Before Blue
- ナノ -

「フラン君が大怪我を負ったって!?」
「近いってのアン」


アーサーの話を聞いて黙っていなかったのがアンゼリカだった。しれっとした顔でアーサーはサラから聞いたZ組の四月の実習についてを生徒会室でコーヒーを啜りながら話していたのだが、フランが大怪我を負ったという話になった途端にアンゼリカはアーサーに詰め寄った。
リィンが居たA班ーー行き先はギデオンが領邦軍と組んで仕込んでいたケルディックだが、結果として邪魔されることになり成績も上々だったようだ。それと対照的に犬猿の仲のマキアスとユーシスが居たB班は主にそれが原因で班はばらばらになり、結果としてフランが大怪我を負ったという事のようだ。しかも魔獣に左腕を抉られる怪我だと症状を伝えると同時にアンゼリカは肩を震わせる。


「おいおい大丈夫かよ。聞く限りかなーり痛そうなんだが」
「あぁ、直ぐに治るから気にすんな」
「君は……本当にデリカシーの欠片も無い!フラン君に傷なんて残ったらどうするつもりだい!?勿論私なら彼女を引き取るが!」
「アンの意見は聞いてねぇよ!」
「お前は頼むから黙っててくれ」
「しかし冷たすぎるんじゃないかい?」
「いや……今回ばかりは、あいつが悪いんだよ。何のために守ったのかーー自分でも理解してないんだからな」


アーサーの意味深な発言にゼリカは訳が分からないと肩を竦めたが、何となく今回露呈したフランの精神的な問題点が感じ取れたような気がした。仲間を気遣って身を挺して守ったという単純な話じゃあない。
もしそれがフラン自身の為だったらそれは偽善であり己の傲慢を押し付けているといっても過言ではない。けどアーサーは何のために守ったのか自分でも理解していないと言った。つまりは自分自身の為であるとも自覚していない。何か別の物の為に当然すべきことだと思い込み、自分のことなのかどうかさえ曖昧になっているという事だ。


「よく分かんねぇけど"貴族の義務"ってやつか?」
「……合ってるような全く違うようなだな」
「ったく、はっきりしねぇな」
「しかしフラン君は私と違って他の子達からしても模範的な令嬢と聞いているからその辺りの意識も強いんじゃないのかい?」
「そうだな……ま、貴族の義務ってのは同時にその名を背負っていることを体現するってことなんだよな、結局」


細かく説明する気は無かったのかそれだけ言うとトワと合流してくるとひらひら手を振って外に出て行ったアーサーに、アンゼリカはやはり怪我をしたのに大して気にしてない様子に納得がいかないと顔を顰めていた。

ーールーファス卿がフランを誰よりも貴族らしいと言ってたのはそういうことか。
フランは家の名に相応しくあろうとした。しかし両親に結局認められることは無かったし、それどころか実の父親に除名さえされた。家の人間ではないと切り捨てられたのだ。そんな状況下で何も思わない方がおかしいだろう。
兄貴達と仲は良好だったとしてもその差は埋まらないし、その意味で理解者は居らず自立し過ぎるしかなかった。
そもそもフラン家に生まれて武術面でも政治面でも厄介な兄貴達の背を見て育ってきていて女学院ではなくこの学院に入ってZ組に所属している時点でただの令嬢じゃないってのは分かっていたが。


「なぁ、ゼリカ。俺にはよく分かんねぇけど、もし自分が貴族じゃなくなったらとか考えたことあるか?」
「そうだね、ログナーの人間でなかったらと何度も考えたことはあるよ。ただ柵でもあるし拠り所でもあるんだよ。まぁ長い反抗期を迎えている私が言えることではないが」
「拠り所、ねぇ」


生まれながらに家の名を背負うとはそういう事なのかもしれない。しかしそれが突然裏切られるような形で失われてしまった時、何を恨むべきなのか何を信じるべきなのか分からなくなりそうだ。けどあいつが自分なりの何らかの道を見付けてそれだけを目標に生きているのは何となく解った。そういう意味では俺もまた同族だからだ。

後日の自由行動日、街のチビッコ共を相手にブレードをした後、丁度キルシェから出ると歩いていたフランに鉢合わせたものだからようと声をかけると足を止めた。


「よう、フラン。奇遇だな」
「クロウ先輩……夜ご飯にしては少し早い気もしますけど」
「ん?今までチビ達とブレードやってたんだよ。これ、俺が今広めようとしてるカードゲームな」


