かわいいひと

「ペローナ様、起きてください」
「う〜ん……あと五分……」
「もう、それ三回目ですよ!」


レース生地をたっぷり使ったひらひらの天蓋が影を落とすベッドの中、顔を顰めて寝返りを打つ私の主人は起き上がる様子が無い。まったく、毎日夜更かししてるから起きられないんだ。大きく開け放った重厚な生地のカーテンの向こうには、ほとんど夜と変わらないどんよりとした曇り空が広がっている。


「ペローナ様、起きてお洋服選びましょ……ね?」
「仕方ねえなァ……」
「うふふ、おはようございますペローナ様」


肩を優しく揺すりながら大好きなおしゃれの事を耳元で囁くと、片目を開けて小さく呟いた主人は体を起こす。グッと伸びをするとムニャムニャと目を擦りながら欠伸をした。可愛らしいその一連の動作を眺めた後はベッドの前へ、あらかじめクローゼットから選んでおいた二着を用意して問いかける。


「ペローナ様、今日も素敵な曇り空ですよ。こんな日は憂鬱なブルーのお洋服にしますか?それともこちらの、ワインのような深みのある赤のお洋服にしますか?」
「う〜ん……こっち」


寝ぼけ眼で指さした赤のドレスに着替えさせるため、可愛らしいネグリジェから伸びる華奢な手を握ってベッドから引っ張り起こす。私の手を握り返す青白い肌に、血のような真っ赤な色のマニキュアのコントラストが素晴らしい。
ネグリジェを脱いで下着姿になったペローナ様にテキパキとドレスを着せると、ドレッサーの前の椅子に誘導する。まだ眠たげに船を漕いでいるペローナ様の髪を一房掬い取ると、ゆっくりブラシを通した。今日もサラサラの美しい髪だ。


「今日はどんな髪型にしますか?」
「お前に任せる」
「わかりました。とびっきり可愛くしますね」


――元が良いペローナ様はどんな髪型でも似合うけど。
ドレスに合わせて緩やかな編み下ろしにセットすると、メイクボックスを開けてコスメを取り出す。その頃にはすっかり目が冴えた様子の主人が鏡の中からこちらを眺めていた。


「目、閉じててくださいね」
「ん」


その真ん丸で大きな愛らしい瞳を大人しく閉じたペローナ様のお顔に薄くファンデを塗り、最近お気に入りのアイシャドウを置いていく。最後に真っ赤なリップを丁寧に、小さな唇に乗せたら完成だ。


「はい、できました」
「今日の私はどうだ?」
「今日もとっても可愛いですよ、ペローナ様」


鏡を覗き込むペローナ様の後ろからにこりと微笑みかけると、満更でもなさそうな視線と鏡越しに目が合う。自身の能力と反比例するような自信たっぷりの笑顔が今日も素敵だ。


「では朝食にしましょうか」
「ベーグルサンドとホットココアだろうな?」
「もちろんです。今日はベーコンとチーズのサンドですよ」
「ホロホロホロ、そいつは美味そうだ」


立ち上がって食堂へ向かう主人の三歩後ろを歩く。ご機嫌で鼻歌を歌うペローナ様は今日も今日とて、可愛らしい。
私がこのスリラーバークで、こうしてペローナ様専用のメイドとして働き始めたのはしばらく前。装飾品を扱う商船に乗っていた私は、嵐でこの魔の三角地帯へ迷い込んだ船ごとスリラーバークへたどり着いた。生き残っていた他の船員達はみんな影を取られて追い出されてしまったけれど、私を見たペローナ様からの「そいつが欲しい!」との鶴の一声で、私はこの船で影を取られぬまま生きることを許された。非戦闘員の一人くらい、モリア様もどうでも良いという風だったのでありがたく、その提案に乗っからせていただいた。それからはペローナ様の専用のメイドとして、ペローナ様の選んだメイド服を着て、ペローナ様の好みのお化粧をして、ペローナ様のお世話をしている。
可愛いものに囲まれるのが大好きな主人のお眼鏡に適ったこの顔を、ペローナ様は毎日ご機嫌で眺めている。


