夜の温度に触れてみる

「……あれ?」


あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!「シャワーを終えて部屋に戻ると、荷物が全て無くなっていた」。
な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。
いや、ふざけている場合ではない。これでは私の荷物は今着ている服と、さっき着替えた海水でビショビショの服のふたつだけだ。キョロキョロしていると廊下からピサロが声をかける。


「お前の荷物なら運び出したぞ」
「なっ!何で……!?」
「アーロンさんの指示で、部屋を移すことになったんだ」
「え?部屋を……?」


まさかこの海賊港に置いていかれるのだろうか……!?と焦る私にピサロが続けた言葉は予想外のものだった。余りに劣悪な環境に流石のアーロンも憐れんだらしい。やったねたえちゃん!


「どこに移動になったの?」
「それは……」


尋ねるとピサロは真顔で対峙する。え、なに?どういう感情……?










「アーロン」
「入れ」


もうこの重たい扉を開けるのも何回目だろうか。部屋を訪ねると、アーロンはソファに腰掛けて本を読んでいた。扉から顔を出した私を認めて目を上げる。


「部屋移してくれたんだってね、ありがとう!」
「ああ。流石にあんなバカみてェな環境で寝られるやつがいるとは思わなかったもんで、気付かなかったよ」
「サクッとディスるな……。それで、新しい部屋なんだけど……その……」


もごもごと言い淀むとアーロンは立ち上がり部屋を出る。大人しく後に付いていくとやはり聞いていた通り……隣の部屋の扉を押し開けた。


「ここを使え」
「ここって……アーロンの隣の部屋じゃん」
「文句があるのか?」
「いや別に無いけどここってさあ……」


部屋を見渡すとやはり想像通り、隣の部屋との間の壁に内扉が付いている。
……これって、やっぱり……いや、深読みし過ぎだろうか?


「普通こういう部屋って……腹心の部下とか、奥さんとか置いとく部屋でしょ?」
「……気に入らねェなら部屋を戻すが」
「いいえ!そんなこと無いです!とっても気に入りました!!」
「そうか。なら自由に使え」


あーもう、内扉なんかどうだって良い!ベッドがあってクローゼットがあって、窓には念願のカーテンも付いている!
深く考えるのをやめて素直に返事をすると、自分の部屋に戻る大きな背中を見送る。……とりあえず今は部屋に運び込まれた荷物を片付けよう。
と言っても、持っている荷物は着替えのワンピースが十着程度とサンダルが数点、それから小物がいくつかと本が何冊か。それらを所定の場所へ分散させて行く。


「あ、これ……」


洋服を片付けていると、中にリクルートスーツを見つけた。私がこの世界に来た時に着ていたものだ。ずっと畳んでいたのでシワになっている。手に取ってシワを丁寧に伸ばすとクローゼットへ仕舞った。……これをまた着ることは、あるんだろうか……。










「おい、なまえ」
「どうしたの?タケ」
「部屋を移ったんだってな」
「そうだよ。もう知ってるの?早いね」
「おれはこの船のコンパ部長だからな。情報通なんだ」


いつ聞いてもよくわからない肩書きだ。宴会部長の肩書きは既にシオヤキのものだし、いったいこの世界におけるコンパとは何を指しているのだろうか。これについても深く考えたことは無い。タケは続けて問う。


「アーロンさんの隣の部屋だと聞いたが……」
「うん。広いし念願のカーテンもあるし最高だよ!」
「そうか……まあ、お前がそういう認識なら……」
「え……どういうこと?」
「いや、何でもねェ。それより、一人部屋とは羨ましいぜ。おれ達は数人で相部屋だってのに」
「え、そうなの?なんかごめんね……」
「いやいいさ。それによく考えればお前は移る前も一人部屋だったな」


タケが声を上げて笑う。なんか含みのある言い方だったけど……この様子じゃ話す気は無いみたいだ。
そのまま話は別の話題へと移っていった。










夜も更けてみんなが眠りに就く頃、ベッドの上で読んでいた本を静かに閉じた。天井を見つめてため息をつく私の目下の懸念事項はただひとつ。


「そろそろ寝たい……寝たいんだけど……」


寝付けない。暑すぎる!とりあえず横になって目を閉じて船の揺れを感じてみるが、一向に寝付けない。今日は疲れているし、いつもならすぐに眠くなるのに……。
何度も寝返りを打つ間に置き時計が十二時を指した。ダメだ……このままじゃ永遠に眠れない……。そんな折、頭に浮かぶのは日中堪能したひんやりボディ。あれは最高だった……。
思い出したらもうあれが無いと眠れない気がしてきた。しかし添い寝してくれなんて頼んだら殺されるだろうか。いやでも隣の部屋を与えるくらいなんだから少しくらいワガママ聞いてくれるかも。ていうか日中海に放り投げられた私にお詫びのひとつもあっても良くない?良いよね?よし、詫びてもらおう。
ムクリと起き上がり枕を持って部屋を出る。そうと決まれば話は早い。隣の部屋をノックすると入室を許可する声が聞こえた。


