Queen of bibi
- ナノ -

未来の純白の先約を


Knightsが新曲を出すにあたってスタジオで写真を取るから来て欲しいと声を掛けられたのは先週の話だった。
食事を一緒に取っている嵐から先ず声を掛けられ、同じクラスということもあって凛月にも「差し入れしに来てよー」と声を掛けられた後、泉に「王様の見張り役で来てよ」と疲れた顔で声を掛けられ、連絡を受け取ったのが一番遅かったのが司だったのか、最後にわざわざ教室に来て「名前さんも是非来てください!」と声を掛けられた。
実は司が最後に来たのだと知ると、彼の性格を考えるときっと彼のことだから妬くに違いないと判断した名前は行くことだけを伝えて楽しみにしている旨を伝えたのだ。

「どんなジャケット撮影何だろう……嵐ちゃんに聞いてもその時のお楽しみよって何だかはぐらかされちゃったし」

嵐だけではなくて全員、どんな服装で写真を撮るのかを教えてくれなかった。前回と同じようにユニット衣装で撮るのだろうかとぼんやり考えながら、何の心構えもすることなく今日はKnightsのたまり場としてではなく、ちゃんと撮影が行われているスタジオに足を運んだのだが。

「あっ、名前さん!」

扉をそっと開けて中を覗いた瞬間、名前が来たことに気付いた司の声がして、名前は固まって反射的に扉をパッと手放した。扉はそのまま閉まり、廊下に戻った名前は扉に寄りかかって頭を押さえて疑問符を浮かべる。

どうして、彼らが黒いスーツを着ていたのだろうか。
ちらりと見えただけだが、レオはカサブランカの白い花束を手に持っていたような気がする。まるで結婚雑誌の撮影のようだと困惑した名前は自分の頬を抓って息を吸って再び扉を開くと、同時に内側から開けられて、前のめりになる。


「わっ!?」
「えっ、すみません!お待ちしておりましたよ、名前さん。ところで、どうして一度扉を閉められたのですか……?」
「そ、その衣装……」
「うふふ、驚いた?今回の衣装はこういうイメージだったの。驚かせようと思って黙ってたんだけど……」
「いい反応するよねぇ〜」


名前が一瞬顔を見せて自分達の姿を確認した途端に固まったその表情を見ればどれだけ彼女が動揺したのか手に取るように分かった。しかし司はと言えば、名前が何故自分とあまり目を合わせないようにしているのか理由が分かっておらず、スーツ姿のまま名前との距離を詰めて手を取る。
自分よりも大きいその手には白い手袋がはめられているから、まるでエスコートをされている気分で気恥ずかしさのあまり顔が赤くなる。こういう所は鈍感なのが司の困った所だ。
それに、スタジオに来て彼らの姿を見ると自分が動揺するだろうと分かっていた上で敢えて教えてくれなかったのだと思うとしてやられた気分になる。


「その、今回のジャケット撮影用の衣装ですが、如何でしょうか?」
「おっ、名前が来たのか〜!?遅いぞっ!堅苦しい服で暫くじっとしてたから流石に疲れてきたんだよなぁ〜!わっはっは、でも名前が来たなら退屈しないで済みそうだな!」
「Leader……私と名前さんの会話を遮らないでくれますか……?」
「あぁっ、レオ先輩、手にペン持とうとしないで下さい!」


退屈せずに済みそうだと分かった途端に花束を凛月に押し付けてペンを持って壁際に行こうとするレオを止めに入る名前に、司は不満げに顔を顰める。
折角彼女に褒めてもらえると思ったのに、流石にKnights全員が居るこの場では独占は出来ない。仕方がないことだとは分かっているが、壁に音符を書こうとするレオを何とか宥めた名前の肩をとんとんと叩いた凛月が「ねぇ、今日の俺の衣装褒めてよー」と悪気は無く聞いているのを聞いて司は目を開いて肩を震わせる。


「今日の衣装、格好良いから吃驚しちゃったけど、今回はこういう感じなんだね。皆似合ってるんだけど、似合い過ぎてるのもね」
「はぁ?似合うなんて当たり前に決まってんでしょぉ?俺となるくんはモデルしてるんだからさぁ」
「でも改めてそう言って貰えるのは嬉しいわねぇ。でしょ、司ちゃん。……司ちゃん?」
「……いえ、何でもありません。確かに嬉しいです。名前さんに褒めて頂くこと程嬉しいことはありません」


似合い過ぎているとこちらが気恥ずかしくなってどう褒めていいか分からなくなると言いたげな名前に、泉は呆れたような溜息を吐くが、言葉に棘は無い。
そう言っている割には何処か拗ねた様子の司に、嵐はあらあらと困ったように眉を下げて頬を押さえて微笑む。
自分を真っ先に褒めて欲しかったのに、タイミングを失ってしまった間に違う人が褒められているのは子供っぽく嫉妬深い一面がある司が不満を覚えない訳がなかった。

