私の料理スキルがそんなに高いわけがない

「お前さ、パンケーキ以外は何が作れんだァ?チュッ」


ある日の朝食中、チュウがスフレパンケーキを切り分けながら言った。今日はラズベリーとブルーベリー、イチゴがトッピングがされたベリー尽くしだ。


「パンケーキしか作れないよ」
「その答えがそんなに堂々と返ってくるとは思わなかったな……」
「だってこの一年の私を見てたら大体わかるじゃん?もうホーント、パンケーキ以外はみんなと大してレベル変わらないよ」


この船はいい加減コックを乗せた方が良いと思う、いや真面目に。元々自信があったパンケーキのスキルだけはこの一年でさらに上達している。もはやプロ並みだ。


「ニュ〜、でもよォ……パンケーキをあんだけ上手く焼けるんだ。他の料理にもその技術は使えるんじゃねェのか?」
「それは言えてるな。たまには違うことでもやってみたらどうだ?」


ハチとクロオビもなぜかチュウに賛同している。私はパンケーキをひっくり返しながらジト目で三人を見やった。


「みんなさあ……最近何にも起こらないからって私で暇つぶししようとしてるでしょ?」
「おい、バレてるぞ」


ハチがニュフフと笑って二人を振り返った。君たち仲良いな、ほっこり。それはそれとして人を暇つぶしの道具にしようとするんじゃありません!


「まあそれもそうだが、お前も何か新しいことをやってみたら気も紛れるんじゃないかと思ってな」
「……?……何から気を紛らわせるの?」
「…………。それより、故郷で何か好きだったモンはねェのかよ」


私の問いかけに三人は一瞬目を見合わせて話題を変える。おいおい一体何だ今の間は……?え?私だけ仲間はずれですかー!?寂しいじゃんかよ……。


「好きだったものかあ……う〜ん……パンケーキ以外で?」
「当然だろ」
「それ以外だと……お母さんが作ってくれたオムライスかな」


実家の両親は共働きで、私は鍵っ子のひとりっ子だった。小学生の頃から自分の夕飯はレトルトやカップ麺など簡単なもので済ませていたため、手作りの家庭料理の思い出は周りの子と比べると少ない方だろう。
だから時々、母が休みの日に作ってくれたオムライス……あれが特別美味しかったのを良く覚えている。


「……そうかァ……」
「ま、普通はそういうのが出てくるよな……」


あれ?なんだかみんな気まずそう……と、思ったところで思い出した。みんなの出身は魚人島の中でも、魚人街と呼ばれる無法者の集まる地域……つまるところ、スラムであったと。ハッキリ言われたわけではなかったが、親に捨てられそこへ流れ着いた者もいるような話しぶりだった。
つまり、私はみんなの地雷を思いっきり踏み抜いてしまったわけで……。


「あ、あの……オムライス、作ってみようかな!私、本当にパンケーキ以外はダメダメだけど……作ったら味見してくれない?」


もしかして気を悪くしたかも……と慌てて言葉を続ける私を見て、それまで黙って話を聞いていたクロオビがやれやれと小さく笑って肩をすくめる。


「ま、どうしてもと言うなら食ってやらんこともない」
「じゃ、頑張って作らないとね」










「……と、言っていた一時間前の私見てる〜?イエ〜イ」


手元の皿を見つめながら呟く私の顔は死んでいる。


「おれの知ってるオムライスと違ェな」
「おれの知ってるのとも違うな」
「だまらっしゃい!料理は愛情だわ!」


周りのテーブルでくつろいでいた船員達がオムライスのなり損ないを見て哀れんだ顔をした。
実際、ケチャップライスはびちゃびちゃでチキンはパサパサで、なぜか上に分厚い卵が鎮座している。これは……卵焼きかな?(笑)


「さあ食べて、約束でしょ」
「お前が自分で食えよ……」
「さっきは食ってやらんこともないとか言ってたじゃん!」
「ああ言ってたな、クロオビ。おれは聞いたぞ」
「おれも聞いたぜ」
「……薄情者どもが」


クロオビはしぶしぶオムライスもどきにスプーンを入れた。ひと口分を掬って微妙な顔のまま数秒間固まり……覚悟を決めた顔でゆっくり口に入れる。


「……どう?」
「……全然食えないというわけではないが、美味いとは口が裂けても言えない」
「ウワー酷評ダー」
「どれどれ」


チュウとハチもひと口ずつ掬い、そしてこちらも二人揃って何とも微妙な顔をした。そ、そんな顔しなくてもいいじゃんか……食べられない程じゃないって言うんだから……。


「……課題は多いな、チュッ」
「まあそんなに落ち込むななまえ、誰でも上達するさ。パンケーキみたいにな」
「……ありがとうハチ……めっちゃ慰めてくれるじゃん……」


――なんか……なんか、こんなに言われてものすごく悔しい……!!
あくる日から私のオムライス強化訓練は始まった。朝は今までより早く起き、自分用にひとつオムライスを作って食べることにしたのだ。
初めはモタモタのビチョビチョだったオムライスもどきも、回を重ねるにつれだんだんまともになってきた。スポ根漫画もびっくりの成長っぷりだぜ。ひと月も経つ頃にはかなり見られる感じになってきた。ふふ、これならそのうちみんなに出しても文句はあるまい……!










