Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
変わらない斜陽
セフィロスは居なくなり、メテオも破壊され。
世界が大きな傷を負った後の世界。
星を巡る流れであり、すべての命の源であるライフストリームによって発展を遂げていたこの星は、大きな転換を余儀なくされていた。

神羅カンパニーは事実上ほぼ崩壊したも同然で、誰が世界を引っ張る訳でもなく。
自らの足で立ち、今日を。
そして明日を生きることに懸命だった。


「リーブさん、こんにちは」

アンナのバイクはとあるビルの前に停められ、顔パスでビルの中へと入っていた。
彼女を出迎えたのはボランティア団体である世界再生機構のトップとしてメテオによって傷ついた世界の立て直しを計るリーブだ。
神羅を互いに離れた今でも、リーブにとってはアンナは腹心の部下であり、アンナにとってリーブもまた尊敬する最高の上司であった。

「いつもありがとうございます、アンナさん。調査委員会への連絡役、お疲れ様でした」
「いいえ、こちらこそ。大役を任せていただきありがとうございました」
「ライフストリームの影響の調査……聖痕症候群なんてものも確認されてきている中で、近辺に魔晄の影響を受けたモンスターが居ないとは限りませんからね」
「その意味でも私が適任と思ってもらえるのは嬉しいですね。ユフィはマテリア見つけると拾って行っちゃいそうですし」
「あぁ、それは間違いありませんねぇ……協力してくださってるユフィさんには感謝が尽きませんが」

かつてクラウド一行として星を救う旅をしていた仲間たちも、今はそれぞれの道を歩んでいる。
ユフィは時々押しかけるような形でリーブの活動を手伝い、バレットは新しいエネルギーを見つける為の活動を行い、シドはパイロットとして新しい飛行艇を作り始めて現役復帰する等。
新しい世界の中で、それぞれ生き方を見つけようとしている。
──そして、自慢の後輩となったクラウド・ストライフは。

「リーブさん、連絡役はともかく……お声かけ下されば、何時でも護衛ならやりますからね?」
「ふふ、それは有難い申し出ですが駄目ですよ。アンナさん。危険が多過ぎるってヴィンセントさんにも止められたじゃないですか」
「運び屋時代からそういうのには慣れっ子なんですけど……」
「ルーファウス社長の代理人を務めて下さっているだけ有難いですよ。このボランティア活動が行えているのは、間違いなくその資金があってのことですからね。アンナさんが運び屋を辞めてしまったのは意外でしたが」
「運び屋は頼れる後輩が継いでくれましたから」
「うーん……本当にあのチラシで大丈夫なんですかね、クラウドさん。何でも屋改めてストライフ・デリバリーサービス……実力は確かですけど、クラウドさん、人付き合いが得意とは言えませんし」

バイクの扱いに慣れており、更には自分よりも腕が立つ頼れる後輩、クラウドに役割を託した。
確かに人付き合いが上手いと言うよりも孤独になろうとして人を避けてしまうクラウドではあるが、彼ほど運び屋に適任な人は居ないだろうとアンナは確信をしたのだ。
同じ神羅に所属していたとしても、一般兵と幹部の護衛で全く同じ立場では無かった先輩と後輩という立場だったが、神羅を抜けた後に運び屋として先輩と後輩になることは感慨深くあった。
セフィロスの凶行を止めたクラウドは、世間的には知られていなくてもかつてのセフィロスのような英雄の如き活躍をしたが、アンナにとってはずっと可愛い後輩なのだ。

「リーブさんも何かあったらクラウドに仕事、頼んでくださいね?……最近、WROの組織が大きくなってきているのが少し心配ですし」
「……そうですね。私の想像よりも早く、そして巨大になってきていることを感じます。だからこそ、クラウドさんやユフィさん、アンナさんのような立場の方が居てくれて私も安心します」
「神羅との連絡係兼、情報収集係の立場に過ぎないですけどね……何時までも曖昧な立場っていうのが、私らしいような気もしますが」
「……いいんですよ、アンナさんはそのままで」

リーブとともに世界を再生するために奔走する光の道でもなく。汚れ仕事ではないとしても、現在の神羅に所属する訳でもなく。
その中間として人と人を結ぶ、間の存在。斜陽のような在り方は、世界が変わったとしても変わらない所であり、アンナの生来の生き方であった。