「何だ、こんな時間に。ガキはもう寝ろ」
「二十歳越えてるわ!……アーロン、一緒に寝て」


その言葉にアーロンは読んでいた本から目を上げてこちらをマジマジと見た。顔には何言ってんだ?お前……と書いてある。気持ちは良くわかるがまずは話を聞いてくれ。


「何言ってんだ?お前……暑さで頭がどうにかなっちまったのか?」
「そうなの、暑さで全然眠れなくてどうにかなりそう……。お願いアーロン!一緒に寝て!ひんやりさせて!」
「バカが……。ガキじゃねェと言うなら考えて物を言え」
「えー……人間には欲情しないとか言ってたじゃん。別に平気でしょ?」
「……」


その言葉にアーロンは無言でこちらを眺める。そのまましばらく部屋に沈黙が落ちた。……やっぱダメか。
だんだん気まずくなってきた私は諦めて踵を返す。


「ごめん……やっぱり私、部屋に戻るね。おやすみなさい」
「待て。わかった……一緒に寝てやるよ」
「えっホント?」
「ああ、さっさとベッドに入れ」
「やったー!お邪魔しまーす!」


喜んで振り返る私の視線の先でアーロンは本を閉じた。自分で言うのも何だがマジか!?やったぜひんやりゲットだぜ!!
自分の部屋よりふた回りほど大きなベッドに飛び込む。枕をセッティングして寝そべる私が見ている先で、アーロンは部屋を片付けると明かりを消し、ベッドサイドへ近付きシャツを脱いだ。ギョッとして思わず目を見開く。


「ちょ!ちょっと何で脱ぐの!?」
「あァ?おれはいつもこの格好で寝てるだろうが」
「あ、そ、そっか……」
「おら、そっちにもっと詰めろ」


いつも前をバーンと開けた格好で過ごしているアーロンだけど、目の前で脱がれると何かちょっと……ちょっと……。いややめろ考えるな。もう何も考えるな。思考停止。
慌てて壁の方を向いた私の後ろに、大きな質量が横たわる気配を感じた。途端に緊張で自分の心臓の音が速くなるのがわかる。あれ?あれれ?


「……おい」
「ハイッ」
「離れてたら涼しくねェだろ」
「ア、ウン……ソウダネ」


鍛え上げられた腕が後ろから私の腰に回って自分の方に引き寄せる。私の背中とアーロンの胸がピタリとくっ付いた。背中の感覚がやたらと敏感になって、心臓はもうドッタンバッタン大騒ぎだ。こ、これ、音聞こえてないよね……?アーロンの太い腕がお腹に回ったままで、それがやけに重たく感じる。背中とお腹にひんやりした感触はあるが、それ以上に私の体は熱くなっている気がする。
何だこれ?ヤバい、選択を間違えたかもしれない。


「……お前、体温が高ェな」


アーロンがそう呟くと、つむじのあたりに息がかかる。ぎゅんっと体温が上がって手のひらにはじわりと汗をかいた。
おかしい、涼しいはずなのに。おかしい。


「う……うん、こっちってホントに暑いよね……」
「……お前のいたところはそうでもないのか」
「うーん、暑さだけで言ったらそんなに変わらないけど、建物や部屋の中は必ずと言っていいほどエアコン効いてたから。あ、エアコンていうのは……」


私はとにかく緊張を紛らわせるために喋り続ける。するとだんだん意識がそちらに向いて緊張が解れてきた。よしよし良いぞ、その調子だ。ひととおりエアコンから環境問題、果ては宇宙にまで及んだマシンガントークを黙って聞いていたアーロンは、息継ぎで止まった話の合間に静かに問いかける。


「帰りてェか、故郷に」
「えっ」


唐突に予想外の質問をされて私は口を閉ざす。故郷に、帰りたいか……?
――頭の隅に追いやった部屋の鍵が、緩む感覚がした。


「うー……ん……帰れない、と、思って過ごしてるけど……」
「……」
「もし帰れるなら……そうだな……帰る、かも……」


語尾がだんだん小さくなるのが自分でもわかる。
この船のみんなが嫌いなわけじゃない、むしろ大好きだ。
だけど、両親や友達にもまた会いたいし、何より、命の危険を感じない日本で過ごしたいという気持ちはやはり大きい。


「……そうか」


一言だけ呟いたその声色からは何を考えているのか推し量ることはできない。アーロンはそれ以降静かになってしまった。
私も黙って背後の呼吸の音を聞いているうちにいつしかウトウトし始めて、結局そのうち眠りについた。

その夜、久しぶりに夢に両親が出てきた。
けれどその顔は不鮮明で、私にはハッキリと見えなかった。

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