君はルギアに愛された
- ナノ -

愛雨


運命とかを、人よりも信じている方だと僕は自覚していた。

でんせつのポケモン、エンジュシティで神様としてまつっていたホウオウへの憧れと、真の実力を備えたトレーナーの前に現れて、選ばれるという言い伝えを信じて。
エンジュジムで修業を積んできた位だ。

直感でこうすべきだと思ったことに対して普段の努力を重ねられる才能があると言えば言い方は綺麗なのかもしれないが、見方を変えてしまえばそれは視野が狭く、傾倒しやすい性格なのかもしれない。
だが、目標を見失いかけた時もあったけれど、それで後悔をしたことはなかったし、自分はそういう生き方を続けるのだろうと何となく、直感で感じていた。

そして、運命という話でホウオウの件ともう一つ、僕の中で根付いているものがある。
──およそ12年前。
僕がまだミドルスクールに通っていた頃。
その時に出会った運命の人が居る。
好意を抱いたとともに、何となく"自分は彼女と未来を歩んでいくのだろう"という想像が映像で流れ込んできた。
僕はそれを想像ではなく、未来視だと信じているけれど。

「マツバ君、今日も修行?マツバ君は……ホウオウに、選ばれてほしいな」

忘れてしまえばいいのかもしれないけれど、未だに忘れられない子。
僕の夢を笑わずに居てくれた年下の子だ。
彼女自身、不思議な気配をまとった子だった。
家系は違うのだが、寺院の巫女のような空気をまとっていた。それは生まれついたものなのだろう。

「ありがとう、シロネちゃん。一度……エンテイに会ったことがあるんだけど、それでも僕はやっぱりホウオウに、選ばれたいな」
「……マツバ君が強く願っていればいつか"会える"よ」
「そうなれるように、努力するよ。そうしたらいつか君にも、ホウオウを会わせてあげられるかもね」
「……」
「シロネちゃん?」
「ううん。……きっと、私はホウオウには会えないんだろうなって」

彼女は遠くに見えるスズのとうを眺めて、静かに目を伏せた。
千里眼を持っている訳ではないとしても、彼女はこの時すでに彼女に、否。僕たちにその縁がないことを直感的に感じ取っていたのかもしれない。

しかし、別れは唐突なもので。
彼女がカントー地方にご両親の仕事の都合で引越しをするという話は寝耳に水だった。
ポケモンセンターでビデオ電話があるように、連絡を取れる手段は全くなくなるという訳ではない。
それでも、どうしてか、彼女はこのまま自分の前から消えてしまいそうな気がした。
ミナキ君にも「気のせいだろう」なんて言われたけれど、この不安はどうしてもぬぐえなかった。

それもあって、別れなければいけない日の前日、告げたのだ。
まだまだ未熟な恋を、愛にするために。
あの日、黄色や赤色という鮮やかな彩のイチョウや紅葉が日光に照らされた綺麗な空だったことを覚えている。
イチョウを踏みしめながら、彼女とスズネのこみちを歩くのも、もしかしたら最後かもしれないと思いながら、声をかける。

「シロネちゃん」

未熟だったけれど、確かに本気だった。
そういう未来を願っていた。

「もしも再会出来たら……僕と結婚して欲しい」
「……マツバ、君?」
「別れても何時かまた会えると信じてるから、会える時のために、言っておこうと思って」

彼女はぽろぽろと泣きながら「ありがとう」と綺麗に笑った。
その宣言が、彼女にとって本気の言葉として捉えられたのか、それとも『遠く離れる昔馴染みの相手に冗談交じりで再会に希望を込める友人の気遣い』だと思われたのか。
そこまでの感情は計れない。


それから12回も季節が巡って。僕はすっかり大人になって。
ホウオウはヒビキ君というトレーナーに出会い、彼を選んだ。
でも、これまでやって来たことが無駄だとは思わないのだ。
新たな未来が視えるまで。また歩いて行こうと思うのだ。

そして転機は突然降る雨のように急にやって来る。
偶然、コガネシティの方にまで用事があった日だった。
今日はしとしとと雨が降っていて、街を歩いている人は傘をさしている。
ゲンガー達のようなゴーストタイプは雨が嫌いという訳ではないようだが、今日はモンスターボールから珍しく出てきていない。

「おや……?」

コガネシティに急いで入ってくるように駆け込んでくる一人の少年が見えた。
傘を差さずに走っているから、雨が降ると思っていなかったのか傘を忘れたのだろう。
その少年から視線を逸らせなかったのは、彼に声をかけた一人の女性の姿が見えたからだ。
遠くから顔は見えなかったけれど、女性は傘を少年に渡しているようだった。