フランの口調が初めて会った時よりもやけに堅苦しい物のように感じて違和感を覚えながらも、俺がポケットから取り出したのはブレード用のカードだった。逸らせようと同級生や子供達に広めたりミュヒトのおっさんの質屋に流したら段々と広まって行っているゲームだ。それを目にしたフランは見たことがあったのかあっと声を上げる。


「そういえばリィン達がやってたような……相手に賭けだとか言ってふっかけてませんよね」
「い、いやー良い先輩として決してそんな事はしてないぜ?って何だその信用して無い目は」
「そういう方だと思って」
「……がくっ。お前、俺に手厳しいな……敬語なのがより胸に突き刺さるわ。敬意を示してる相手と全く示してない相手にはやけに礼儀正しいって兄貴から聞いてるぜ?」
「……」
「否定してくれよ!」


気まずそうに僅かに視線を逸らしたせいか、震え声で叫んだ。入学式を迎える前に、アーサーに俺は真っ先にフランに尊敬したら駄目なやつって思われるだろうよと言われていたことを思い出す。素行に関してはそりゃ真似しないべきなのかもしれないし、フランは見た所真面目そうで俺とは正反対なのかもしれないが。


「あぁ、そういやお前左腕ぱっくりと抉られる大怪我したんだって?調子はどうよ」
「兄さんから大した事は無いって聞きませんでした?それにその言い方もどうかと思いますが……もう治ってますよ」
「そうも言ってたっけな……って、もう治ってんのか?三週間もあれば治るもんか……しかし傷跡とか残ってるだろ。ホントに大丈夫なのか?」
「えぇ、この通り」
「……、マジだな」


シャツの袖口のボタンを外してブレザーごと上に捲くったフランの腕は怪我した事も分からない位に綺麗に治っていて包帯すら取っていた。まるでそんな怪我が始めから無かったかのような治り具合で、傷跡も残っていないのは正直有り得ないーーじっとその腕を見詰めて眉を潜める。

まさか、これが呪いの盾の恩恵なんだろうか。使用者を傷付けるという戦乙女の盾を所持していると聞いている。ヴィータも言っていたが、古代遺物ではないが高位の魔導師の呪いは条理に反することもある。腕の傷の治りが早いのもそれが影響しているのかもしれない。
その腕を取って怪我を確認していたのだが、その時左手にふっと視線を移してある別の痕があることに気が付いた。それは銃を使っている人間なら直ぐに分かる痕だった。アーサーが書類訂正をしてフランに黙って持ってきた武器っていうのはもう一つの剣だったんじゃないのか?
けど右手じゃなくて左手にこんな使用して日も浅くないだろう銃の痕?


「……しかし無茶はし過ぎんなよ。その怪我もだが、あの兄貴の妹だからな。お前のクラスもまだまだ問題あるみてぇだし、色々大変そうだが」
「……」
「なんだ、俺がこんなこと言うなんて意外だったか?」
「いえ、そういう所は先輩らしいと思って。適当そうに見えるけど他人をよく見ているし、結構鋭いみたいだから。強かとも言うけれど」
「ったく、褒めてんのか?しかし面と向かって真面目に言われると照れるだろうが」


今まで社交辞令のような淡々とした反応が多かったフランが初めてフランらしく話して、そして面と向かって正直に褒めて来るものだから流石に照れ臭くなった。よく人を見てるし痛い所を突いて来てるが、その言葉に棘は無く表情も柔らかなものだった。
地面に置いていた荷物を肩にかけてフランに挨拶をして立ち去ろうとしたが、そういえば、と振り返った。


「次会った時にはその敬語とクロウ先輩、ってのどうにかしとけよー」
「……一応、考えておくわ」
「くく、期待してるぜ」


フランの口調が変わったことに気が付いて、ふっと笑みを浮かべる。
次に会った時には敬語もなくなって、クロウと呼び捨てしてくるんだろうか。情報として人に見せない表情を知るよりも、"フランらしい一面"を直に知っていくことの方がやはり興味が沸くものだ。凛としていて生真面目で、他者を良く見ているその綺麗な部分も、そして人には見せない後ろ暗い部分も全て含めて。


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