「うーん、今日も美味い!最高だ!」
「ありがとうございます」
「ホロホロホロ……美味い飯にうっとりするような曇り空、私好みの可愛らしいメイド……今日も最高の気分だ」


ベーグルサンドを齧りながらご満悦の様子に私も気持ちが和む。海賊船の上ではあるけれど、この可愛らしくて勝ち気な主人との暮らしを、私も今では気に入っている。


「朝食の後はお昼まで怪人会議ですよ」
「ム……それは嫌な気分になる」


その顔はアブサロム様のことを思い出している顔だな。ペローナ様はおかわりのホットココアを飲みながら、これからの会議を想像してため息をついていた。










日課のお掃除も隅々まで綺麗に終わり、そろそろ怪人会議を終えて戻ってくるであろう主人のために昼食の準備をしていると、ムスッとした顔のペローナ様が屋敷に戻って来た。おや、どうしたんだろう。


「お帰りなさいませ。昼食までもう少しですよ」
「……ナマエ」


――あら、ご機嫌斜めだ。またアブサロム様に何か言われたのかな。
私は鍋の火を止めると、不機嫌な顔でドレスの裾を弄る手を握った。への字に歪んだ唇の上でリップがよれている。


「……今日はお昼は無しにして、ベッドでお菓子食べちゃいましょうか?」
「……いつもは怒るじゃねーか」
「うふふ、今日は特別ですよ。昼食は夜に回しましょう」


私がそういうと、不機嫌な顔は少しだけ笑顔になった。そうそう、せっかく可愛らしいお顔なのだから、この方にはやっぱり笑顔が良く似合う。
手を繋いで部屋へ戻り、戸棚から秘蔵のお菓子を取り出す私をペローナ様は小さく呼んだ。


「どうしたんですか?」
「……抱っこ」


――あらあら、今日は本当に嫌なこと言われたみたい。
ベッドに腰掛けると、ペローナ様は私の膝に乗って首に腕を回す。甘い香水の香りがふわりと鼻をくすぐった。


「今日は甘えん坊ですね」
「うるせー」


子供のように私の首筋に額を擦り付けたペローナ様は顔を上げると、私の顔をジッと見つめる。少ししてため息をつくと、うっとりしたように私に囁いた。


「……お前、本当に可愛いな……」
「ありがとうございます。私の顔で元気になるならどうぞお好きなだけご覧になってくださいね」
「うふふ」


目を細めたペローナ様は甘えた顔で首を傾げる。緩やかに弧を描くその小さな唇にそっとキスを落とすと、首に回された腕にぎゅっと力が込められた。
しばらくして、ちゅ、と小さく音を立てて離れた唇を追いかけて真っ赤な唇が縋り付いてくる。それに応えるように軽く啄むようにキスをすると、重ねた唇で笑顔になる気配がした。目を開けると、至近距離でこちらを眺める主人の瞳と視線が絡む。


「元気になりました?」
「ああ。お前は優秀なメイドだな」
「お褒めに預かり光栄です」
「……もう少し」


そう言うとまた目を閉じる可愛らしいお顔。ぎゅっと抱き締めたくなるのを我慢して、小鳥のように軽く触れるだけのキスを繰り返す。静かな部屋の中にリップ音が響いた。
顔を離して目を開けると、満足そうな顔のペローナ様が膝を降りる。口紅が先ほどよりよれてしまっているが、お菓子を食べたら直してさしあげよう。お菓子とお茶を乗せたトレイを運ぶと、ベッドに寝転ぶペローナ様は自分の隣をポンポンと叩いた。


「ナマエも来い」
「あら、ペローナ様に選んでいただいた服が皺になってしまいますよ」
「構わねェよ。私が来いと言ってるんだ」


そう言われては断る理由もなく、隣へ横たわり頬杖をつく。
クッキーを齧ったペローナ様は元気になった表情で、私の顔を眺めながらまた呟いた。


「お前、可愛いな」


それはあなたの方ですよ。
私は存外、この生活を気に入っている。

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