「お姉さん、いいの?」
「私は大丈夫。雨……嫌いじゃないから」
「あ、ありがとうお姉さん」

その人は、しとしとと降る雨の中、少年に傘を上げた。
そして頭を下げて駆け出した少年に手を振って、そのまま街に戻るのでもなく、街道の方へと歩いて行ってしまった。

人助けはいいけれど、これでは風邪をひいてしまうだろう。
見かけてしまった以上見過ごせず、その女性を追いかける様に駆け出した。
彼女は、道路から見える大きな川を眺めていた。雨の日は暗くて水辺を飛び上がるポケモンの姿もあまり見えなくなるというのに。
追いついた所で「あの」と声をかけて、傘を後ろから彼女の方に傾ける。

「さっき貴方が男の子に傘をあげる所を見ていて。濡れるから傘をどうぞ」
「え?ありが……」

成長した大人の姿なんて、知らないはずなのに。
彼女がジョウトに戻ってきているとも知らなかったのに。
僕には、すぐにその女性が誰であるか分かった。

「シロネちゃん……?」
「……マツバ君……?」

カントー地方に行ってしまったはずの彼女は、ジョウトに戻ってきていたのだ。
予期していなかった再会に心は弾むと共に動揺していた。
記憶が鮮明に蘇ってきて、幼い頃の彼女の姿が今のシロネと重なって、上書きされて馴染んで溶ける。
想像したままに綺麗な大人の女性へと成長していた。

「ど、どうして……驚いたよ。久しぶりだねシロネちゃん。いつジョウトに戻ってきてたんだい?」
「今、オーキド博士の元で研究員をしてて……フィールドワークも兼ねてジョウトに戻ってきてたの」
「そうだったのか。そうなると、ウツギ研究所があるワカバタウンかな?」
「えっと……ここ暫くは、アサギシティに」

彼女がなぜ滞在場所を言い淀んだのか、何となく察しが着いてしまった。
アサギシティは、エンジュシティの隣町だ。
だというのに、彼女はかつて暮らしていた街にはあまり立ち寄ろうとせず、戻ってきたことを知らせなかったということになる。

エンジュジムのジムリーダーの名前が届かなかったなんてこと、あるだろうか。
かつて親しくしていたマツバという少年がエンジュジムのジムリーダーをしているということに気付かないなんてことがあるだろうか。

──そう考えると避けられているのかもしれないと分かった。
幼い時に親しかった相手も、時が経てば関心がそれほど無くなることだって普通に有り得る。
けれど、こうしてもう一度巡り会う機会が与えられたのなら。
手放すことはしない。

「シロネにもう一度会えたら、言おうと思ってたことがあるんだ」
「なに?マツバ君」
「再会出来たら……僕と結婚して欲しい、って」

あの日、彼女に伝えた、拙い恋心。
長い愛情にする決意を胸に口にした言葉。
再会して間もなく、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
彼女は目を丸くして、じっと僕を見上げていた。
羞恥心というよりも動揺だったのだろう。

──なにせ、あの時とは状況が違う。僕も彼女も、もういい大人になった。
子供の冗談や、青い青春とは訳が違うのだ。

「やだな、マツバ君、あれは私が寂しくならないようにって小さい時の口約束で……」
「僕は本気だったよ。気休めではなく……君が好きだったから」
「……」

答えを急くつもりではなく、ただ単にこの12年伝えられなかった本心を伝えたかっただけだった。
もう少し、再会の時間を純粋に楽しんで、馴染んできてから伝えるのがきっとアプローチとしては正解な筈だったが。
彼女の目を見て直感したのだ。
この機会を逃せば彼女はまた、居なくなってしまうだろうと。

その時だった。
海が、荒波を立てた。

水しぶきが突如上がったかと思うと、大きな影が突風と共にやって来る。

「まって、だめ!」
「なっ……!?」

彼女は僕の前にたって、それから守るように腕を大きく広げていた。
白い翼を広げたポケモンは、僕を見据えて威嚇しているようだった。

──僕はそのポケモンを知っている。
うずまき島に居るとされている海を司るでんせつのポケモン、ルギアだった。
ホウオウと同じ、対を成すでんせつのポケモン。
それが今目の前にいるなんて、信じられるだろうか。

「違うの!昔馴染みに久々に会えて、吃驚しただけだから。私を傷つけようとしてたわけじゃないから。だからお願い、怒らないで……?」

そして、更にルギアはまるで彼女と会話をしているようだった。
威嚇をしていたルギアは彼女が撫でて首元に抱きつくと、段々と大人しくなっていく。

そこで漸く彼女がなぜ、ジョウト地方に戻ってきていたのにエンジュシティに戻ってこないのか。
僕を避けていたのか、漸く理解した。

彼女は、選ばれていたのだ。
白銀の翼をもつ、ルギアに。
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