話しかけている。その気遣いが逆に居た堪れない。
――落ち着くんだ……素数≠数えて落ち着くんだ……。1と2と3とあと何だっけ!?落ち着け私、素数がダメなら円周率だ。3.14!3.14!ヤバいパニックだ。えっ?ちょっと待ってこれもうダメじゃない?生き恥じゃない?それより今すぐここからグッバイした方が良くない?そうだそうしよう(笑)
無言でキッチンに戻るとフライパンの火を止める。エプロンを外す私をみんなは何事かと振り返った。


「……ふ、」
「ふ?」
「古池や!蛙飛びこむ!!水の音!!サイナラ!!!!」
「えっ!?おい!」


私は開いたままの食堂の扉からボルトもびっくりの全力ダッシュで駆け出した。すれ違う船員達が驚いた顔でこちらを見るがこちとらもう止まれね〜んだよ!!
甲板へたどり着くと勢いそのままに船縁へ直行するが、踏み切る寸前で後ろから捕らえられた。


「ニュ〜!落ち着け!落ち着けって!!」
「やめ……!死なせて……!マジで!!マジで!!!!」
「そんなに悲観することねェ!」
「いやこんなん悲観するでしょ!!死なせてくれないならいっそ殺せ!!!!」


暴れる私をハチが羽交い締めにして止めている。追いついてきたチュウとクロオビも焦ったように慌てている。大の男三人揃ってなんて絵面よ。


「大丈夫!生きてりゃきっといいことあるぞ!なっ!?」
「ああそうだ……えっと……いいことあるぞ!」
「逆に考えろ、これより下はねェ」
「おいクロオビ!」
「くっ、殺せ……!」
「お前ら何してんだ……?」


チュウがクロオビの鳩尾を殴って諫めていると、アーロンが怪訝な顔で甲板へ姿を現した。
ハチの手が緩んだ瞬間、全力で身を捩り拘束から抜け出す。


「お前を殺して私も死ぬ!」
「はあ?」


手に持ったままのフライ返しで殴りかかるも、渾身の一撃はあっけなく手のひらでペチリと受け止められた。
アーロンは意味不明だという表情でいたが、私の気迫と周りの船員の微妙な空気を見て合点がいったという顔で笑った。


「ああなるほど……シャハハハハ!おい拗ねるな」
「拗ねっ……のレベルじゃねえ……こちとら生き恥晒してんだよ……!」
「そりゃ残念だったな。まあ落ち着け」


フライ返しを取り上げられて武器を失った途端、アドレナリンがドバドバ出ていて一切感じていなかった痛みが戻ってきた。
へなへなと力無くしゃがみ込むと、膝に顔を付けて蹲る。


「……お腹痛い……」
「そうか、じゃあ今日は部屋で寝てろ」


それだけ言ってアーロンは笑いながら船内へ戻って行った。
後に残ったのは黙り込んだまま蹲る私と、オロオロする幹部と、成り行きを見守っていた船員が数人だ。


「ニュ……部屋まで送って行こうか……?」
「……」


無言で手を差し出すとハチはいつものように小脇に抱えた。今は少しでも存在感を消したくて抱えられたまま体を縮こまらせる。私はダンゴムシ……。


「てかさっきのは何だったんだよ?チュッ」
「辞世の句……」
「おい嘘だろ、もっと気の利いたこと言えなかったのか」
「もっといいの考えてたんだけどパニックになった……」
「お前普段から辞世の句を考えてたのか……」
「こちとら初日に殺されそうになってからずっと考えてたわ……。でも咄嗟の時には何も出てこないね……芭蕉、ごめん……」
「いや誰だよ」


しばらく誰とも顔を合わせたくなさすぎるんだけど、一週間くらい紙袋被って過ごそうかな…………。

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