とっても上手に焼けました

「おはようなまえ」
「おはよう!」
「なまえ、おれハワイアン」
「おっけーい」
「はちみつまだあるかァ?」
「そっちの棚に昨日買ったのがあるよ」


朝の忙しい時間帯だけど、今日の私は機嫌が良い。なんてったって今日の装備は昨日町で買った新品のエプロンだからだ。
そんな装備で大丈夫か?大丈夫だ、問題ない!


「お前、何だか今日は機嫌がいいな?」
「わかる〜?さあて何が違うでしょーか!」
「さあ?知らねェよ」
「いや諦め早!えへへ、昨日エプロン買ったの!可愛いでしょー!」
「へえ、そりゃ良かったな」


どうやらクロオビはこの話題に興味が無いようだ。こちらには一瞥もくれず生返事をしながら、お気に入りのハワイアンパンケーキに生クリームを塗る作業に没頭している。


「船は今日出るぞ。買い忘れがあれば午前中に行って来い」
「ええ、もうなの?早いなあ……」
「幸いなことに、船の損傷は大したことなかったからな。物資の補給も終わったし、この島にはもう用は無ェ」


クロオビの隣の席に座るカネシロもまた、クラシックパンケーキにバターを塗り広げながら教えてくれた。
やはり海賊がひとつの島に長居するのはよろしくないのだろう。


「あーあ、出発してないのにもう陸が恋しいよ」
「散歩でもして来い。今度は時間を忘れるなよ、ホントに置いてくからな」
「はーい」










朝食の片付けが終わるとさっそく海辺を散歩する。町は昨日たくさん見て回ったので、今日は港にほど近いビーチを歩いてみることにした。
いつもは地元の人や観光客で賑わっているであろうそこは、海賊船が入港しているせいか人間の姿は全く無く、うちの船員達が数人、たむろしてタバコを吸っているだけである。
目的も無くぶらぶらと歩いていると、近くの波の中からチュウが立ち上がり浜辺へ向かってくる。


「寒くないの?この島は今秋だから潜るには水が冷たそうだけど」
「あァ?お前ら人間とは違うんだ。そんなにヤワじゃねェ、チュッ。……それよりお前何してんだ?仕事は終わったのかよ」
「今日は半休にする!出発したらまたしばらく海の上だから」
「あっそ」


肩をすくめて歩き出すチュウに慌てて付いていく。足音を聞いて振り返ったチュウは私が付いてきているのを認めると、露骨に嫌そうな顔をした。


「お前、なんで付いてくんだよ」
「いいじゃん、一緒に散歩しようよ」
「嫌だね。誰が人間なんかと」


突き放すようにそう鋭く言うとチュウは早歩きになった。負けじとこちらもペースを上げるも歩幅が全然違うので、こうなるともう私は小走りだ。


「付いてくんなっての!」
「ケチ!いいじゃん減るもんじゃないし」


ムキになって付いていくと、チュウは諦めたのか歩幅を緩める。優しいとこあるじゃん。……諦めただけとも言う。
破顔しながら隣に並ぶと呆れたような顔がこちらを見下ろした。聞いてみたいことは山ほどある。


「ねえねえ、雑談しよ」
「嫌だ」
「いつの季節の海が一番好き?魚人って生まれてすぐ泳げるようになるの?魚人島の海は寒いの?それとも暖かいの?あ、魚人島にも四季はあるの?」
「お前は三歳児なのか?そんなこと、人間のお前にはどうだっていいだろ。チュッ」
「どうだってよくないよ。仲間のこと知りたいじゃん」
「仲間……?」


チュウが立ち止まり険しい顔になる。つられて立ち止まると、高いところからじろりと睨み付けられる……人間ごときに仲間と言われたのが随分気に障ったみたいだ。


「冗談じゃねェ、何でおれ達魚人が人間みたいな下等種族を仲間にしなきゃならねェんだ?アーロンさんが殺さないからって調子に乗るなよ……チュッ」
「でも、私のパンケーキ好きでしょ?」
「……パンケーキ……は……美味いが」
「じゃあ私を船に乗せておかないと。そしたらやっぱり仲間だね」
「ふざけんな、刺青ももらってねェくせに……」
「刺青かあ……痛そう。私ピアスも開けてないんだよね、ほら」
「見せなくていいって……クソ、調子狂うぜ……」


頭をガシガシかきながらため息をつくと、チュウは再び前を向いて歩き出した。私も今度は後ろに付いて歩く。
――ちょっと踏み込みすぎたかな……。みんながどうして人間が嫌いなのかとか、そういえば聞いたことなかったかも。
そのまましばらく無言で歩いていると、先の岩陰から突然ラッパのような大きな音が聞こえた。


「モーム!!メシの時間だぞーっ!!」


続けて響き渡ったハチの呼びかける声に応えて、海面からモームが山のように大きな姿を現す。わー……相変わらず遠近感が狂いそうなサイズ感だなあ……。


「もうそんな時間かぁ」
「お前、初めてモームを見た時ひっくり返って驚いてたな。あれは笑えたぜ、チュッ」
「普通驚くでしょ!」


小馬鹿にしたように笑うチュウに言い返して小走りに追い抜く。音の聞こえた岩陰に近付いて覗き込むと、豚の丸焼きをモームに与えながらハチが振り返った。


「よお、散歩か?」
「うん。ハチは?」
「釣りをしながらモームにメシやって、料理もしてる」


六本の腕でそれぞれ色んなことをしているらしい。良いなあ、私も朝の忙しい時間帯とか腕がもっとあればと思う時あるよ。それにしても、大きな豚を腕一本で持ち上げるハチは並々ならぬ怪力だ。魚人ってみんなそうなのかな?