「……ん」


カーテンの隙間から薄く朝日が射し込み、今日も時間通りに目が覚める。いやはや、自分、寝起きの良い人種で助かった。
最近はもう起きた時目に入るタイヨウの紋章にも慣れてきた。背中に回る腕をヨイショとどかすと上半身を起こして伸びをする。さーて今日も働きますかあ!
ベッドから降りようとしたその時、伸びてきた腕に捕まりベッドへ逆戻りした。喉から色気の無い悲鳴が飛び出して乙女心が死ぬ。


「……お前、最近起きるの早ェな」
「今特訓中なので!」
「なんの」
「オムライス!結構上手になってきたの。食べる?」
「……いや、いつものでいい」
「そう?わかった」


――まあまだ完成形とは言い難いしね……。
口の中で独り言を零しながら腰に纏わりつく腕を再び引き剥がして起き上がる。腕一本なのになかなか重い。


「今日は練習し始めてちょうど一ヶ月だし、みんなにオムライスリベンジマッチしてやろうと思って」


だから今朝はたくさん作らないと、と続けながら立ち上がろうとするとまたもやベッドへ引き戻される。
私の声帯、頼むからもうちょっと可愛い声出せないんですか……。


「……みんなって誰だ……」
「えっと……とりあえずギャフンと言わせなきゃいけないのは、クロオビでしょ、チュウ、ハチと……」


指を折りながら名前を挙げていくと聞いていたアーロンが眉を寄せて若干ムッとした顔をする。あらあら元々怖い顔がさらに怖くなってましてよ。


「……おれもそっちにする」
「お?」


さっきはいつもので良いと言ってたのに……仲間はずれにされて寂しいのかな?拗ねるな拗ねるな(笑)
三度腕をどかしながら起き上がると、アーロンも体を起こして眠たげにしている。


「まだ寝ててもいいよ」
「……もう起きた。さっさと作れ」
「あらあら珍しい。今日は雨かしら?オホホ」


思わずほっこりお母さんムーブかましちゃったよ。
内扉から自室へ戻り身支度を整える。最近は内扉ばっかり使っててあの無駄に重たい扉を開けていない。こうしてみると若干懐かしいような気もして……いやそんな事はなかった。重くないに越したことはない。
部屋を出るとその音を聞いてかアーロンも部屋を出てくる。


「あらら眠そうじゃん。でき上がる頃来てくれればいいのに」
「いいから行け」
「ぎゃっ」
「貧相な尻だ」


追い抜きざまお尻をぺしんと叩かれる。貧相な尻だと思うなら叩くんじゃね〜っての!
食堂へ着くとアーロンはキッチンのすぐ隣のテーブルに陣取った。料理を始めた手元をジッと見る視線が突き刺さる。


「ねえ……そんなに見られたらやりづらいんだけど……」
「構うな。見てるだけだ」
「だからそれが緊張するんだってば〜」


仕方なくそのまま続けるも、物珍しいのかアーロンは観察し続ける。
なるべく気にしないよう努めて作業を進め、でき上がる頃にはだんだんと視線にも慣れてきた。フッ……適応能力が高いのも私の長所だね。


「はい、どうぞ」


上手に薄巻き卵を巻けるようになったオムライスと、サラダ(千切っただけ)とスープ(野菜とコンソメ入れただけ)も一緒に出す。これで完璧なセットの完成だ。
アーロンの目の前の椅子に座り、机に頬杖をついてじっと見つめる。


「……食いづれェ」
「アーロンの真似」


さっきの仕返しだ!いひひと歯を見せて笑うと、アーロンは諦めたような顔でオムライスを食べる。私の勝ち!
それにしてもオムライスを食べるアーロンの絵面、ちょっと面白い。


「どう?」
「……まあまあだな」
「そこは嘘でも美味しいって言ってよ、一ヶ月も早起きして頑張ったんだから」


そう咎めると、アーロンは伏せていた目を上げてこちらを見つめて小さく笑った。オムライスへ視線を戻すとほとんど独り言のように呟く。


「ああ、美味いよ」


…………うっ、やっぱ今の無し……胸が苦しい…………。
私が一人胸を押さえて黙り込んでいると、船員達が食堂へやってくる。


「おはようなまえ……って、ア、アーロンさん!?」
「おう、同胞達」
「珍しいですね、こんな時間に……」
「あれ、それ何食ってるんすか?」
「みんなおはよう、今日はオムライスにするね」


テーブルから立ち上がり、集まってきた船員達のためにオムライスを作っていく。みんなはパンケーキ以外の料理をする私に慄いたようにヒソヒソし始めた。


「去年はブロック肉の塩だけ直火焼きとかやってたよな?」
「まさか……あいつにオムライスなんて芸当できるわけねェ」


聞こえないふりをして調理を進めていくと、見ていた船員達はだんだん「おや?」という表情になる。お皿を出すとみんなはこわごわではあるが受け取った。


「……ん?これ、何だか……」
「ああ、普通にいけるな」
「そうでしょそうでしょ〜!なまえちゃんはやればできる子なんだから!」


まあ、実家の母の味とは少し違うけど。結果オーライ!
その後食堂へやってきた幹部三人組へもオムライスをサーブする。さあ食べるのだ!


「……普通だ」
「ああ、こいつァ驚いたぜ。チュッ」
「な〜!?おれが言った通り!やればできるようになるんだ、ニュフフ」
「もっと褒めて、もっと!」
「偉いぞなまえ〜!」


褒められてすっかり良い気分で最後に自分の分を用意すると、いつの間にかコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるアーロンの向かいの席に座る。


「また作ってあげようか?」
「たまにはな」


それから毎週月曜日はオムライスの日になった。

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