フラグ回収で生き急ぐな

私が船へ乗船してから、そろそろ一年が経とうとしていた。
同じベッドで寝てると思われた事件で大いに反省した私は以降、自分の部屋の木箱ベッドで寝ている。いったんソファの寝心地を知ってしまった身には少し辛かったが仕方ない……。相も変わらず木箱ベッドはカチカチだが寝られてしまうんだな。自分の適応力の高さが恐ろしい。
そして一年も経つと今ではすっかりこの船に馴染んだ。……と、思いたい。みんなは変わらず優しいし、アーロンですら最近の態度は優しい。……気がする。
少なくとも、一年前のような刺すような嫌悪は誰からも感じない。……と、思う。これらは私の希望的観測に過ぎないので真偽の程は定かではない。でも希望的観測は人が生きていくための必需品よってミサトさんも言ってた。思考終了。


「なまえ、アーロンさん起こしてきてくれ」
「また?最近寝汚いなアーロン」


パンケーキをひっくり返しながら返事すると、ハチが肩をすくめる。最近は朝にアーロンを起こしに行くことが仕事としてすっかり定着してしまった。


「寝起きのアーロンさん機嫌悪いだろ。おっかなくって誰も行きたがらねェ」
「それに船長室に遠慮なくズカズカ入るような図々しいのは、この船ではお前しかいねェしな。チュッ」
「確かにな、言えてるぜ」


――まぁそれは私も認めるところだけど……。
ぶっちゃけて言えば居候の立場の私は、この船のボスであるアーロンにはもっと敬意を持って接するべきなのだろう、本当は。でも今さら敬語を使われてドン引きする様子を想像するとちょっと笑える。


「それにしたってだよ。前はちゃんと自分で起きてたじゃん」
「さあ〜?いい目覚まし時計ができたから自分で起きるのヤメたんじゃないのか?ニュッフッフ」
「ノコギリザメは夜行性だからな。関係あるかもしれん」
「へー、それは知らなかったわ」
「ほら犬、さっさとご主人様を起こしてこい。チュッ」
「……わん」


焼き上げたパンケーキを三人の前にサーブするとエプロンを外した。今日はご機嫌で起きてくれると良いな……。
やれやれと食堂を出て行こうとすると、航海士が出口ですれ違いざまに教えてくれる。


「そうだ、今日の夕方には島に着くぞ」
「ホント!?やった〜!季節は?季節は!?」
「夏だな。夏島の夏だから暑いだろうが」
「りょうかーい!あ〜、がぜんワクワクしてきた」


やったー!!美味しいご飯食べてー、新しいお洋服買うでしょー、メイク道具の新調もしてー、それからそれから……!
島でやりたいことをあれもこれもとリストアップしながら、先ほどまでとは打って変わってるんるんでアーロンの部屋にたどり着く。


「アーロン!朝だよ!起きて起きて!」
「……うるせェ」
「ねえねえねえねえねえ!今日の夕方夏島の夏に着くんだって!楽しみだね!買い物行ってきてもいい!?あのね、ちょうど新しいワンピースが欲しくて……ンムッ」
「ちょっと黙ってろ……」


はしゃぐ私の口元を大きな手が鷲掴みにする。く、苦しい……。
太い腕をぺんぺん叩きながら引き剥がそうとする様子を見てひとつ欠伸をしたアーロンは、起き上がるとぐるりと肩を回した。


「島に着くのなんざ知ってるよ。誰の船だと思ってんだ?」
「ムー!」
「あァ?なんて言ってんのかわかんねェな」
「ンム!ムー!」
「シャハハハハ!お前随分静かになったなァ?」
「……ぷは!し、死ぬかと思った……!!アーロンのバカ!殺す気か!」
「ったく、もっと静かに起こせねェのか」
「じゃあ自分で起きればいいじゃん」
「……下等種族の分際でおれに口ごたえするんじゃねェ」
「は〜ん?そんなこと言うならもう明日から起こさないからね!」


毎日こんなに優しく丁寧に起こしてあげているってのに文句を言われるなんて心外だ。眉をしかめて抗議した私からアーロンは目を逸らす。コッチヲ見ロッ!
と、突然立ち上がったかと思うと私の体を引っ掴み、軽々とベッドに放り投げる。


「……っうぎゃ!」
「シャハハ……おれは口ごたえするなと言ったんだ」
「……はーい。わかりましたぁ」
「ならさっさと行け」
「センチョウノオオセノトオリニ」


顔面からベッドに着地した私は立ち上がって乱れた髪を整える。毎朝毎朝おもちゃにしてくれちゃってまあ……。
不貞腐れながら退出しようとすると背後から声がかかる。


「そういやお前。確かに島には今日着くが、出かけるのは明日にしろ」
「何で?」
「……何でもだ」


無愛想に言うと扉をバタンと閉められた。変なの。










「……島に着いたぞ!」
「錨を下ろせ!」


夕方の甲板では大勢の船員達が慌ただしく作業している。他の船員の邪魔にならないように船縁に寄ると、身を乗り出して眼前の島を見下ろした。


「キレーイ!」
「お前が乗ってから寄った島の中では一番大きいかもな」


隣で作業しながら言うタケの言葉通り、暗くなりかけの島はポツポツとライトアップされ、あちらこちらで人々の行き交う様子が窺える。かなり大きな街のようだ。


「よし!港に着けたぞ!」
「さぁ上陸するか!」


今日は交渉≠ヘ無しらしい。船員達が我先にと船を飛び出していく。
いつもは三分の一ほどの船員が船番として残り交代で上陸するのだが、今回はほとんどの船員が船を降りたようだった。


