朝にはきっと咲くでしょう

「錨を上げろー!」


しばらく停泊していた島をついに出る日が来た。
怖い思いもしたけれど、この島では良い思い出がたくさんできた。また訪れたいが、すぐにというわけにはいかないだろう。また何年後になるだろうか……。
……う、まるで上京する時のようなセンチメンタルな気分だ。


「何だ、泣いてんのかァ?」
「これは……目から海水が出てるの……」
「何でだ?」
「もう!今浸ってるんだから邪魔しないでよ!」
「ニュ〜、なまえいつにも増して変だぞ」
「ハチ、一言余計!」


高い位置にあるハチの肩をポコンと叩くも、ニュフフと楽しそうに笑うだけだ。
私は結局あれから毎日アーロンと同じベッドで寝ている。なんとなく変な気持ちになるが、暑さには勝てない。それは仕方ないね。
二日目以降は二度寝しないよう、目が覚めたらすぐに起き上がって自分の部屋へ戻っている。ホールドされたら私の腕力では抜け出せないからさ……。


「次の航路はどの島なの?」
「次も夏島だって聞いてるぞ。季節はわからんが、この辺はしばらく夏島が続くみたいだ」
「じゃあまだしばらくは暑いんだね」
「ああ、人間のお前はおれ達より弱ェからな。体調には気を付けろよ」
「うん、ありがとう」


さて、また頑張ってみんなの分のパンケーキを焼かないと!
小さく拳を握って一人気合を入れ直した。










久しぶりに全員が船に揃った今日一日は慌ただしく過ぎていった。
朝食の後に港を出て、いつも通り掃除と片付け。昼食の用意を手伝う頃、外はにわかに雨が降り出した。帆を畳んだり進路を見直したりと船員達はバタバタと仕事をしている。
お昼はみんなが手の空いた時間にそれぞれ摂り、夕方の新聞を読む頃には外は嵐の様子になった。船がいつもより大きく揺れる。


「おっ、と」


カップに注いだコーヒーが零れそうになり慌てて半分ほど飲む。新聞はなんとか読み終わったが、揺れる船の中ではあんまり集中できなかったな……。と、そこへ食事当番が顔を出した。


「なまえ、今日は夕食の用意はしなくていい。危ねェからな。保存食食ってさっさと部屋に引っ込んでろ」
「ん、わかった」
「食器棚に支えをするのを忘れるなよ」
「はーい」


それだけ言うとまた慌てて出て行く。大変そうだなあ……何か力になりたいが、船に関してはからきしな私が役に立てることは無い。
みんなの邪魔にならないよう食堂を片付けて自分の部屋に戻ることにした。せっかくだし、この間買った本を読んでみようかな。










食品庫から持ってきた保存食を齧りながら、ベッドに寝転がって本を読む背徳感に浸る。こんなことしちゃっていいんですか〜!?だがしかしこれを咎める人は誰もいない。許可するッ!!
久しぶりの恋愛小説は大変に面白く、揺れる船内なのも忘れて夢中で読み進めた。あっという間に一章を読み終えると満足感から大きなため息が漏れる。内容はこの世界の童話に基づくものだったらしく、身分に差がある人間の男女が惹かれ合うものだった。どこの世界でも障害があるほど恋は燃え上がるらしい。
時計を見るともう良い時間だ……シャワーを浴びて寝てしまおう。残りの本はまた明日以降のお楽しみということで。
部屋を出ると、ちょうどアーロンも自分の部屋から出てくるところだった。私が毎回苦労している扉を片手で軽々開けている。


「お疲れ様、まだ寝ないの?」
「嵐を抜けるまではな」
「そうなんだ……っと、と」


船が揺れて大きくよろけた私をアーロンが支える。大きな手が私の体に触れ、思わずドキンと胸が高鳴っ……てない!!高鳴っていません!!気のせい!!


「壁伝いに歩け」
「う、ん……ありがとう」


アーロンは全くふらつくことなく歩いて行く。流石だ……。私は壁に手を付いてゆっくりシャワールームへ向かった。
シャワーを終えて身支度を整えて隣の部屋を訪ねると、アーロンはまだ戻っていないようだった。部屋の主がいないのに勝手に入っても良いのかな……と少し思わないでもなかったが、まあ今更だったわ。勝手知ったる部屋の扉を開け、暗い部屋の中ベッドに潜り込む。今日もまだまだじんわりと暑い。
いつもより大きく右に左に揺れる船を感じながら、静かに目を閉じた。外からは嵐の波打つ音が聞こえる。
……落ちるような、すごく暗くて不安な気持ち。まるで初めてこの世界に来た日の夜のようだ。こんな日こそ、一人では寝たくない……。アーロン早く戻って来ないかなあ……。
最近感じていなかった心細さに押しつぶされそうになりながら、ひとり静かに微睡んだ。










