スチール・ブルー
- ナノ -

7月7日

──足元はお気に入りのスポーツシューズを履いて。

そしてトーナメントの舞台に今日も立つ。
トレーナーとしても、モデルとしてもスポットライトで照らされる道を進んでいく。
自らを輝かせ続けることに摩耗するのは当然というものだろう。
そうやって二つの夢を追いかけて、走って。手に入れて。
すっかり迷路の出口がわからなくなってしまった。

そんな時に出会った、稲妻のような光と衝撃の道標。
道に迷っていた二人は、手を取り合って前へと進んでいく。灯台を見付けた、荒波を航海する船のように。


ダンデが開催したトーナメントにサイトウとタッグを組んで出場していたルリナは、三回戦で負けて控え室に戻っていた。
一回戦ではライバルであるヤローと、彼と組んだカブに勝った所まではルリナも今日の調子は絶好調であると感じていた分、悔しさも一塩だ。
ぎゅっと拳を握ってユウリとホップのコンビが自分たちを勝った理由を分析しながら反省をしていた所に、今ちょうど試合が終わったらしいキバナがネズよりも先に控え室に入って来た。


「あー負けた負けた。くっそ、ダンデのやつなんか前より強くなってねぇか!?前回より早く負かされたなんて」
「お疲れさま、キバナさん。今日はそっか、あの子とタッグじゃないんだ」
「まぁな、リーグ委員の仕事もあるっていうからな。ルリナ達もユウリとホップに負けたか。……けどお前、不調な時の立て直しも早くなったよな」
「……ありがとうって言えばいいのかしら。そんなこと言って私に何連勝目よ」
「嫌味で言ったわけじゃねぇからな!?」


ジムリーダーとして勝負の世界にいる以上、不調な時や好調な時というものがある。常に同じ結果を出し続ける難しさがあるから、無敵で無敗を誇っていたダンデはそれだけ多くの人に尊敬されていた。
しかし、これまで連敗を重ねるとあとの無さに焦っていたルリナが安定して整え直せたり、勝利を重ねられるようになった精神面の支えを彼女は自覚していた。
同じく勝敗のみが見られるこの環境の第一線で活躍し続けた人が見守ってくれているからだろう。
今日も彼は、満員となっているスタジアムのどこかで見ていた筈だ。
その男の顔を、キバナも当然していた。ルリナが二年前から付き合っている、気さくな性格の元イッシュ四天王だ。


「ダンデがイチイにも招待状出したいって言ってたぜ?アイツ強いやつ大好きだからな」
「イチイ君、キバナさんと一緒でダブルバトルの方が得意みたいだからかなりいい試合するかもね」
「へぇ、そうなのか。今の一部リーグででんきタイプって居ないし、来てくれると盛り上がって楽しそうだけどな。ルリナもダブルバトルすればいいじゃねぇか」
「……それも、楽しそうなんだけど。どちらかというと一回、戦ってみたいのよね」
「なるほどな。その気持ちは分かるぜ。オレ様達もライバルだったし、付き合う前に派手に戦ったしな」


――何度も戦っては、破れ続けているからライバルとはとても言えないんだけど。
けど、稽古をつけ続けてもらったからこそ、何時も今度こそは勝ちたいと思うこの気持ちは、どちらかというとキバナがダンデに抱いているものと似ている気がした。
元四天王として、積極的に大会に参加する訳ではなかったけれど、ダンデの熱心な誘いを受けて彼とのエキシビションマッチが放送されたことで有名になった。

(そのお陰か、道を歩いてるだけでイチイ君も声をかけられるようになってるものね)

愛嬌のあるパチリスは子供達にも覚えられやすいらしく、子供達にもよく声をかけられている。
そして、ポプラと同郷で親しいこともあって、年配の女性ファンも妙に多いのが印象的だった。彼曰く、イッシュ地方の時と少し扱いが違っていてむず痒いらしいのだが。
最近ではシュートシティの新しい施設のデザインを任されていて、それで忙しそうにしていた。

(見ているだけで、私ももっと頑張ろうと思えるのよね)

