歩く速度は半分に

「……ん」


翌朝、やはりいつも通りの時間に目が覚める。カーテンの隙間から射し込む光は夏の朝の眩しさだ。
一昨日ほど寝苦しくなかった……と思う私のお腹にずしりと質量を感じる。おそるおそる視線を下げると、刺青の入った青い肌の太い腕が私を抱き抱えるように腰に回されていた。


「……」


全て……全て思い出したぞ……。昨日の自分のあまりのバカな行動に頭を抱えた。いや、しかし、でも……すっごく熟睡してしまった……超涼しかった……。
とにかく今は朝の支度をしないと。起き上がるために重たい腕をどかそうと持ち上げると、身じろぎした後またグッと抱え込まれる。


「わ、アーロン……私起きなきゃ」
「……今何時だ」


寝起きの掠れた声が耳に入り、また心臓がドキンと大きな音を立てる。……鎮まれ!!!!
昨日に引き続き一人で葛藤している私のことなど知る由もないアーロンが振り返り時計を確認した。


「……まだ起きるには早ェ」
「いや、でも朝ごはん……」
「船に残ってる同胞は少ねェ。数人分くらい自分達でどうにかできる……」


そう言うとまた静かな寝息が聞こえる。えぇ……?
しばらくもがいてみたがガッチリ回された腕は離れず、結局私も静かにしているうちに二度寝に入った。










「……ハッ!」


ヤバい、寝坊した!!
目が覚めた瞬間やっちまったと気付いてガバッと体を起こすと、見慣れない大きなベッドの上だった。え?ここ……は……アーロンの……


「あぁぁ!二度寝した!!」
「朝からうるせェ」


嫌そうな声に振り返ると、シャツを羽織りながら顔を顰めるアーロンの姿があった。呆然と眺める私の前でデスクから取り出したタバコにライターで火を点けると深く吸い込む。


「……って……ねえ!二度寝しちゃったじゃん!!アーロンのせいで!!!!」
「そんなにでけェ声出さなくても聞こえてる」
「わ、私行かなきゃ!」
「ああ。さっさと行け」


いつも通りの言葉が部屋を出る私の背中に投げかけられる。ダッシュで部屋に駆け戻り特急で身支度を整えると食堂へ駆け込んだ。
バタバタと響く足音に、額を突き合わせて何やら会話していたタケ、シオヤキ、ピサロが振り向く。


「おはよう!ごめん寝坊した!!」
「おう……なまえ」
「ああおはよう……」
「みんなご飯どうした?食べた?」
「今残ってんのはここにいるおれ達とあと数人だ、構わねェよ」
「それより、アーロンさんはまだ起きてこねェか?」
「え?あ、アーロンは……もうすぐ来る、と、思う……」
「そうか、じゃあアーロンさんの分は用意しておいた方がいいな」
「うん……」


みんなの思いの外落ち着いた反応に若干拍子抜けしながら、二人分のパンケーキの材料を用意する。しばらく生地を焼いていると、アーロンが食堂へとやって来た。


「アーロンさん、おはようございます」
「おう、同胞達」
「じゃあなまえ、おれ達は持ち場に戻る」
「うん、お疲れ様……」


テーブルへ着いたアーロンを見て、三人は立ち上がり食堂から出て行った。連れ立って立ち去るその背中を見ながら私はどうにも腑に落ちなくて首を傾げる。


「何か……何かおかしい……」
「何がだ?」
「上手く言えないけど何か……違和感がこう……!」
「何だそりゃ」


モヤモヤしたジェスチャーをする様子を小馬鹿にするようにフンと鼻で笑ったアーロンは出したコーヒーを一口すすると、キッチンへ立つ私の方へ顔を向ける。


「それより、今日は街へ行くんだったな?」
「あ、うん。予報通り曇りだし、今日は大丈夫そう」
「それなら、電伝虫を持って行けよ」
「ウッ!」


――忘れてなかったのか……。私は完全に忘れてた。
おそるおそるアーロンの顔を見上げて一応ダメもとで聞いてみる。


「あのー……今日は昼間だし、路地には近付かないから……電伝虫はナシでもいいかな……?」
「ああ勿論、お前がそうしたいならいいぜ。またこの間みたいな目に遭っても構わねェならな」
「ウゥ……」


それは嫌だ……絶対嫌だ……!でも電伝虫も嫌だ……!!どうしよう……。
うんうん唸りながらパンケーキをひっくり返す私を無言の視線がじっと見つめる。そんなに圧をかけられたって嫌なものは……あ、そうだ!


