Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
陽はまた昇る日々
世界は畝り、再生する。
どれだけ破壊されようとも、喪われたものがあろうとも。
また陽は昇る。また陽は落ちる。
それを繰り返して変わらない毎日が過ぎていくのだ。

メテオを噴き上げたライフストリームが防ぎ、世界の脅威が取り除かれた後。
世界には大きな爪痕を数多く残しながらも、人々は今を生きるために生活基盤を整えようとミッドガルの外側に弧を描くような街を作り上げ始めていた。
神羅カンパニーは壊滅状態となり、ミッドガルにあった巨大なビルも崩壊。カームもまた大半が崩壊を起こした中で、世界を支配する神羅から、世界を再生する神羅へと形態を変えようとしていた。

──今日は、カームの被害状況と再建についての打ち合わせをするつもり。

そんな恋人からのメールを受け取った赤い髪を結わえた黒スーツにゴーグルという不良が社会人を着込んだような。それでいてしっくりと来る程に様になっている姿の青年は口角をあげて笑った。
世界が救われた次の日から、恋人は自分とは違う方に引っ張られて忙しそうだった。
何せ、自分達タークスとかなり深い縁があり、ルーファウス社長の命を救ったとは言えども、彼女はあくまでも元神羅である。
そして、クラウド達に間接的に協力をしていた人であり、クラウドと共に星を救った英雄となったケット・シー……リーブ・トゥエスティと縁の深い人間だ。
人々から恨まれる対象の神羅ではなく、称えられる英雄達の傍について復興支援や、それに付随する護衛や連絡を買って出ている運び屋のプロは忙しいのだ。

「レノ先輩、なにニヤニヤしてるんですか?」
「ニヤニヤって人聞きが悪いなイリーナ」

端末のメッセージを眺めて緩んだ表情を情緒の無い言い方で指摘した見た目に反して、レノに対しては可愛くない所が目立つ後輩のイリーナ。
彼女もまた、クラウドを追っていた時には新人だったが、世界からバッシングを受ける立場となったタークスに所属し続けている。
──尤も、ヴェルド主任達の件はともかく、基本的にタークスを辞める時は死ぬ時だという暗黙の了解があることは置いておいてだ。
統括を任されていたハイデッカーも死亡して、神羅も縮小となった今となってはそんなルールは本来無視しても、もう支障はないのだが。
タークスであることに誇りを抱き、ルーファウス神羅の世界再生の意思に同調し、世界への償いをすることもまた使命だと感じているからだろう。
ツォンが居るならイリーナも辞めないだろうという無粋な指摘はさておきだ。

「レノが上機嫌に連絡を取る相手は、一人しか居ない」
「あーアンナさんですか。業務中にデートの約束でもしたんですか?今となってはタークス相手に連絡してくれる人ってだけでも随分と友人想いな方ですよね」
「あん?」
「……そうか、イリーナは知らなかったな」
「えっ、なんですか」

イリーナの発した友人想いという言葉に違和感を覚えたレノはソファから身を乗り出す。
わざと煽られているのか──この後輩ならやりかねないと一瞬過ぎったのだが。
それと同時に世界再生でそれ所ではなく、メテオが襲って来た日にアンナと会話したことをイリーナには伝えていなかったことを思い出す。

「アンナはもうオレの彼女だぞ、と」

自慢げに宣言したレノの言葉に、イリーナの目は丸くなり、大きく開かれていく。

「ええ!?マジですか。レノ先輩、アンナさんと恋人になったんですか!?」
「おいおい、そんなに驚くことはないだろ」
「脈アリだったんですか!?あのレノ先輩とは違って外側も真面目さと誠実さが出てるアンナさんが!?」
「イリーナてめっ」

脈ナシなのか脈アリなのか、レノ自身も分からない時があったのは確かだが、人にこうもはっきり言われると反論したくもなる。
確かにアンナが弱った時に少しつけ入るように抱き寄せて、そのまま夜を共に過ごしたが。

──自分が弱ってる時に近付いてくる人間には気を付けろなんて言葉があるが、自分でやっておきながらその通りだと思う。
慰めたい気持ちも間違いなくあったが、下心が無かったとは言えないのだから。

「……レノ先輩だけ成就してるなんて」

小声で呟いたイリーナは物憂げに溜息を吐く。
羨ましいとか、妬ましい訳ではない。ただ、少し、本音が零れてしまった。
タークスは立場が立場である以上、普通の恋愛をするのが難しくもあり、自分達が想い人とする人が既に誰かを想っているという苦い現実がそこにある。
だからと言って好意を簡単に捨てることも出来ないのがイリーナであり、ツォンであり、ルードであり、今はタークスを離れたシスネだ。
レノが特定の誰かに好意を抱くようなタイプには見えなかったのだが──アンナへの感情に折り合いを付けることを長年悩んでいたのを隠していたからそう見えてしまったのだろう。

