Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
一時休戦の閑静
日々、過酷な任務を担っているタークスだが、仕事である以上休みというのは設けられている。
疲れを癒すためにミッドガルから遠く離れたウータイへと、ツォンを除くタークスのメンバーは足を運んでいた。
数年前まで戦争をしていたウータイだが、終結をした今では観光地へと変貌を遂げている。
厚いプレートと魔晄炉の煙で覆われたミッドガルとは異なり、竹林などの自然が豊かな土地はミッドガル暮らしにとっては非日常的な空間だ。

「あー、折角の休暇。アンナと来たかったぞ、と」
「先輩さっきからそればっかりですね」
「何だよ、お前こそツォンさんもこられればよかったのにって言い続けているじゃねぇか」
「そ、それは、タークスの休暇ですよ!?ツォンさんも居たらと思うのは当然じゃないですか。というか、先輩の趣味の良さが未だに意外というか信じられないんですけど」
「……喧嘩売ってるな、イリーナ」

タークスの三人が訪れていたのは、このウータイの中で一番大きな酒場だった。
プライベートにおいて、人の恋話にちょっかいを出したがるレノは相変わらずだが、アンナとの微妙な関係が知られてしまった今、レノも言及される対象となっていた。
イリーナに知られたことはレノにとっての誤算ではあったが、彼女がアンナを発見して連絡をしてくれなかったら、ゴールドソーサーでのデートが実現しなかったのは事実だった。

「つうかルード、お前が口を滑らせたからだろうが」
「その件に関しては、奢って無しになっただろう」
「……チッ。この酒代もルードに奢ってもらおうと思ったってのに」
「それに、俺がイリーナに間接的にでも言っていなければ、あの日イリーナは電話をかけてこなかっただろう」

正論を言ってくる相棒に対して、レノは隣に座るルードの腕を小突く。
グラスに入った氷をカランと鳴らして、ゴールドソーサーでのやり取りを思い出しているらしいレノの様子に、イリーナは物珍しそうに眺める。

「先輩がしおらしく片想いしてるのも意外なんですよね。……気に入ったら取って食いそうじゃないですか」
「俺に対してどんな印象持ってるんだよ、と。そりゃ抱けるもんならめちゃくちゃ抱きたいけどな」
「……サイテーです先輩」
「男だからな」
「……付き合えたとしてもその後を心配してしまうな」
「ルードもなんだよ。ルードだってあの女に対してそういう本音もあるだろ」
「……」
「ところで、会ってみて思ったんですけど、アンナさんって……どうして神羅を離れたんですか?今でも、タークスも彼女に仕事を回してるっていうじゃないですか」

イリーナの疑問は至極当然のものだろう。
アンナが神羅を憎んで離れたのなら、そもそも今もこうして縁が続いている筈はないし、アバランチ等の反神羅組織に属していても何ら不思議ではない。
しかし、彼女は今も神羅からの仕事を、彼女の中で引き受けてもいいと感じたものに関しては引き受けている。
例え大怪我に繋がるような危険な仕事だとしても、だ。

「アンナが神羅を離れたのは仕方がないというか……英雄を知っちまったからなんだろうな」
「……違いない。好意こそはなかったようだがな」
「先輩たちが何の話をしているのか全然分からないんですけど……」
「お前は知らなくていい話だぞ、と」

レノがケガをした影響で新人として入ったイリーナには知らない話がある。
一つ目は、アンナが辞めた原因が、クラスファーストのソルジャー、ザックス・フェアの不可解な死を聞いてのことであること。
二つ目は、タークスがザックスの失踪に関わるニブルヘイムでの一件を知っている可能性があるとして、アンナの監視任務についていたことだ。
今となってはクラウド達にも再建されたニブルヘイムの件や、神羅屋敷の件を知られてしまっていることを考えればアンナに知られているかもしれないという警戒をするほどでもなくなり、監視任務の優先度はかなり下がっている。
それに、アンナがリーブという幹部が操るケット・シーと度々行動を共にしていることから、監視の目はある程度行き届いていると社長は判断していた。

「俺としては、正直、距離を置いてくれて色々よかったと思ってるけどな」

レノの好きな女の話で酒が進んでいた中、酒場の扉が開いていたことに一歩遅れて気付いたイリーナは、顔を上げて酒場に入ってきた人物を確認した瞬間に血相を変えて立ち上がる。
そこに居たのは、タークスが日々の任務の中で追っているクラウド・ストライフ率いる一行だったのだから。

