イミテーション・ブルー
- ナノ -

復讐の蒼い焔

二度とクロウのドッグタグを受け取らないなんてことを、フランに言われたのは数年前。
帝国で起きた内戦や黄昏による戦争が集結してからもう時が流れているというのは、クロウが生者になってからそれだけの時が経っていることを示している。
トワの相談を受けて調査の為に、リィンよりも一足先に共和国入りしていたクロウとフランは、連日顔見知りにまで影響を及ぼす浸食によってヴァン達が死を繰り返していることを知らなかったが。

「なに、この異様な空気……」
「トワに共和国で何かが起きてるとは耳にしていたが……この違和感、まるで黄昏の時みてえだ」
「そうね……その辺も調べたいけど、情報局に掴まれないようにしないとね。とは言っても私もクロウも経歴が目立ち過ぎだから今更だけど」
「堂々と夫婦で旅行って言って逃げちまおうぜ」
「それで納得してくれたらいいんだけど……でもルーファスさん達に今は警戒が行ってるみたいだし」

共和国を包む、異様な空気を肌で感じとって、首都イーディスの一角を歩いていた。
だが、浸食の事情を知らないクロウとフランには、まさか帝国の外である共和国に自分達の正体を知り、念入りに執着をするように浸食で促されている人間達が居ることに気付かなかったのだ。

本来ならば、執着されるはずもないクロウ・アームブラストへの執着を生み出す記憶の改ざん。
それは、イーディスを訪れて情報収集を行っていた二人を死へと追い込む下準備だった。

「帝国解放戦線《C》……オレは、お前を超えて本物になる……!」

スコープ越しに映るのは、共和国の外から来た銀髪の青年だ。
革命家の集団に属している男は記憶の改ざんを受けて、この瞬間をただただ待ちわびていた。

かつて帝国を揺るがしてたった一発の銃弾で内線を引き起こした革命家にとって理想の着地点を掴んだ男。
──何故か、"その男に劣るとも思わなければ、自分がその男を殺すことで本物になれる"という確証を持っている。大統領の暗殺も、共和国政府も全てこの銃弾で転覆出来る筈だという確証を持っている。

赤黒い浸食を受けながら、フラン達の意識から外れた遠くの建物の物陰からスコープを覗く男は、仲間の指示を確認し。
そのスナイパーライフルの引き金に指をかけた。

「それで……、っ、クロウッ!!」
「っ──」

一瞬だった。
フランが何かに反応してクロウの前に動いた刹那。
盾を構える暇もなく、フランの髪が視界の端で揺れて。
そしてゆっくり身体が落ちていくのが、やけにスローモーションで流れていく。
どさり、と地面に倒れたフランの身体に「フラン!」と叫んだ声が嫌にくぐもって聞こえて、フィルターが掛かったように思考が真っ白になる。

貫通した銃弾によって、胸元にじわじわと朱色が広がり、赤が地面に水溜まりのように広がっていく。
嘘だろう。
こんなデジャブ、あってたまるか。

「私……こん、どは、クロウを……まも、れた、かしら……」
「喋るなフラン!くそ、血が止まらねえ……!」
「あぁ……これ……もう、だめ、ね……これは……言わ……なきゃ」

──……しあわ、せ……だっ、た。……クロウ、あい……、してる……。

もっと言いたいことはある。
もっと、クロウと経験したい未来も沢山ある。
それでも、かつてクロウの死を看取ることしか出来なかった自分が、彼を守れたのだ。

その言葉を息も絶え絶えにクロウに伝えられたことに満足気に、力なく微笑んだフランの表情がふと抜けて、どさりと手が落ちる。
か細い息はすうっと静かに止まり、鼓動が止まる。
人工呼吸をしたって、心臓マッサージをしたって、回復アーツを使ったって。
もう手遅れだと分かるくらい、生気がもう、そこには無かった。
フランの鞄の金具が外れて、中に入れていた彼女のドッグタグが倒れた時の衝撃で外に出て、血溜まりの上に落ちているのを見たクロウはそれを拾う。

「……」

目を閉じて眠るように息を引き取ったフランの頬を、血で濡れてしまった手で優しく撫でてから、クロウは起き上がる。
フランは消音装置をつけた筈の遠くから放たれたスナイパーライフルに殺気で気付いたのか、いち早く動いた。
オレの心臓には届かないような狙撃制度だと言うのに、庇うように前に出た背の低いフランの胸を貫く位置に放たれてしまった銃弾。

