イミテーション・ブルー
- ナノ -

混ざり合う銀板

──二人の夫婦が、この冬から帝国のヴェスタ地区に居を構えていた。
決して平坦ではなかった二人の道程。それはクロウの左胸の傷跡が物語っている。
しかし、とくとくと鳴る鼓動の音はフランと変わらぬ生者の音だった。
一度は止まったはずの鼓動は相棒達のお陰で再び動き出し、ボーナスステージから"日常"へと戻って来た。
クロウの首にネックレスとしてぶら下がる結婚指輪も、お互い有り得ない夢だと思っていたものだ。


フランと工房に行く予定を立てていたクロウは、ARCUSや銃を見直しながら、もう一つの物をテーブルに乗せていた。
文字の掘られた銀色の薄い金属板。
返してもらったドッグタグを眺めていたクロウは「まさかオレの手に戻ってくるとはなあ」と呟いた。

「……オレが持ってた時より綺麗だな」

傷だらけの鈍い光のドッグタグ。
出身国にジュライと刻まれた、自分が命を落とした時にフランの手元に渡ったドッグタグだ。
不幸の死の手紙として、生きた証として、遺された者に送られるそれを、フランが持ち続けていたことに罪悪感と同時に嬉しさを覚えている自分が居た。

──死んだ人間は、本来ならもう一度その人に寄り添うことは出来ない。あくまでも思い出の存在となる。
だから、死んだ男のことをある程度区切りをつけて消化して、足を止めるのではなく、新しい出会いに向かって足を進めることだって出来た筈だ。
それが正解という訳でもないし、だからと言って不正解という訳でもない。
フランは、クロウ・アームブラストという男を再会するその日まで、一途に愛してくれていたのだ。

「クロウ、準備出来た?」
「あぁ、行くか。武器とオーブメントの調整もだが、フランのやつ作り替えてもらわないと駄目だからな」
「ふふ、私もフラン・アームブラストには変えてなかったし」

フランが取り出したのは学生時代に作った旧姓のドッグタグだ。
今では名前も変わり、ラングリッジ邸のあった地区からヴェスタ地区へと移り住んでいる。
これから旅をする以上、身の危険は常にある状況を考えると、名前や場所も変えておこうという判断だった。
ヴェスタ地区から少し外れたオスト地区に来ていた二人は、工房へと足を運んでいた。
マキアスの家があるこの地区はどちらかというと貴族反対派の意見も多かったが、黄昏を経たのもある上に、元々フランへの風当たりは強くなかった。
平民中心の地区と言えども、居心地の悪くないこの地区の工房を使うことは多かったし、帰りに地元のカフェへ寄って帰ることもあった。

それもこれも、生きているからこそ出来る経験だ。

工房に入った二人に、ある程度顔なじみになった店員は「いらっしゃいませ!今日はオーブメントですかね?」と声をかける。
そこでフランのドッグタグの文字を掘り直したいという話をすると「一回表面を溶かして、彫りなおしという形でいいですかね?」と問われ、クロウは思案した。

「フランのドッグタグが一回溶かして作り直すんだったら……その分金属が分厚くなっちまうが、オレのこれと混ぜて作るか?」
「それって……クロウが学生時代に作ったやつ?でもそんなこと出来るの?」
「ええ、出来ますよ!確かに金属二枚分なので少し分厚くなって重くなりますが、それでも良ければ」

学生のクロウ・アームブラストのドッグタグは、生まれた年も出身地も全て詐称して作られているものになる。
それも学生時代の思い出として取っておいてもいいのだが──命を落とした後もフランが持ち続けてくれたドッグタグへの思い入れと比べてしまうと、込められた意味の重みも異なる。
せめてこのフェイクだと当時は言い張っていた頃の自分があったからフランに出会い、今の現実があるのだという巡り合わせを軌跡とする意味で、フランのドッグタグと一緒にして貰えるなら。

クロウの提案の今をどこまでフランが汲み取ったのか、クロウには分からなかったが、彼女が頷いて店員に頼んでいる姿に微笑み、偽りの情報が刻まれたドッグタグもカウンターテーブルに置いた。

「クロウも文字盤変えるの?」
「元のやつに付け加えて掘るって感じだからな。ジュライが生まれた場所ではあるが、現在地も必要だろ?ヴェスタ地区って入れとかないとなと思った訳だ」
「……まさかこのドッグタグに、そんな文字を付け加えられるなんて。夢にも思ってなかったわ」
「……だよな。去年の八月に返してもらうのを拒んだことに関しては弁明のしようもないが、今はただ"良かった"って言っておくか」

クロウとフランは作り直すための文字を紙に書いて渡し、作業が完了する一時間後に戻ってくることを約束して店の外へ出た。
ジュライ特区が帝国に併合されるのは仕方がないことだったかもしれないと理解していたし、帝国自体に恨みがある訳では無いが、まさか自分が帝国の土地の文字をこうして刻むようになるとは。

──あぁ、本当にオレも変わったよな。

晴れ渡った宙を仰いで今を噛み締めているクロウの肩をとんとんと叩いて、フランは悪戯に笑った。

「クロウのドッグタグ、もう受け取らないわよ?」
「おいおい、そしたらオレがフランより長生きになっちまうじゃねえか。そりゃ勘弁だな……」
「ちょっと、また私を置いていくつもり?私だって勘弁よ」

冗談としてこんな話ができるようになって笑い合えるようになったのだから。
オルディーネ、お前のおかげだな。

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