それだけ、自分にとって尊敬できる相手だった。
観客が殆ど立ち去った後のシュートスタジアムのロビーに出ると、キバナとの話の話題に上がっていた人と親友が待っていた。


「ルリナ、お疲れ様」
「お疲れ!すっごい試合だったね〜」
「イチイ君にソニア!一緒に来てたのね」


キバナの肩に乗っていたパチリスはルリナの肩に飛び乗り、ソニアのワンパチもルリナの足元で元気に飛び回る。
悔しさは勿論残っているが、それでも二人にいい試合だったと言ってもらえると、靄が少し晴れていくようだった。


「ホップも参加してたから誰と見に来ようかと思ってた所にイチイさんも行くって言うから便乗させてもらってね!ルリナってやっぱり凄いよね」
「ルリナとサイトウのバトルは面白いし、何より格好いいな。つい入り口の出店でトレーナーカードを記念で買ってさ」
「えっ!?」
「そうだったの?へ〜モデルの時のルリナのカードもあるんだ。しかも複製サイン入りだし、凄く綺麗ね」
「だろ?綺麗だよな。俺としてはトレーナーのユニフォームのルリナも捨て難いけど……ルリナ?」
「……」
「あはは、照れてる照れてる」


自分のリーグカードを見て盛り上がる二人に、顔が熱くなっていく。
俯いて顔を手で押さえるルリナを見て、満足げに笑いながらイチイはリーグカードを鞄へとしまう。
自然と何時もどちらの自分も好きだと言って努力を認めてくれる。それが堪らなく嬉しいのだ。


「美味しいケーキでも食べて行こうぜ。ソニアもどうだい?」
「あー、私はいいって。二人水入らずで行って来て?」
「ちょ、ちょっとソニア!恥ずかしいこと言わないで頂戴」


「どうぞ二人でデート楽しんで〜!」と朗らかに笑って手を振ったソニアはルリナにまた連絡するとだけ親友に伝えてシュートスタジアムを出て行った。
イチイへの恋愛感情を自覚しながら思い悩んでいたルリナのことを見ていたソニアにとって、今の二人の幸せな様子に親友として嬉しいものだとワンパチを抱きかかえて微笑むのだった。
――ルリナ、やっぱりイチイ君と居る時が一番かわいいのよね。

シュートシティに設置されている各モニターには、先ほどまで行われていた試合のダイジェスト映像が流されている。
その映像を見上げながら、イチイは「ルリナのカジリガメが相手を戦闘不能にした所が流れてるな」と笑顔を浮かべる。

(自分の彼女が活躍しているだけでも嬉しいのに、色んな人に注目されてるっていうのが余計に嬉しいな)

未だに試合の後で盛り上がって賑わいでいる大通りにあるカフェに、ルリナとイチイは足を運び、今日のバトルを労う。
この店はマホイップが調理を手伝っているためにスイーツが美味しいと有名なカフェだった。ルリナが以前、サイトウに教わった店だ。
目立たない席に座ったルリナとイチイはコーヒーを注文し、イチイはチョコレートのカップケーキを。ルリナはロールケーキを頼む。


「んん、美味しい!やっぱりサイトウのオススメは流石ね」
「この頭に糖分が回っていく感じ、やっぱりチョコは美味しいな。コーヒーと合うし」
「ついお代わりをしたくなるけど、夕飯が入らなくなるものね」
「そうだ!夜ご飯を外食するのもいいけど、今日は俺が作るよ」
「いいの?」
「あぁ勿論。俺特製……って言ってもポプラさんのレシピだから俺の料理って言っていいのか微妙だけどさ」
「普段の男料理って感じの味付けも私は好きだけど……」
「ありがとう。俺を褒めるのが本当に上手いな、ルリナは」


同棲しているイチイとルリナは、普段ルリナが料理を担当している。だが、イッシュ地方で一人暮らしが長かったイチイはルリナが忙しい時は率先して代わりに家事を行う。
手伝うという感覚ではなく、一緒に暮らしているのだから分担して行うのは当然だという意識があるから、その点でもルリナは一緒に居て居心地がいいと感じる点だった。

