Queen of bibi
- ナノ -

甘党による甘いお誘い


今日の放課後に一緒に繁華街の方に行かないかと司に誘われたのは今日の昼だった。丁度ユニットのレッスンも入っていなかったし、部活の方も無かった。しかし、非常に驚いたのだ。
何せ司は普通のお店に立ち寄ったことがあまりないし、電車を使っていないのもあって繁華街に行くこともそうそうない。だから彼を案内するという意味では繁華街という場所は新しい発見が沢山あるが、彼に案内されるというのは非常に新鮮で、だからこそ楽しみだった。

一足先にホームルームを終えていた名前は、待ち合わせ場所である正門で待っていた。学校の外で二人きりで行動するのは未だに少し緊張する。
夏が始まる前までならきっとそんな風に思うことも無かったのだろうと考えると関係の変化とは不思議なものだ。後輩とただ遊びに行くのとは意味合いが違うのだから。


「お待たせしました、名前さん!」

教室を出るのが少々遅れた司は慌てた様子で走って来た。申し訳なさそうにする司に、名前はくすくすと笑いながらそんなに急がなくていいのにと声を掛ける。そういう所が彼が紳士たる所以なのだろう。

繁華街に向かって歩き出すが、その歩調を合わせながらさり気なく車道側を歩く彼の気遣いが少々照れ臭くも感じる。年下なのに、なんてことは今では思っていないが、それでも見習うべきところが多くて感心する。
落ち着いて居るし、人を気遣う余裕もあって。普段しっかりしているからこそ、時折見せる年相応の顔や天然な所は可愛いと思うのだが、それは本人にはきっと言わない方がいいだろう。


「繁華街に行きたいお店があったの?」
「えぇ、classmatesと一緒にこの間喫茶店に行きまして。裏路地にあって目立たないお店なのですが、一度名前さんと行きたいと思ったんですよ」
「ふふ、ありがとう。そんなお店があったなんて知らなかったなぁ。どの辺りだろう」
「確か近くに雑貨屋があったような気がしますが……」
「あっ、嵐ちゃんがご贔屓にしてるあの雑貨屋さんかな」


私も時々あの雑貨屋さんに立ち寄るんだよね、という言葉に司は良い情報が聞けたと笑みを零す。生憎自分は世間一般的な感覚とずれているから彼女が喜んでくれるものをプレゼントできるかどうかが分からない。だからこそ彼女の好みが知られたのは貴重な事だった。
覚えておこうと微笑んでいると、名前は不思議そうに首を傾げるから何でもないと誤魔化すのだった。

司に案内された喫茶店は彼が言っていた通り、かなり分かり辛い路地の奥に店を構えていた。しかし、その立地と放課後になって割とすぐに学校を出て来たからか、他の学科の生徒も居ないようで目立たないのだ。


「こんな所あったんだ……落ち着いた雰囲気で結構好きだな〜なんか脚本書くの凄く捗りそう!」
「名前さんが集中し始めると食べるのを忘れてそうで怖いですね」
「う、何でばれたの……」
「あまり寝ていない時だってあるから私としては少し心配なんですが」


反省しますとしゅんとしている様子にこんな姿を見せてくれるようになったのは嬉しいもので、可愛いなぁと心の中で呟きながら司は頬を緩める。
席に座り、メニューを眺める司だったが、はっと我に返って前回の失態を思い出す。あまりこういう店には来ないし、家では食べられないようなお菓子に惹かれて頼み過ぎる姿を目撃されてしまったが、名前にはその姿を見せられない。


「司くん何頼む?」
「あの、私も今日は流石に子供みたいにあれこれ頼んだりはしませんので……!」
「あはは、司くんのそういう所は可愛いよね」
「うーん、私としては名前さんに格好良い所を見せたいんですが……」
「そういう所も司くんらしいと思うんだけどなぁ」


寧ろ司のそういう一面も含めて好きな名前にとっては大して気にすべきことではないのだが、司としては頼れる男子でありたいと思う訳で見栄を張りたくなるのだが、メニューを開いた名前が写真を指差して「このパフェ美味しそう!」と言っているのを見るとついつい話に乗ってしまうのだ。


