紙と文字とを積み重ね

私の手の中で、青色のミサンガに編み込まれた銀糸がキラリと光を跳ね返す。これは以前、初めて寄った島の露店で購入したものだった。


「……みんなといつか、本当の仲間になれますように」


願掛けをして左の手首に紐をぎゅっと結ぶ。この紐が切れる時、私はどんな顔でみんなといるんだろう。
――さて、今日も一日頑張ろう!
カーテンの無い窓から、登ったばかりの太陽の陽が射し込んだ。










「おいなまえ、新聞回って来たぞ」
「ありがとうシオヤキ、もう読んだ?」
「ああ。相変わらず、今日も世界はてんてこ舞いだ」


シオヤキからボロボロの新聞を受け取ったのは夕方近く。バタバタの日常がようやく少し落ち着き、夕飯の支度の前に一休みといった時間だ。
この船では誰かが買った新聞をみんなで回し読みするので、私のような下っ端に回ってくるのは当然最後の最後である。
当初懸念していた文字問題だが、こちらは英語文化らしい。英国が無いのに英語とはこれいかに。
まあしかし全くの異世界言語でなかったのは幸いなもので、初めは単語を拾うのでようやくだった私も毎日のように新聞を読むことで、ものすごく難しい文章以外は読めるようになった。
……話し言葉に関しても、私は日本語を話しているつもりだけど、もしかしたら英語文化なのかも。世界の補正能力ってやつが働いてるのかな?うーん、もしそうならリーディングもお願いしたかったな……。
そしてとにかく、こちらの新聞は読み応えがある。ファンタジーワールドなだけあって、世界中で毎日私の思いもよらないとが起こっている。
こちらの世界には魚人や人間のほか、全身が毛で覆われたミンク族、巨人族、手長族なんていう種族もいるようだ。想像していた通りとってもファンタジー。時々他の海賊船でものすごく大きな人間を見かけたりするが、巨人族ではないらしい。巨人の身長は最低でも十二メートルだとか。金閣寺かな?

コーヒーを淹れて、人も疎らな食堂で新聞を広げる。指で文をなぞりながらゆっくりと内容を確認していく、この時間がたまらなく好きだ。もともと本を読むのは好きだったが、船の上では頻繁には新しい娯楽にたどり着けず、こうして新聞を隅から隅までじっくり読み込むのが習慣になっていた。


「なんだなまえ、また新聞読んでるのか」
「うん、こっちの新聞って面白いね。毎日が夢物語みたい」
「そうか?普通だと思うが」
「まあ、私からしたらみんなもわりかしファンタジーの住人だけど……」


あらかた新聞を読み終わった頃、鍛錬を終えたクロオビが食堂の扉を開けた。
同じテーブルに着いたクロオビにコーヒーを淹れようと立ち上がり、お湯を沸かすためにヤカンを火にかける。


「でも、初めに思ってたファンタジーとはちょっと違ったなあ。異世界といえば、剣!魔法!冒険者!勇者と魔王!……ってイメージだったからさ。そうだ、この世界にはエルフっていないの?」
「お前の言ってることは時々、半分も理解できない。……だが、剣士はいるぞ」
「えっホント?」
「ああ、ハチは剣士だ。六刀流のハチと呼ばれていて、自称魚人島ナンバー2の剣士だ」


――六刀流……伊達政宗かな?
思わず馬の上に仁王立ちするハチを頭に思い浮かべてしまった。


「自称……しかもナンバー2なんだ」
「魚人島にはヒョウゾウという凄腕の剣士がいた。ハチの怪力も恐ろしいが、ヒョウゾウの方が技術力では間違いなく上だな」
「へえ〜、そうなんだ……じゃ、魔法は?」
「魔法なんてものがあってたまるか。それこそ夢物語だな」


クロオビの分のコーヒーをテーブルへ置くと向かいの席に座る。頬杖をついて話を聞く体勢に入ると、それに気が付いたクロオビが少しだけ目を細めた。


「でもこっちには、悪魔の……実?ってものがあるんだよね?それを食べると魔法が使えるんでしょ?」
「魔法なもんか。この海ばっかりの世界でカナヅチになるんだ、自殺行為だぜ。考えるだけでゾッとする」
「なるほど確かに。魚人のみんなからしたら食べるメリット無いよね。でも、もし私が見つけたら食べてみたいなぁ……ファンタジーワールドでファンタジーな力を手に入れて成り上がりものの最強系主人公無双するんだ!えーっと海賊王?におれはなる!ドン!」
「バカだな、お前」


