Before Blue
- ナノ -

衝突も絶えず一回目の特別実習で上手くいかなかった原因にもなっていたユーシスとマキアスを加えたリィンやフランを含める班のバリアハートでの特別実習は上手くいったのだとサラに聞かされた。
フランも二人の仲介に一役買ったようだが、リィンが本人に自覚はあるかどうかはともかく率先して引っ張ったことを考えると、やはりフランは前回通り背中は押すものの距離を置いて見守る役目に落ち着いているんだろう。会ってまだそんなに経ってるとは言えないが、フランはそういう性格だ。

休みだったが生徒会室に立ち寄った後は特に用事も無かったから帰ろうと一階に降りたその時、一階の学食の席を探していたらしいフランを見付けて立ち止った。フランが所属している部活の部室は確か校舎の一階だから部活って訳でもないんだろう。鞄を持っている辺り、もしかして自習をしに来たんだろうか。


「フラン」
「クロウ?こんなに早いなんて珍しい……部活?」
「いや、俺部活入ってないからな。そういうお前こそ部活じゃないっぽいけど、まさか自習か?」
「特にすることもないからそのつもりだけど……ちょっとなにその顔」


予想通りの回答についまじかと呟く。折角の休みに勉強なんて俺の感覚ではあり得ないが、フランは好きな学問にしか力を入れないアーサーとは違って生真面目で貴族の淑女として鑑となる程に模範生だった。

「なぁ、フラン。ちょっと俺に付き合わねぇか?」

Z組がバリアハートで行ったことも含め直接色々と話を聞きたいという本心は隠しながら丁度昼時間時だしと誘うと、フランも食べるつもりだったのか勿論と頷く。空いた席を取ってフランと昼を買いに行く。


「フランはどれにするんだ?」
「私は、これにしようかと思って」
「んじゃあこれとこれ、頼むぜ」
「えっ、ちょっと!」
「俺が後輩に奢るなんて珍しいんだぜ〜?」
「じ、自分で言う……?そうじゃなくて!」


有難く受け取っとけとフランの分も頼んで支払うと、フランはそういう訳にはいかないと財布を開けようとするが、俺が「ほらもう俺財布仕舞っちまったし」と言うとフランはううっと唸りながらも最後は諦めたのかありがとうと呟いた。
この様子をゼリカとかに見られたらあまりに珍しいと驚かれるんだろう。後輩に奢るどころか後輩にたかることが多い俺が奢るのも滅多にない話だ。

席について食べ始めて「そういえば実習の方はどうだったんだよ?」と切り出すと、フランは一瞬ぴたりと動きを止めたが、上々だったわよと頷いた。


「初めはどうなるかと思ったけど、最後にはまとまってね。……まぁ、貴族が圧倒的に権力を握る街を改めて自分の目で見て、個人的には色々と思う所もあったけど……いい実習だったわ」
「あぁ、あそこは帝都の貴族とも違うしな。やっぱ貴族ともなると威厳も影響力もあるもんなんだな」
「……」
「フラン?」
「えっ?そ、そうね……」


フランの反応が一瞬鈍くなったのを見逃さなかった。まるで他人事のようだったのは、フランがそういう立場にないからだろう。フラン家という立場上どちらに傾き過ぎることもないし、あくまで中立という立場だから他の権力を持つ貴族派にとっては敵となれば疎ましい存在であるし、更にフランはその家でも立場が低い。いや、無いような物だった。


「しかしあの問題児二人も漸くまとまったみてーじゃねぇか。随分大変だったみたいだけどあの二人もお前に懐柔されたってとこか?」
「私じゃなくてリィンのお陰よ。そうじゃなかったら今頃何も変わってなかっただろうし。前よりもよく話すようになったのは確かだけどね」
「リィンのお陰、ね。まぁ実際そうなんだろうがフランが居たのも大きかったんじゃねぇの?」
「私は何もしてないし……結局、何も出来なかったから」


独り言のように呟かれた言葉にどこかであぁやっぱりなと思う所があった。
謙遜しているというか、過小評価をしているのか他人に関わりながらも自分が誰かの為に出来ることは無いと初めから割り切っている。
ーーこういう所なんだろうな。親近感がわくと言うか、俺と似てると思う所は。

頭に手を乗せてぐしゃりと撫でると、驚いたのか肩を揺らして見上げてくる。気丈に振舞って自立しようとするその心構えは立派だが、あまりに危うくひた向き過ぎて健気だった。


「な、なに……!?」
「誰かを変えられるかどうかは自分で決めるもんじゃなくて、そいつが決めるもんだろ?何も出来ないって言うやつは関わってすらいないっての。お前は自分を認めてやらねーと」
「……」
「だろ?」
「……見直した」
「へっ」
「あくまで少しだけね」
「そこは言わなくていいっつーの」


念を押すように少し、と言われておどけるようにがっくりと肩を落として不満を口にしたが、フランにしては珍しく楽しむような悪戯な笑みを浮かべていたから、その表情を見せてくれただけまぁいいかと納得して頭を掻いた。
しかし、フランは本当に弱さを見せようとしない。少し見せてもすり抜けてしまうし、全く相談してくることはなかった。いや、そもそも悩みを他人と共有することに意義を感じることすら、鈍ってしまっているのだろう。