「クラウドが教えてくれたんですけど、今度ティファさんがセブンスヘブンのお店をエッジで再開するらしくて。行ってみようかなと思ってます」
「レノさんとですか?」
「り、リーブさん……」
「これは失敬!ついつい気になってしまうんですよね」

レノの名前が出た途端、それまで仕事の出来る女性として凛としていたアンナの顔は想い人の髪色を連想させるように赤く染っていく。
神羅カンパニーのタークス所属のレノ。その肩書きは神羅がほぼ崩壊した今となっても変わらない。

「レノさんや社長に、アンナさんを神羅に取られないか少し不安ですよ?WROの協力者でいて下さってるというのは、それだけ私にとって安心出来る」
「前は一緒に仕事出来たらって思ったことも何度かあったらしいんですけど、今はそうじゃない方が安心するって、言われて」
「……、成程。レノさん、ちゃんとアンナさんを大事にしてくださってる訳ですね」

武力で反抗勢力を押さえつけようとする神羅はもう形骸化しているとはいえ、それまでの神羅が行ってきた実験やジェノバ等の遺産が残っている中で、その後始末をする場所に所属するとは相応の危険もあるのだろう。
レノは、アンナの実力を知った上でその危険からは遠ざけようとしている。
彼女が、別の場所に所属していたとしても、気付けば何かを救う為に動いてしまう人であることを、身をもって理解していたからだ。

だが、彼女をそういう生き方でいさせてくれるレノなら任せられるものだと、父親代わりのようになっているリーブは微笑む。


「……WROのビル、こんな所でいいのかな。まだ拡大しきってないからいいけど……」

ビルを出たアンナは世界再生機構の本拠地を見上げて、心配を口にする。
最初はリーブを中心に組織されたボランティア団体だったが、この一年余りで急成長をしてきている。
おそらく、リーブの予想を上回るペースで。
彼の身が危うくならないよう、WROと距離を離さず連絡役でありたいと強く思うのは、リーブの身を案じてのことでもあった。

バイクに跨り、アンナはエンジンを吹かす。
幸い、元々住んでいた八番街の家からはメテオ襲来前から殆どの物を引き上げていて、一文無しにはならなかった。
リーブとかつてかわした「新しい家を紹介してほしい」という口約束を彼は信じ、アンナはリーブの勧めでエッジに家を間借りしていた。
ハイウェイを駆け抜けて、人込みに気を付けながら減速してエッジの中央広場を通り過ぎようとした時。


「あれ?レノさん……!?」

エッジの中央広場に、見覚えのある赤い髪と黒いスーツを身に纏った男性を見つけたアンナはバイクを止めて駆け寄った。
神羅カンパニーが崩壊した後だからこそ、このエッジでスーツを着ている人はやはり少し目立つ。

恋人ではあるが、彼は社長が療養しているロッジを拠点にしているため、今は一緒に暮らしていない。
直接会えるのも3週間ぶりのことだった。
レノに駆け寄ったアンナは普通に再会を喜ぼうとしたのだが。
近づいて来たアンナの手を取って引っ張り、レノは腕の中に久々の恋人を抱きしめた。

「久々のアンナを堪能させてくれよ、と。なかなか頻繁にエッジに来る訳でもないしな」
「れ、レノさん、通行人の人がいるから……!」
「んー?通行人にキスでも見せつけるか?」
「せ、セクハラだからね、レノさん……」
「恋人ならセクハラも何も無いだろ」

正論を返されたアンナは閉口して、大人しく腕の中で体温を堪能する。
このエッジの大通りを歩く人は友人同士や家族、カップル等、実に様々だ。中央広場の隅で抱擁しているカップルのことなんて気にも留めない。
それが例えタークスであろうと。世界再生機構の情報係であろうと。

煙草の香りが鼻を掠めて、不思議と落ち着く。

「アンナの家にこのままオレも一緒に帰っちまおうかなー」
「……レノさん、本当は何か仕事があって来てるよね?イリーナさんとか、ルードさんに怒られるよ」
「げっ……バレてる」

肩を竦めるレノにアンナはくすくすと笑う。
監視役として自分の家を訪ねに来てくれていた時から、何時になっても変わらない会話を懐かしみながら、バイクを引いてレノとエッジの街を歩く。

世界が大きく変わっても。レノとの関係が変わっても。
変わらないものも、この世界には確かに残されているのだ。
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