ふと、背後に気配を感じて重い瞼を押し上げる。
私を起こさないように気を遣ってか、そっとシーツが捲られたかと思うと大きな体がゆっくり潜り込んでくる。


「……あーろん……」
「寝てろ」
「ん……」


背中にひんやりした肌を感じる。船から伝わって来る揺れはすっかりいつもと同じくらいだ。山場は越えたのだろうか?今夜はもうこのままここにいてくれるのだろうか……。


「嵐は……?」
「もう抜けた。あと数時間で夜が明ける」


いつものように腰に回った腕に、そっと自分の手を重ねる。普段私から触れることは無いからか、アーロンの腕がぴくりと反応した。指先でひやりとした肌の存在を確かめてホッと小さく息を吐くと、そのまま体の向きを反転させて厚い胸に額を寄せる。
――心臓の静かな音が聞こえて……安心する。
ようやく気持ちが落ち着いて、深い眠りについたのだった。










「……んぅ……」


目が覚めて最初に目に入ったのは太陽の紋章だった。
これは確か、タイヨウの海賊団が結成された時に入れた紋章だと言っていた。寝ぼけた頭でそんなことを考えながら指先でなぞる。昨日は確か、向かい合って寝たんだっけ……。あれ、何で向かい合って……?


「……くすぐってェ」


頭の上から降ってきた声に顔を上げると、アーロンが閉じていた目を開いた。こんなに近くで顔を見るのは一緒に海に潜ったあの日以来な気がする。


「…………アーロン」
「昨日は遅くまで起きてたんだ……。まだ寝かせろ」
「うーん……」
「……何だ、寝ぼけてんのか?」


薄く目を開けたアーロンがからかうようにフッと笑った。そんな顔もできるんだ……。新鮮な表情に私の口角もつられて持ち上がる。それはそれとして眠い。


「……もう、起きる……」
「目ェ閉じてるぞ」
「…………アーロンが……帰ってくるまで……寂しくて、あんまり…………眠れなかったから……」


途切れ途切れに言うとアーロンが黙り込む。やばい、二度寝する……。
意識を落としそうになった時、大きな冷たい手が顎を掬い上げた。


「なまえ」
「ん……?」


薄目を開けるとアーロンの顔が近付いてくる。いや、近くで見るとなおのこと鼻のフォルム怖……。
ぼんやり見ていると、唇に柔らかい、少しかさついた感触が触れてゆっくり離れていく。


「…………ん、?」
「起きるなら早く出て行け。おれは寝る」
「ん……?うん……」


覚醒し切らない頭で不思議な感覚について考えながら起き上がる。ベッドから降りると、内扉を通って自分の部屋に戻った。
着替えをしている間にだんだん眠気が覚めていき、記憶がハッキリしてきた。
さっきのって、え、え……?


「キ…………?」


混乱する頭で考えながら食堂へ向かい無心で生地を混ぜる。
何だ?何で?何が?


「おはよう、なまえ」
「おはよ……」
「昨日眠れたか?」
「そうだね……」
「あー、なまえ、おれはクラシックを頼んだんだが……」
「うん……。はい、ハワイアン……」
「……これはスフ……いや、ありがとう」


心ここに在らずという私の様子を見て周りの船員はみんな遠巻きにしている。いつかのように、数人で額を突き合わせてひそひそと話し始めた。


「やっぱり……あいつの……」
「……アーロンさん……」
「……いやそんな、流石に……」
「まだだと思うが……」


みんなが何を話しているかはわからないけどこっちはそれどころじゃない。
しばらくして船員達が食堂を出てとっくに持ち場へ着いた頃、ようやくアーロンが起き出してきた。


「……おはよう。スフレでいい?」
「何でもいい」


スフレパンケーキの生地をフライパンで蒸しながら、新聞を広げるアーロンの前へコーヒーを運ぶ。私はその隣の席に座り、頬杖をついて横顔を眺めた。


「……アーロンさあ……」
「何だ?」


アーロンは新聞から目を離さずに応えた。
少し戸惑ってから口を開く。


「今朝さあ……その…………キス、した?」
「そう思うのか?」
「えっ、う……うん……」
「どんな風に?」
「どっ……?て、ふ、普通に……」
「……普通って、こんな風にか?」


突然ぬうっと手が伸びてきて私の顎をがしりと掴む。驚く私に向き直り鋭い歯を見せたかと思うと……大きく口を開けて鼻先に勢い良く噛み付くふりをした。


「ッッ……!!ッッ!!」
「シャーッハッハッハッハ!!」


声にならない悲鳴を上げてひっくり返る様子を見たアーロンは大笑いする。――こっちの気も知らずに!!


「おい、早く飯を出せ」
「わ!か!り!ま!し!た!」


ドスドスと足音を立てながら半ギレでフライパンの前へ立つ私を見てアーロンはまた小さく笑っている。何なんだよ、もう!
顔が熱いのはキッチンに立っているから。絶対そう。間違いない。

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