しかしその時ふっとフランに視線を移すと、凛と真っ直ぐと自分の目を見ていたから思わず息を呑んだ。その眼差しがあまりに澄んでいて、こちらの底まで見透かそうとするようだったからつい一瞬身構えた。

ーーだめだ、この境界線を越えられるわけにはいかない。


「クロウは今の貴方自身を認めてあげてるの?」
「……はは、何でそんな事聞くんだ?」
「いえ、ちょっと聞きたくなっただけだから気にしないで」


その問いに対して、俺も笑いながら濁すことしか出来なかった。

学生クロウ・アームブラストという顔を俺自身が認めているのか、それを答えるつもりは無かった。
答えは"偽りであらねばならない"と決まっていたからだった。しかし俺がこの学院生活で得た物が無意味なものだったかというと、そうじゃないとは分かっている。けれどそれを認めて口にすることだけは俺を保つ為にも躊躇われた。

本当に、他人をよく見ている。
自身の成すべきことにしか興味が無い歪みがあれども、それと矛盾した誠実さがやはりあるからこそ他人に伝えられて響かせられるんだろう。
しかしフランも直感で何となく感じ取り気になったから口にしてみたというだけのようで、それ以上深く聞いてくることは無かった。


「ところでクロウは定期考査、大丈夫なの?」
「ははー大丈夫に決まってんじゃねぇかー」
「……全然大丈夫そうじゃないっていうのは分かったわ……」
「山張って、テストに備えて体力を温存するってのも大事だろ?」
「はぁ……クロウらしいけど。凄く」


全くテスト勉強をする気はないことに呆れながらも、自分の兄貴もまた副会長と言えども人のことを言えるようなことはしていないと知っていたから咎められはしなかった。


「一年の教科だろ?実戦的な物なら教えてやれるぜ。それなら得意だしな」
「……ふふ、じゃあお願いしようかしら。でも、クロウって急に現れたり居なくなったり、見つけようと思っても居ないイメージよね」
「そうか?じゃあ番号教えといてやるよ」


フランのARCUSを取り出してもらってそれに俺の番号を登録しておく。フランからも番号を聞いて机の下で手早く登録してポケットにしまった。何だかんだ一年生で初めて登録したのはフランなのか、とぼんやり考えながら、食べ終えて手を合わせてご馳走様と呟くフランをぼんやりじっと見ているとフランは何?と不思議そうに問いかけてくる。


「そういやこの三階に貴族のサロンがあるらしいが、フランは行ったことあるか?」
「いえ、私はあまりそういうのに興味ないし、あの雰囲気が苦手で。アーサーも行ってないでしょう?」
「あぁ、アイツもゼリカも苦手だからな。アーサーはともかく、お前は歓迎されそうだけどな」
「……、貴族であること前提とした場での交流って……好きじゃないのよ。裏を返せば貴族以外は立ち入るなっていう線引きでしょう?」
「俺達平民からしたら貴族らしいなってもはや別世界の話だが……やっぱ、フランって貴族らしいとこもあるけど俺達に近い部分もあるよな〜それが親しみ易いのかも知んねぇけど」
「そう、ね……確かに、貴族らしさがある意味、欠けてるのかもしれないけど」
「それをマイナスに考えなくても、お前にしかない視点があるってのも一つの見方だろ?そういうお前らしさが逆にいいと思うけどな」


フランは瞬き照れくさそうに視線を逸らしたが、ふっと笑みを浮かべてありがとうと礼を述べる。フランのそういう表情を見たのが初めてだったから驚いた。俺に対しては時々話す先輩という態度が基本だったからフラン本来の素直な反応というか、あまり砕けた部分は見たことが無かった。
こういう一面が見られて収穫だなと思った時、ふと我に返る。……興味本位で観察して胸の内に様々な問題を抱え込んでいる後輩を適度に引っ掻き回してみてるってのに、何で楽しんでるのか。

立ち上がってそろそろ俺は行くとするか、と鞄を持ってフランの分のトレイも持ってじゃあなと声を掛けようとした時だった。「クロウ!」と呼び止められたもんだから振り返った。


「どーしたよ?」
「……、また、明日。会えたらだけど」
「……はは、おう!フランも自習俺の分まで頑張れよ〜」


フランに手をひらひらと振って別れ、トレイを返して学生会館を出る。

一筋縄ではいかないような複雑な内面を持ち合わせているが、真っ直ぐな所も、歪んだ所も含めてフランらしい所が後輩として気に入ってるのは事実だった。Z組という場所で変わっていけるのならいいと思うが、引き返す道を俺のように知らないまま突き進むのだとしたら。フランが手遅れになるのも、時間の問題なのかもしれない。
しかしフランの底に在る物を指摘する時、不思議と俺自身の取り繕う事で覆い隠した内面まで引き出されそうになる。

「アーサーやゼリカとも違う、初めてのタイプだな」

頭を掻きながらも、言うほど本心は困ったと思ってないのは何でなのか──俺にもいまいちよく解らなかった。


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