「ま、オレが早死しないっていう条件っつうか、そういう前提でな」
「えっ、それが条件、ですか?」
「……タークスである以上、絶対は無いが……それこそ“死守“だぞ、レノ」
「だな、相棒」

ルードの挑戦的な確認に対して、レノは不敵に笑って当然だと笑った。
このヒーリンロッジで寝泊まりしてることが殆どであることを考えると、アンナと同棲はしていないのだろう。

「つーことで業務後にカームに行ってくる。明日は非番だからな。連絡は余程の緊急じゃないと出ないぞ」

そのまま恋人であるアンナの家に転がり込んで一日は帰って来なさそうなレノの発言に、何時もなら鋭く返すイリーナも「電話は掛けませんよ。レノさんの“ヴァ“カンスくらい、私ひとりで賄えますよ」と返すだけだった。
メテオ飛来の際に多くの命がライフストリームへと還り、ルーファウス社長でさえ死にかけたような出来事の後だ。
一緒に過ごせる時間を噛み締めることが出来るのは当たり前ではないと、タークスである彼女達も重々理解したからだった。


「レノさん、今日はあんまり飲まないんですね?」

翌日、レノとアンナが合流した店は小洒落たバーやレストランという訳ではなかった。
カームはミッドガルに隣接した町であり、メテオによって大半が崩壊した。
その中でも防空壕が近くにあったからこそ、甚大な被害を受けることは無かった酒場が、周囲から飛び散った瓦礫を取り除いて営業再開をしていた。
そこのテーブル席に腰掛けるのは、仕事でカームやミッドガル周囲に出来ている街エッジに滞在する恋人に会いに来たレノと、その恋人だ。

「昼からべろべろに酔っ払っちまう男なんて嫌だろ?」
「それはそうかもしれないけど、レノさんが酔い潰れた所なんて見たことないかも」
「非番を急に取り下げられること有り得るし、任務に支障をきたすのはプロ失格だからな。酔い潰れないからハニートラップにだって引っ掛からないしな」
「……ハニートラップ、仕掛けられることあるんですか」
「諜報役と知らずに諜報活動して来ようとするやつは居なくもなかったからな。……もしかして妬いてるのか、と」

少し反応が何時ものテンポと違ったことに気付いたレノは、アンナの顔を覗き込む。

涼やかな性格を連想させる顔立ちをしているが、気性は穏やかで芯の強い性格をしているアンナが、付かず離れずの友人関係から監視対象へと変わり、そこから恋人になったのが、未だに不思議な感覚を覚える。
恋愛対象ではなかったはずの自分に妬いてくれるようになるなんて。

「……レノさんがモテていたことは知ってますし」

妬いたのかという問いに肯定する訳でもなく、自分に言い聞かせるように呟くアンナに、レノは声を上げて笑った。

「な、笑わなくても」
「可愛い誤魔化し方されたらそりゃ笑っちまうだろ」

──妬いてるだろう、これは。
アンナも本命のモテ方をしていることを神羅時代から知っていたレノとしては、寧ろ自分がその事実に焦ったり頼むからこれ以上余計にアンナへ好意を向けてアプローチする男は出てこないでくれと思っていたのだが。
そんな感情をアンナも自分へ向けてくれいる事実に、湧き上がる欲望がぐらぐらと音を立てて煮立つのが分かった。

「オレからアプローチしたのなんてアンナだけだし、アンナからのハニートラップなんて大歓迎だぞ、と」
「し、しません。運び屋には範囲外の仕事ですー」

至極真っ当な回答にレノは肩をすくめる。
アンナのハニートラップは真剣にやられたら欲望に駆られないように自制心を働かせないと煩悩に負けそうな物になりそうなのだが。
運び屋だから諜報や暗殺をする訳でないし、そういう手法を使う必要は無いのも確かだ。
それはそれで、自分だけが知る今のアンナの肌を曝け出して人を蕩かすような色香を他人に見せる可能性がなくて安心する。
そして安心したと共に、脳裏に浮かんだ甘く蕩けた彼女の姿を思い返し、熱が込み上げてくる。

「なあアンナ。アンナの家に行ってもいいか?」
「……簡単なパスタしか作れる食材、ないですよ?」
「もっと別なもの、食べるからいいぞ」

つうっと艶めかしく撫でるレノの手にびくりと跳ねたアンナは振り返ってレノを見上げ、「レノさんセクハラですよ」と何時もの言葉を言ってくるが。
拒絶の声音ではなく照れ隠しするような声に、レノは肯定だと受け取り、逃がさないという意思を表すように指を搦めとる。

さあ、陽が沈み行くのを楽しみながら、今日が来るのは当たり前ではないこの日々を楽しもうでは無いか。
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