「いいよ、頼みたいもの全部頼んで」
「はっ、名前さんは狡いです……!いえ、そんな姿を名前さんに晒す訳には……!」
「えぇっ?私も甘いの好きだし。それに、皆には見せてるそういう姿だって見たいなーって思うんだけどね。私だけ食べてるとちょっと恥ずかしくなるから寧ろ付き合ってくれるのって嬉しいなーって思うの」
「……、名前さんは私のそういう所も認めて下さるんですから」


だからやっぱり狡い――司は肩を竦めて笑う。こんな所も認められたらついつい甘えてしまいたくなる。
しかし前回のようにこのページのものを全部、と言う訳にはいかない。だから食べきれる範囲内で、前回頼んでいないパフェを頼む。Knightsの先輩に見られたらまたなの、と呆れられるところだろう。

名前が頼んだ季節限定の栗を使ったパフェと司が頼んだ、前回は嵐たちに食べてもらったパフェと紅茶が暫くしてテーブルに届けられる。
ガーデンテラスで販売しているデザートも美味しいけれど、やはり偶に喫茶店やケーキ専門店で買えるようなデザートを食べると満たされたような、幸せな気分になるのだ。泉には何処でそのカロリーを消費するのとねちねち言われてしまいそうだが。


「ん〜おいしい……!」
「Marvelous!やはりこの絶妙なbalanceのcream……最高と言わざるを得ませんね!」
「美味しそうに食べてる人を見るとこっちまで幸せな気分になるよね」
「えぇ、名前さんが食べている姿は可愛いですからね」
「……」


カウンターをされた気分だと名前は口に運ぶスプーンの手を止めて項垂れる。こういうことをさらっと言ってしまう司にこれまでもそうだけど、これから一体何度撃沈していかなければいけないのかとある意味不安にもなる。
真っ赤になっているだろう顔を見られないように司にパフェを押し付けて声を掛ける。


「あの!司くんもこっち食べる?」
「え、いいのですか!でしたらこちらもどうぞ」


にこやかに笑いながら一口分をスプーンに掬って差し出してくる司に、流石に誤魔化しきれないほどに頬が熱くなるのだが、照れている様子に気付いた司はふっと笑み、少しの悪戯心も芽生えたのか「ほら、お姉さま?」とわざと問いかけるのだ。

「うー……いただき、ます」

お姉さまと呼ばれるとついつい甘やかしてしまうというか、彼のお願いを聞いてあげたくなってしまうのは先輩と後輩という関係の名残だろうか。司がそれを分かっていてわざとお姉さまと呼んでいるなど露知らず、羞恥心を堪えながらも名前はスプーンに掬われたパフェを一口食べて目を輝かせた。
美味しさに舌鼓を打っていた名前だが、自分だけやられているのはやはり少し悔しいもので、名前は自分が食べていたパフェを掬って差し出した。


「ええと、ありがたく頂きます」
「どうぞ……えっ!?」


手を掴まれて引き寄せられ、そのまま名前が持ったスプーンを咥えてぺろりと口の端を舐めた男性的なその表情に心臓が跳ねそうになったが、司らしくその直後はデザートの美味しさに感動する子供みたいな笑顔を見せるのだ。
そのギャップもまた魅力ではあるのだけど、自分が変に意識をし過ぎなのだろうかと呆れたくもなる。
司は満足そうに満面の笑みを零して残りのパフェも頬張る。

時刻も夕方を過ぎ皆のプロデューサーである名前を独り占めできる貴重な時間が終わってしまうのは名残惜しいけれど、余り遅くなるのは夜道が危ないからとお会計をする為に席を後にする。
お財布を取り出した名前は自分の分を支払おうとしたのだが、横に居た司はカードを取り出して店員に渡した。


「だめだめ、私も払うよ!」
「お願いですから私に出させてください」
「司くんっ」


だめ、と叱って来るような名前の姿に困ったような顔をしたが、店員に「どうしますか?」と問いかけられて「cardで支払いをお願いします」と答える。支払いが終わり、名前は慌てふためくが、そんな名前に司は手を取る。


「でしたら今度、また喫茶店に行きましょう。その時、美味しい紅茶をご馳走してください」
「……狡いなぁ」


次の約束も取り付ける司の女性を喜ばせるような言動が本当に心臓に悪いけれど「それなら任せて」と意気込むのだった。