「いいなぁ……」
「お前は降りないのか?」
「アーロンが明日にしろって……」
「そりゃ残念だな。じゃあおれも行くよ」


そう言うとタケも船を降りて行った。薄情者ぉ。










「……あ、バター無くなったの忘れてた」


食品庫を整理していた際、バターが無くなっているのを思い出した。
明日の朝も使うのに、買い物頼むの忘れてた。残ってる誰かに頼んで……いや、これだけのために人を使うのもなあ……。


「……少しだけなら大丈夫だよね?」


港の近くにもお店はあるはずだ。サッと行ってパッと帰って来れば大丈夫だろう。
――これってフラグかな?なんつって(笑)


「……フラグ回収イベント早すぎィ」
「何か言ったか?姉ちゃん」
「で?どうだ?おれ達と行くだろ?」
「いや、その……ごめんなさい急いでて……」
「あァ!?何だって!?」
「ひぇ……パーレイの権利を主張します……」


買い物はすぐ終えたが、帰り道にならず者達に囲まれてしまった。フラグを回収させようという世界の力を感じる。
というかこの島、妙に海賊多くない……?港に降りる時も、海賊船がたくさん停まってるなーとは思ったんだよね……。


「チッ、めんどくせェ。さっさと連れてけ」
「えっ?ちょ……」


ただのナンパだと思ってやんわり対応していた私の腕を男の手が強い力で掴む。慌てて抵抗するも男の力に敵うわけは無く、なす術なくずるずると引き摺られていく。男達が向かう路地裏の薄暗がりが目に入り、背筋がぞおっと寒くなった。


「は、離して……!!」
「誰か何か噛ませとけ。騒がれるとうるせェ」
「ンー!」
「……おい、お前こんなところで何してる」


あわや裏路地へ連れ込まれる、というところで後ろから声がかかった。……聞き覚えのある声に体からどっと力が抜ける。
男達が驚いて振り向くと、長身の魚人が呆れた顔で立っていた。


「ンーン!」
「……何だ?魚野郎、お呼びじゃねェぞ!」
「おれは明日にしろと言ったはずだが……」


アーロンは男達を無視してゆっくり近付いてくる。安心してちょっと泣きそうな私とは対照的に、対峙するその顔は目尻が吊り上がっている。あ、あれ?なんだかお怒りのような……。


「てめェ、そこで止まれ!!さもないと……」
「喚くんじゃねェ、ゴミどもが」


威嚇するようにナイフを向けた男に対して、アーロンは片手で軽く払うような仕草をした。それだけで大柄な男は簡単に吹っ飛んで壁に激突し、白目を剥いて昏倒する。えっ、つ、強……。


「おい、こいつアーロン一味の……」
「まさか、ノコギリのアーロンか?」


この辺りでもアーロン一味の手配書はしっかり出回っているらしく、ざわつくならず者達は困惑したような顔で武器を構えてアーロンに対峙する。


「に、人間嫌いのお前がなぜ邪魔をする?どうだっていいだろ、こんな小娘!」


……正直言うと、私もその意見に賛同だ。
アーロンにとって私は成り行きで船に乗せているだけの拾い物。いなくなっても困らない程度の扱いだろう……。


「ああ確かに、人間なんざどうでもいい」
「なら……」
「……だがそれはおれの所有物でね。勝手に持って行かれるのは癇にさわる」


パ、パンケーキマシンとして価値高めといて良かった〜〜!!
残りの男達もあっという間に蹴散らすと、アーロンは私の口を覆っていた布を取り外した。超絶舐めプじゃん。ぷはっ、と息と共に言葉が口をついて出てくる。


「えーーん!神様仏様アーロン様ー!死ぬかと思った……!!」
「てめェ、おれは明日にしろと言ったよな……?」
「あっ、痛い!痛いです!ごめんなさい!アイアンクローはやめて!!助けてくれてありがとうございます!!」
「……なぜ言う通りにできねェ」
「あの、バターが無くなっちゃって……明日の朝使うから、どうしてもそれだけ……。その……ごめんなさい」


項垂れて謝ると、見下ろす私の膝が震えているのに気付いたのか頭上から小さくため息が聞こえた。ふらりと足がもつれたところをグイと腕をひかれて持ち直す。先ほどの男達とは違い、その大きな手には安心感しか覚えなかった。


「ここは海賊ばかりが集まる港だ。夜は特に治安が悪ィ……お前のような能天気が一人でふらつくなんざ、カモにしてくれと言って回るようなモンだ」
「あ……な、なるほど……。心配してくれるなんて思わなかった、ありがとう……」
「あ?」
「お、お礼言ったのに何で怒るの」
「…………誰が人間の心配なんざするか。……お前がいなくなったらその分の仕事は誰がやる?同胞達に迷惑かかるだろうが」


パッと手を離し、船に向かって歩き出す後ろ姿を慌てて追いかける。
足はもう震えていなかった。


「……うん、そうだね。えへへ……」
「笑うな、気色悪ィ。……次から船を降りる時は電伝虫を持って行け。探すのは面倒だ」
「でっ……!?でんでんむしはちょっと……」
「ワガママ言うんじゃねェ」
「だ、だってあれかたつむりだよぉ……」


電伝虫の姿を思い出して怖気がぞわぞわと背中を駆け上る。無理だ……絶対無理、何でみんなあれをポケットに入れて持ち運べるわけ……?想像して若干涙目の私を見たアーロンは笑った。


「シャハハハハ!!いい顔だ。絶対持って行けよ、これは命令だ」
「ヒイィィ……」


良い歳した成人女性が恥も外聞もなく泣き喚いちゃうぞ……良いのか!?結構見苦しいぞ!?
……次からはアーロンの言うことをちゃんと聞こうと心に固く誓った。

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