「じゃあえっと……あの、アーロン今日空いてる?」
「なぜだ?」
「一緒に出かけて欲しいんだけど……」


おそるおそる言うとアーロンは片眉を吊り上げる。それはどういう表情なのかよくわかんないぞ。人間と並んで歩くなんてとんでもねえの表情だろうか……。


「……だめかな?」
「見返りがいるな」
「何でー!いいじゃん何もなくても」
「おれはタダでは働かないことにしてるんでね」
「……じゃ、パンケーキ一枚多くする!はい!バターも多めです!これでお願いします!」
「……シャハハハハ!まあいいだろう」


自分用に焼いていたパンケーキを一枚追加してサーブすると、予想に反して良い返事だった。
……何だか今日のアーロンはご機嫌だ。でもよくわからんが助かった。これで電伝虫は回避できる。










寄港してから二日目の昼過ぎ、ようやく楽しみにしていた街中へ繰り出した。
街は港から見えた通り賑わっていて、いろんな人種がいる。人間や魚人はもちろん、手長族や足長族、初めて見るとても体の大きな種族もいた。


「アーロン、あれは巨人族?」
「ああ、そうだ」
「あれがそうなんだ……!ついに本物の巨人族を見た!!」
「おい、口を閉じろ。間抜け面」
「ンッ」


慌てて両手で口を押さえたが、それでも興奮して周りをキョロキョロと見回す様はいかにもおのぼりさんだったのだろう。進行方向にいた男が明らかに軌道を変えてこちらにぶつかってきた。


「痛っ!す、すみませ……」
「おいてめェ、どこに目ェ付けて歩いて……ん……な、なーんて、よそ見してたのはおれだった、悪いな」


絡んできた男は私の後ろに目をやると慌てて立ち去って行く。
キョトンと立ち尽くしていると、後ろを振り返るより早く大きな手に肩を掴まれ引き寄せられた。


「ぶつかられたのに謝るんじゃねェ」
「つい癖で……あ、あの、あれ見ようかな」


――肩に乗せられた手にやけに意識が集中する。
私はそれに気付かないふりをして手近な店を指さした。










「どっちがいい?」
「……どっちでもいい」
「どっちかと言うと?」
「……右」
「こっちかあ……」


青と黄色のワンピースで最後まで悩んでいたが、結局選んでもらった青い方にした。新しいワンピースの袋を持ってるんるんで歩いていると、書店の店先に山積みで本が売られている。駆け寄っていくつか捲ってみると、それらはどれも大衆恋愛小説だった。アーロンの部屋には無いジャンルだから新鮮!こっちの恋愛小説はどんなものが定番なんだろう?わくわくしながら数冊選んで購入した。
会計を済ませて店を出ると、アーロンが軒先の日陰でタバコを吸っている。


「今日はよく吸うね。珍しい」
「……悪ィかよ」
「ううん、全然。ねえ、ご飯何食べる?さっき見かけたお店のランチが美味しそうだったんだけど、行ってみない?」
「好きにしろ」
「やったー!私が奢ってあげるね」
「元はおれの金だろうが?」
「細かいことは気にしない気にしない!さあ行こう!」


アーロンと二人で出歩くことに初めは緊張したけど、なんだかんだ楽しいお出かけだった。
……毎日こうだったら良いのにな。なーんて。










「あ、夕飯の支度もう始めちゃった?ごめんね今手伝うよ」
「いや、まだ始めたばかりだよ。今日も人数は少ねェし、なんなら部屋で休んでてもいいぞ」


買ったものを片付けて食堂の扉をくぐると、既に今日の食事当番のカネシロがキッチンに立っていた。遅れてしまったかと焦る私にかけられた言葉に思わず目を瞬く。


「ど、どうしたの?急にそんなこと言うなんて……何だか、みんな朝からちょっと変……」
「いや、そんなことはねェが……あー、その……お前体調悪そうだった、し……?」
「そう……?でも大丈夫だよ、今日は元気だし」
「そうか……じゃあ、そっちの芋を頼む」
「うん」


少しの気まずさを感じながら調理を進めていく。
芋の皮を剥くしょりしょりという音だけがしばらく響いていたが、不意にカネシロが手元のにんじんから目を離さないまま、そうだとこちらに会話を振る。


「今日はアーロンさんと出かけてきたんだろう?どうだった?」
「うん、楽しかったよ。新しいワンピースを買ったんだけどね、それを……」


今日一日を頭の中で振り返るとつい口元が緩む。あれもこれもと、楽しかったことをひとつずつ話して聞かせるとカネシロはうんうんと頷きながら聞いてくれた。


「……でね、結局私が選んだピザがすっごい辛くて!食べ切るの大変だったの!」
「そうか、そうか」
「あのお店で食べる時は気を付けた方がいいよ。辛さは選べるみたいだったから」
「ああ、そうするよ。……アーロンさんとのデート、楽しかったんだな。良かったよ」
「デッ、デート!?」


単語に動揺して取り落とした芋を、カネシロがおっとと拾い上げる。気を付けろよと渡された芋を受け取りながら小さくお礼を言う。いや待って、今なんて言った?


「や、やだなあ……そんなんじゃないって……」
「そうか?そうか……」


カネシロは独り言のように呟くと、にんじんを刻む作業に戻った。
私はと言うと、デートという単語が頭をぐるぐると駆け巡り、それを誤魔化すように芋をペーストになるまで刻み続けた。

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