分かってる。
そんな事をしてもフランが戻ってくる訳では無いことは分かっている。
復讐の為に屍を積み重ねたって、フランが喜ぶ訳もなく、尽きた命が戻ることがないのも、オレが一番よく分かっている。
復讐なんて無意味だと言う声が正しいのだって理解してるさ。

冷静に、嫌に静まり返った思考で、他人事のように常識的な考え方をまとめて。
両刃剣を構えて、クロウは闘気とは異なる殺気を纏う。
クロウ・アームブラストとして第二の人生を歩み出したが、帝国解放戦線のリーダー《C》も紛れもなく"自分"なのだ。

「お前ら全員、壊滅させてやるよ」

──オレの命より大切なものを奪ったんだ。人生を賭けて、弔い合戦をしようか。

思考が蒼い炎に包まれたその時、視界は歪んで時間が巻き戻るリセットが行なわれる。
今経験したことは"無かったこと"になり、そんな経験をしたかもしれないという、白昼夢を見たような朧げなものに変わる。

「──!」
「何かしら……今の、妙な感覚……」

──確かにフランが死んだ経験をしたような気がした。記憶のような、幻覚のような。
一瞬脳に焼き付いた映像がくっきりと残ったのは、フラン以上にクロウの方だった。
血の気が一瞬でさっと引き、フランを慌てて振り返ったクロウは、フランに傷がないことを確認して抱きしめた。

「く、クロウ!?」
「はー……"今"のが何だったか分かんねえが……マジで良かった……」

フランが死ぬという想像なのか、それとも経験なのか。
一度ならず計三度、自分が死ぬ、或いは消滅して死ぬかもしれない瞬間を看取らせるという経験をフランにさせてしまったが。

──病気とかでは無い事故や戦場で、オレがフランのその場面を見るのはやはり駄目だ。
一瞬見えた今の映像のように。祖父さんの弔い合戦を弟子としてやらなければ自分の気が済まなかったように。
フランを殺した集団を殲滅しようとする復讐の人生に再び戻るだろう。
大切な身内を奪われた時の行動と決断は、人間そう簡単に変わるものでは無いのだと思い知る。

「断片的に妙な映像が見えた気がしたけど……クロウも、見たの?その、……私が死んだ瞬間を」
「……あぁ」

フランを抱きしめる背中まで回ったクロウの腕の力が強まり、フランは宥めるようにぽんぽんとその腕を優しく撫でる。
私は死なないから大丈夫よ、なんて言葉で慰められるような感覚ではなく、事実として一度そういう事が起きた実感があるのだ。

「オレは変わんねえな。フランが奪われたら、代わりに奪い返したくなる。オレの人生がその後復讐に染まろうとも」
「……クロウをよく知ってるからこそ……私には、それを駄目とも言えない。もし今のが未来予知みたいな物なら、回避するか一泡吹かせましょうよ。私たちの得意な"計略"で」
「……そうだな。知っちまったら、二人で生きる道を探るか」

クロウの選択する道を"世間的に間違っている"し、"自分も認める訳では無い"としても否定する訳でもなく、やはり真っ直ぐ歩もうとするフランの光は、時々自ら照明を落とした足元を照らしてくれることをクロウは感謝する。
オレの人生に欠かしてはいけない大切な人であることを再確認するのだ。

「まさかこんな感じで俺が置いて逝ったフランの気持ちを追体験することになるとはな……今日乗り越えたらフランを堪能させてくれ」
「な、なによその予約……でも、そうね。私も、そういう気分かも」

死んだ時の記憶で撃ち抜かれた胸に左手を当てたフランは、クロウの左手に触れて安堵した顔に変わる。
フランを失わないよう守り抜こうと気を引き締め直すには十分過ぎる衝撃に──クソ喰らえと吐き捨てて。
クロウは温かなフランの体温に安堵する。

──フランは「クロウのドッグタグ、もう受け取らないわよ?」なんて言ってたが。アームブラストの名前に変えて作り直したフランのドッグタグを今度は自分が受け取るような経験はやはり、この先も御免だ。

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