「クラウド!?」
「お前たちはタークス……!何故ここに!」

クラウドは咄嗟に剣に手を伸ばし、イリーナが立ち上がって拳を構えようとする中、レノとルードは微動だにしない。
グラスを置くわけでもなく、そのままぐびっと喉を鳴らして酒を喉に流し込む。
イリーナの剣幕と比べて、呑気に映る二人だったが、彼らにとって、今は休暇中なのだ。

「イリーナ、座れよ、と。俺達がここに来てるのは日々の疲れを癒すための休暇だろ」
「ですが、先輩!」

レノとルードの素行はともかく、仕事へのプロ意識は認めていた。
だが、普段追っているクラウド達が目の前に居るというのに、何もしようとしない二人に、新人であるイリーナは憤りを覚える。
非番ではなく、任務遂行時ならばクラウド達との戦闘も避けない二人ではあるが、彼らの中でのプロフェッショナルとは、あくまでも仕事をしている時であって、休みの時もメリハリをつけない仕事バカではないのだった。
先輩達の考えに理解できないと憤慨して出て行ってしまったイリーナの背中を追いかけるわけでもなく、レノとルードは肩を竦める。

「あーあ、行っちまった」
「ねぇ、聞こえちゃったんだけど、レノ。アンナの話してた?」
「そういえば、以前教会でもアンナについて聞いてきたな。……神羅を離れたアンナにタークスが付きまとうなんて、どうせ碌なことじゃないんだろう」
「……お前、知り合いとは聞いてたが、随分とアンナの肩を持つじゃねぇの?」
「アンナにはソルジャー時代世話になった。変な奴らに付きまとわれていたら心配になるのも当然だろう」

クラウドの言葉に、レノの言葉尻に棘が混じっていることに気付き、ルードはサングラス越しに横目で彼の表情を窺う。
随分と不機嫌そうな表情だった。
クラウドがアンナと知り合いであり、アンナもクラウドの身を何らかの理由があって案じているのは事実であり、それがレノにとって癪に障るのだろう。
アンナにとってもう知り合いが死んでほしくはない。その対象に、クラウドも居るのだから、面白くなかった。
しかし、レノの心境を察しているルードが口をはさめないのは、彼もまた目の前に恋い慕う相手が居るからだった。

「ねぇレノ、もしかして、アンナのこと、好き?」
「は?」

会話を聞いていたエアリスの唐突な質問に、クラウドは意味が分からないと声を上げる。
だが、その問いに対して即答しないレノに、エアリスとティファは察する。
そして、度々アンナからレノの名前を聞いていたケット・シーは確信する。

(レノさん、ほんまにアンナさんのこと好きやったんか。まぁいい子やしなぁ〜でもいい子やからこそ複雑っちゅうか、娘を出したくない父親の気分みたいになるっちゅうか)

「ケット・シー?」
「何でもないで、ティファさん。いやー若いなぁ思うてただけなんで」
「……もしそうだったらどうするんだぞ、と」
「ううん。アンナが辞めたばっかりの頃……すごく、落ち込んでたから。明るくなってきたのは、私じゃなくて、レノだったんだなーと思っただけ。アンナは、私の大切な友達だから」
「お前が……?何かの冗談だろう」
「だからお前はアンナの何なんだよ、と。こっちは休暇で来てるんだ。見逃してやるから、お互い不干渉だ。いいな?」

適当にあしらうと、エアリスは満足そうににこにこと笑いながら、見逃すことに納得のいかない様子のクラウドやバレットの腕を引っ張って店を出ていく。
今現在、相対している相手にアンナへの好意が知られるというのは非常に複雑な気分であったが、神羅を辞めた当時のアンナを知っているエアリスの目から見て、自分が彼女を変えたのだとしたら。

「……悪い気分じゃねぇな」
「足しげく通っていたのが良かったということか。エアリスの目から見てそう映るのなら、確かなのだろう」
「最初はそのため、じゃなかったけどな。……つうか、俺の知らない間のアンナもクラウドが知ってるっつうのは腹立つな」

──実際、あまり乗り気ではない任務だったが。
それでも接点があったからこそ、今の関係があるのだから、お互い微妙な立ち位置で過ごして来た五年間は決して無駄ではなかったのだ。
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