Violetta
- ナノ -
堪らなく、好きな子が居た。
その子にチリちゃん、と呼ばれたくて。
格好いいねと言われたくて。
駆け足で、ポケモンセンターへと向かうのだった。


ポケモンリーグの四天王という肩書きは、ジムリーダー同様、決して軽いものでは無い。
第一面接、そして第二の試験のポケモンバトルの先方を務めているのは多忙を極める。
アカデミーの一割に満たない人数しかこのリーグに辿り着けないとしても。チャンピオンの座を求める人間の素質を見極めなければならない。

今日の挑戦者は一次面接を二度目で突破して、実技テストにまでたどり着いたトレーナーだった。
四天王一人目としてのバトルを任されているが、自分で負けることはあっても次のポピーを倒す挑戦者はなかなか居らず。
更には三人目、四人目までたどり着いたのもネモ以来現れていない。
今日の試合が終わり、くたくたになったポケモン達を回復してもらうためにポケモンセンターへと早足で向かう。

試合が終わったあとの、この時間。
気骨のある挑戦者の良さを噛み締める時とは別に、癒しで愛すべき時間でもあった。

「チリちゃんやで!チリちゃん来なくて寂しかったんちゃう?」
「ふふ、おつかれさまチリちゃん」

リーグに併設されている臨時のポケモンセンター。
そこに居るジョーイさん、もといエヴァ。

彼女は柔らかな笑顔で手を振って自分を迎え入れてくれる。
チリちゃん、と呼んで迎え入れてくれるこの時間は至福だった。
寂しかったと言ってくれるともっと良いのだが、逆にそれくらいの距離感が今は楽しかった。
ポピーまで察して、自分が彼女の元に行っている時はアオキさんと帰ろうとする位だ。

「あー珍しく接戦やったわ。エヴァのハグで疲れきったチリちゃん元気にしてほしいわ」
「もう、元気にするのはチリちゃんのポケモンだけだよ」
「ちぇー」

ポケモンリーグに併設されているポケモンセンターだが、ここは常に人がいる訳では無い。
試合があると分かっている時に常駐してくれている。
癒されるような空気感と綻ぶような笑顔で迎えてくれるのはこのポケモンセンターを任されているエヴァだ。
彼女は普段、テーブルシティの中央広場のポケモンセンターに居るのだが、普段は使われていないリーグの方に出張しに来てくれる。

気立てよし、愛想よし、でも少しだけ甘やかされないスパイスがある。
そこがいい。

「ここのモニターに四天王戦って映るから、今日も格好いいなって思ってたよ」
「ほんま?めっちゃ嬉しいわ。負けなくてよかったわー」
「でもきっとチリちゃんのポケモン、くたくただろうから挑戦者のこの次に回復してあげなきゃ!と思ってたの」

挑戦者の次。
それはそうだろう。
自分が勝ったということは、挑戦者のポケモンは全て戦闘不能になったということだ。
至急回復させなければと焦ってポケモンセンターに駆け込んでくるだろう。
その事情は分かっているはずなのに。
ポケモンセンターに務めるジョーイさんたるもの、どんなトレーナーでもどんなポケモンでも困って駆け込んでくるその人のポケモンを手を尽くして全快させたいという気概で取り組んでいるはずだ。
でも自分より優先される物をちらつかされて、少しだけ、面白くなかった。

「あんがとさん、エヴァ。エヴァの今日のここでの仕事はこれで終いやな」
「うん。バトルが終わったからそろそろ戻ろうと思って……ポケモンリーグの日だけはその後すぐに帰れるのがわくわくしちゃう」
「……つまり、エヴァはこの後フリー?」

エヴァにこの後用事はない。
自分にも用事はない。
そんなチャンスを無駄にするわけには行かなかった。好きな子をたんと甘やかしてあわよくば二人でデートしたいと思ったが吉日。

「喫茶室なぎさに行かへん?チリちゃんが奢ったる!」
「そんな、だめだよ。奢るのは無しでね?」

エヴァにとって、よく来てくれる親しい友人なのかもしれない。
この関係性に少しだけ、認識の違いがあるのかもしれない。それでもこの関係もまた心地よい。

「えー、チリちゃんがどうしても試合終わった記念でコーヒーとアルファホールをご褒美で食べたいし、それをエヴァにも共有してほしい気分って言うてもアカン?」
「そ、それは……もう、狡いなあ」
「やった!まあ自分が食べるより、エヴァが美味しそうに食べてくれるの見るんがチリちゃんのご褒美みたいなもんやけどな」
「チリちゃんって男前だよね……」

ストレートに思ったことをそのまま口にしているだけだが、少し照れてくれている様子のエヴァに、思わず目を細める。
そう認識し直してくれるのが何よりも嬉しい。意識してくれるだけで、この子の心に自分の存在が少しでもあればいいと強く思い直す。

「かーわいい」
「も、もう、からかってる?」

エヴァが「私、全国のチリちゃんのファンに刺されたりしないかな……」と呟きながら回復し終わったモンスターボールを渡してくれるものだから、思わず吹き出して笑ってしまう。
寧ろ可愛いジョーイさんをこんなにも独り占めして怒られそうなのは自分の方だ。
「いつもご苦労さまです!」だとか「今回の冒険は順調ですか?困ったら何時でもここに来てくださいね」と微笑みながらアカデミー生やそれ以外のトレーナーのポケモンを回復して仕事をしている様子のエヴァを見るのは気が気では無い。

「エヴァが少しでも今日特別な日やったなあと思って欲しいしな」
「ふふ、もう十分特別な日なんだけどありがとう」

全国の少年青年おじ様諸君。
きっとエヴァのことを気に入っている人は多少なりとも居るのは分かってるつもりだが。
──この子の隣は明け渡さへん。
そう心の中で呟いて「ほな行こ行こ」とエヴァの手を取るのだった。
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