初めこそはエンジンシティに一先ず家を借りていたイチイだが、彼女と付き合うようになって数か月でバウタウンに新しく家を借りることにした。
海がすぐ近くに見える、見晴らしのいい場所だ。家を出てすぐの場所でルリナのポケモン達も自由に伸び伸びと出来る立地を気に入っての選択だった。

そんな我が家に戻る為に利用するのは、鉄道ではなくアーマーガアタクシーだ。ワイルドエリアを挟むと、アーマーガアタクシーが便利なのだ。
カフェでのコーヒーブレイクを終えて、タクシー乗り場へと向かい、イチイと肩に乗ったパチリスは顔馴染みの運転手に声をかけて手を振る。


「おっ、ルリナさんにイチイさんじゃないか」
「どうも。おじさん、何時ものバウタウンまでよろしく頼むよ」
「パチッ!」
「はは、可愛いお客さんも居たな。乗ってきな。少し距離はあるが、バウタウンまでひとっ飛びだ」
「えぇ、よろしくお願いするわ」


二人の関係も把握してくれている気のいい運転手が開いてくれた扉を潜って座席シートに腰掛ける。
アーマーガアが羽ばたく時のふわりと体が浮いて風を感じられる感覚は、船に乗って海風を感じられる感覚と違ってルリナは好きだった。


「夕陽に照らされるワイルドエリア、すごく綺麗ね」
「空を上空から見る景色っていいよな。初めて二人でワイルドエリアに行った日のことを思い出すな」
「えぇ。あの時も綺麗な夕陽だったわね。イチイ君とワイルドエリア行くのって特別感があって毎回楽しいのよね」
「あー……そんな風に言われると照れるな」


照れ臭そうに頬をかくイチイを見て、珍しく彼を照れさせることが出来たと嬉しそうに笑うルリナは上機嫌な様子で拳を握る。
負けず嫌いな所もあるのは可愛いが、彼女を照れさせる方がやはり好きなのだ。
イチイはくすくすと凛と澄み渡る声を鳴らして笑うルリナの頬に手を伸ばす。


「ルリナ」
「なに――」


丸い海のような瞳が自分に向けられた瞬間に、ぐいっともう片方の手で引っ張って彼女の身体を引き寄せた。
柔らかな唇に重ね合わせるようにキスをする。ゆっくりと唇を離して、そしてもう一度角度を変えて啄むように口付ける。
熱い吐息が耳元で聞こえてきて、顔を離して彼女の表情を確認したイチイが今度は満足気に微笑む。
挨拶代わりにキスをしていても、ルリナはこうして気恥しそうに頬を赤く染めるのだ。


「……かわい」
「イチイ君って何時も余裕あるし、何だかいつも負けたような気分になるわ。女心を知り尽くされてるというか」
「はは、ルリナらしいな。けど、ポプラさんに二回目のデートでワイルドエリアを選ぶかい?相変わらず女心には疎いねって散々ダメ出し食らったんだけどな」
「ふふ、私にとってはそれが楽しかったんだからいいのよ」
「……そっか。ありがとな」


トレーナーとしての自分をプライベートでも着飾る必要なく受け入れて貰えて。
好きだと言ってくれる人がこうしてすぐ隣に居てくれる幸福を噛み締めて、ルリナは眠たそうに座席に座って丸まっているパチリスを指先で撫でる。
今日のご飯は楽しみだと胸を踊らせて、二人の暮らす我が家へと戻っていくのだ。


そしてまた少し時が流れて、ガラルの季節も何回か移り変わる。
この季節は多くの新人トレーナーがジムチャレンジを行って、新しい原石が磨かれ、自ら輝きを放つ。
挑戦者を見送った後のエンジンシティを二人はゆっくり回る。
エンジンシティの書店の目立つコーナーに並べられている雑誌には、選手のインダビューが掲載され、表紙を飾っていた。
見出しは『イチイ・ルリナ夫妻の強さの秘訣を徹底インタビュー』と描かれて。
その表紙を見つけたパチリスは主人の首元をしっぽでとんとんと叩き、気付いた二人はくすりと笑う。
道に迷っていた二人は、互いを道標として道を照らした。バウタウンを照らす灯台のように、何時までも煌々と照らし続けるのだ。