撮影は順調に進み、撮影慣れをしているメンバーに凄い、という月並みの感想しか出て来ないほどに感心していたが、フラッシュが焚かれる度に眩しそうに名前は目を瞑る。撮影風景を眺められるなんてあまりに贅沢ではないかと思いながらも、アイドルである彼らの一ファンになった気持ちでその風景を見詰めていた。
まだ、年下の彼に対して直接「格好良いよ」と言えていない事が心の中で引っ掛かっていながらもそれを口にすることはこの雰囲気の中出来なかったのだ。

「お疲れ様でしたー」という声と共に撮影が終わった後、片付けや着替えが始まるから名前はスタジオを出ようとしたのだが、司に声をかけて振り返る。


「あ、司くん」
「お手をどうぞ、お姉さま」


さっきは格好良かったよ、と伝える前に、司は紳士的に少しだけ背を曲げて手を伸ばしてくる。
どうして敢えて"お姉さま"と呼んだのか、どうして着替えがある筈なのに廊下に出て来たのか、色々と疑問は浮かんだのだが、彼に誘われるがままにその手に掬われるように、手招かれるままに付いて行く。
その後姿は何時もと違う服装のせいか、司らしく見えなかった。まるで自分よりも先に成長してしまったようにさえ思える。見慣れないスーツ姿にエスコートをされていると、無性に照れてしまう。

司の足は、空き教室へと向かった。どうして彼がわざわざここまで足を運んだのか分からず、困惑した様子で「司くん?」と尋ねると、彼にしては珍しい悪戯っぽい顔で口元に人差し指を当て、「先輩達には私にしか見せない名前さんの表情は見せられませんから」と答えた。スタジオという場所では皆のプロデューサーであるから、お姉さまと呼んだけれど、今この場では自分だけの愛おしい彼女なのだ。
――すべてが終わった後に、独り占めをする位は許されるでしょう?


「今日の私は、名前さんにはどう見えていますか?」
「……え、それはその……格好良いよ。凄く……」
「それを真っ先に言って下さると嬉しかったですけど、先輩達の前ではそんな我儘も言えません。ですから、"今"なら遠慮なく言うことが出来ます」


何を――そう尋ねる前に、司ははめていた白い手袋を外して素手になり、名前の頬をそっと優しく撫でる。今日の衣装はただのスーツではなく、所謂祝い事の礼装だ。それは名前も最初に想ったことだった。まるで、式場で見るような礼装だ、と。
あくまでも撮影のコンセプトで着ている衣装だから、変に意識をするのは失礼だと頭からその思考を振り払っていたのに、彼は無意識かどうかは不明だが、再び意識をさせるのだ。


「私は未熟者ですが、名前さんに男として意識してもらいたいと常に思っているんですよ。貴方の、一番でありたいと思っていますから」
「っ、そんなの……意識してるから、恥ずかしいのに……」
「……、狡いですね、名前さんは」


司も顔を真っ赤に染めて顔を逸らすけれど、名前としては司の方が狡いと声を大にして言いたかった。
聞いている方が照れ臭くなってしまう程ストレートに素直な感情を伝えてくれる司のその口説き文句に、沸騰しそうになる。彼を可愛い後輩だと思っていた時には想像もしていなかったような感情に、そして朱桜司という人に翻弄されてしまっている。
それを知られただけで、司は満たされた気分になる。嫉妬深く多くを望もうとしてしまうけれど、誰も知らない名前の一面をとっくに独占出来ているのだ。

その独占欲はまだ子供のような熟していない未熟者の感情かもしれない。それでも、この愛情を大事にしていきたいという覚悟はあった。

「今はまだ真似事のようなことしか言えません。……しかし、私は貴方をこれからも愛していきますから」

誓いの口付けをするように、司は名前の指先にキスを落とす。まるでプロポーズのような言葉に、目をゆっくりと開いて瞬いた名前はかあっと耳まで赤く染める。
主を守る騎士としてではなく、あくまで恋人を愛する男性として誠意を示してくれるのだ。なんて幸せなのだろうかとも思うけれど、貰ってばかりではいけない。自分も、言葉や行動で伝えなければ相手には伝わらない。

司の手に指を絡めて、頭をとんと胸に乗せてもう片方の開いていた腕を彼の背中に回す。

「私も、今だけ司を独占させて……?」

喜んで――。

司は表情を緩めて幸福感に満たされながら微笑み、絡めていた指に力を籠める。この衣装はあくまでアイドルとしての司を着飾るための物だ。しかし今だけは、彼女の物だけになるという可愛い我儘を聞きたかった。それは自分の望みでもあるから願ったり叶ったり、なんて本音は、もはや口にするだけ蛇足だろう。

何時か彼女の純白のドレスを見ることも叶うのだろうか――今はまだ現実味を帯びないけれど確かにある願望に思いを馳せて、司は名前の額に口付けた。