「料理ってなに?」
「あァ、牛の丸焼きだ。今焼き上がるぞ」
「牛の丸焼き〜?モームにまだご飯あげるの?」
「ニュフフ、これはアーロンさんの分だ!町のやつらが食い物をたくさんよこしたんだが、その中に生きた牛がいたからな」
「あァ、アーロンさんの好物だからな」
「マジか」


好物:牛の丸焼きってなに……?ワイルドすぎない……?あの歯でガッといってるところ想像したら怖すぎてちびりそう。お食事シーンにはカチ合わないようにしよう……。密かに決意した私の胸の内を知る由もないハチはパンパンと手を払って立ち上がった。


「モームも食い終わったようだし、そろそろ船に戻るとするか。丸焼きは出来立てが美味い!出発の前に食ってもらおう!」


先ほどの豚よりもさらに大きな牛一頭の丸焼きを、片手で軽々と持ち上げるハチ。強スンギ。
せっかくなので私も片付けを手伝おうと釣竿を持ち上げ……られなかった。


「重すぎィ!!」
「ニュッフッフ!人間は非力だなァ!」
「貸せ、おれが持って行く」


チュウがやれやれ顔で釣竿を取り上げた。マウントを取れて嬉しいらしくドヤ顔だ。くうう……ムカつく。
船に向かって歩き出すと、モームが海を並走するように泳ぐ。


「モ〜!」
「あはは、モーム食べたいってさ」
「ダメだ!これはアーロンさんのだぞ!」
「なまえ、お前が代わりに食われてやれ。チュッ」
「何で!?嫌だよ!」
「モオォ〜!」
「モームはそれでもいいってさ」
「いやいや勘弁してください……」










「アーロンさ〜ん!牛焼いて来たぞ〜!」


船へ戻ったハチが甲板へいたアーロンへ大股で近付きながらニコニコ顔で声をかけると、呼ばれた人物はこちらに気が付いて大仰な身振りで両手を挙げた。


「わざわざおれのためにすまねェな、ハチ」
「いいってことよ!さあさ、冷めないうちに食ってくれ」


ヤベ、お食事シーン始まるわ。ここいらで退散しなければ……。そそくさと部屋に戻ろうとする私を目ざとく見つけたアーロンから待ったの声がかかる。


「おいおい……どこに行くんだ?」
「え?いやあ……お食事のお邪魔をしては悪いかと思って……」
「何をそんな水くせェことを。遠慮せずこっちに来い」


ま〜たあの顔だよ!アーロンさんのジャイアンスイッチ入りまーす!嫌な予感に駆け出そうと身を翻した私の首根っこをチュウがサッと捕まえる。や〜め〜ろ〜!!
ジタバタともがいてみたが抵抗むなしくアーロンに引き渡された。


「さあ座れ。おれの好物なんだ、特別にお前にも食わせてやろう」


ドスンとアーロンの膝に落とされ、肩をガシッと押さえ付けられる。逃げられねえ……。目の前にハチが牛の丸焼きを突き付ける。こんなん食えるかー!


「私には大きすぎますので……へへ……アニキお一人でどうぞ……」
「あァそうかそれは悪かった。クロオビ」
「エイッ!」


クロオビが寄ってきてヒレで牛をカットしていく。流れるような美しい所作だ……と現実逃避している私をよそに、クロオビは得意げな顔でこちらを振り返る。


「おれのヒレは銃弾をも弾く……この程度造作も無い」
「ワースゴーイ」
「さあ食え」


アーロンが右手で持った肉塊を近付けてくる。いや圧〜!!
引き攣った笑みで顔を仰け反らせる私をみんなが見ている。なんなの?なんなのこの状況?助けてドラえも〜ん!


「おれが手伝ってやろう。口を開けろ」
「ム!!」


左手で私の顔を掴んで口を開けさせようとするアーロン。無理無理ホント勘弁して!!
口を引き結び必死に抵抗したが魚人の力強い握力に人間の女のか弱い顎の筋肉が勝てるはずもなく、とうとう競り負けて口を開いた。そこへすかさず肉塊が突っ込まれる。人の口に素手でものを突っ込むな……!!


「ん゛〜!!」
「シャーハッハッハッハッハ!!どうだ!美味いか!」
「んむむ゛〜!」
「シャーッハッハッハ!!」


もがく私と爆笑するアーロンを見て周りの船員も大笑いする。甲板は平和な雰囲気に包まれた。
拝啓お父さんお母さん、私は今日も異世界で元気に頑張っています……。
その後のアーロンのお食事シーンはその日の夜夢に出てきた。南無三。

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