お、珍しい。クロオビが笑っている。
コーヒーを飲みながら物思いに耽るクロオビを横目に黙って新聞を読んだ。しばらくして伸びをして体を解しながら、読み終わった新聞を丁寧に畳む。


「はぁ、もう読み終わっちゃった……。もっと読みたいけど仕方ない、明日の夕方までまた待つしかないね」
「普通の本でも読んだらどうだ?」
「そうだね、次の島に降りたら本を買おうかな。だけどまだしばらく先だもんね」


背もたれに体重を預けると天井に向けて大きくため息をついた。船旅は楽しいが、これだけが難点だ。
そんな私の様子を見てクロオビが少し考える素振りをする。お、何かアイディアありますか。


「アーロンさんに何か借りたらどうだ?」
「アーロン?」
「ああ、他の船から……仕入れる物資の中に時々本が混ざっていることがある。アーロンさんはそこから気に入ったものを持っていくからな」


予想外の言葉に一瞬キョトンとするが、そう言えば確かにこの間訪ねた時に本を読んでいた。よく覚えてないけど、部屋には大きな本棚もあった気がする。


「うん、頼んでみようかな!ありがとうクロオビ」
「フン……別にお前のためじゃない」


クロオビの突然のデレ……!?










夕飯の片付けも終わってシャワーも済ませ、もう寝るだけというところで日中のクロオビとの会話を思い出した。
思い出してしまうと、もう本が読みたくて堪らなくなる。明日の夕方までなんて我慢できねぇ!おれは行く!ドン!


「アーロン、いる?」


ドアをノックするが返事は無い。まさかもう寝ちゃった?
ちょっとだけ迷ったけど結局、重たい扉を押し開けて勝手にお邪魔することにした。たのもう!!


「……ってあれ?起きてるじゃん」
「勝手に入るんじゃねェ」


海図と書類を眺めながら何やら考え事をしていたアーロンは口では咎めつつも顔を上げない。お忙しいみたいなのでさっさと用事を済ませよう。


「何の用だ?」
「あの〜……何か本、貸してくれない?」
「そのあたりから適当に持って行け」


アーロンが示す方を見やると、壁の一面に大きな本棚があった。わーい!
近づいて背表紙を眺めると、論文や小説、図鑑やレシピの本、なんだかよくわからない専門書のようなものまでわんさかある。ど、れ、に、し、よ、う、か、な……君に決めた!
手近な一冊を手に取り部屋を後にしようとすると、突然、この部屋がとても明るいことに気が付いた。私の部屋は心許無いオイルランプが一つなのに……流石に船長室、設備が良い。それに何より、応接セットの大きなソファがおいでと手招きして呼んでいる。


「……おい」


ソファに引き寄せられるがままに寝そべり本を広げた私に、ついにアーロンが顔を上げて咎めるような声をかけた。でも例え怒られてももうここから動けない。動かざること山の如し。


「いいじゃん、大人しくしてるからさ」
「チッ……邪魔はするなよ」
「はーい……」


既に本を開いている私の生返事を聞いたアーロンは書類へ向き直る。どうやらこの本はかいおうるい、についての論文のようだ。時々甲板から見える大きな生き物のことだ。興味深い。
部屋には静かな時間が流れる。アーロンが紙を捲る音とペンを動かす音、私の指が文字をなぞる微かな音が響くだけだ。
内容は海王類の生息する地域の項に差し掛かった。カーム……ベルト?における、海王類の数の多さに比例して……カームベルトとは果たして一体……?アーロンに聞きたいけど、多分今声かけたら怒られるだろうなあ……。明日誰かに聞くか。脳内メモにカームベルトについて聞く、としっかり記しておく。
……女ヶ島には古くから海王類を避けるための……にょ、にょうがしま?うーん、基礎知識の不足をひしひしと感じる。その後も見慣れない単語と格闘しながら、私は文を追うのにのめり込んでいった。










「……おい、起きろ」
「ん……」
「寝るならてめェの部屋に戻れ」
「うん……わかったぁ……」
「おい……」


アーロンの声が聞こえるような、聞こえないような。……やっぱり聞こえないかも……。
私の意識は再び、深く潜っていった。

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