Extra Cobalt Blue
- ナノ -

虚飾を砕く弔い花

三月下旬、フランとクロウは帝都から遠く西に離れた地、ジュライ特区を訪れていた。

クロウにとっては実習以来に立ち寄った故郷であり、フランにとってはたった一度だけしか訪れていないけれども、チェフと出会った馴染み深い地でもあった。経済特区というだけあって随分と発達した都市のようでオフィス街や歓楽街まであるのだから、遠い昔の記憶にある漁業が盛んな伝統的な街並みとはまた違った様子で賑わっていても少しの寂しさを覚える。


「ジュライ特区……何だか随分様変わりしたわね」
「あぁ、俺もこの間暫くぶりに来て驚いた位だしな。これが帝国の経済ってやつかって実感するぜ」
「帝国は強大だけど、あまりに継ぎ接ぎだらけだもの。でも、ジュライにも変わってない所もあるみたいね」
「港周辺の伝統的な街並みは残ってるな。……正直、安心したぜ」
「クロウ……そっちの方、ちょっと歩いてみない?」
「あぁ、そうだな」


クロウとフランは昔と変わらない街並みの残る港へと向かった。新鮮な魚介類が売っている魚市が開かれ、活気に満ちた様子にクロウは少し安心したように微笑んだ。そんなクロウの表情にフランも安堵し、そしてクロウの空いた手を一瞬見たが、控えめに袖口を軽く握った。くいっと引っ張られた感覚に気付いたクロウは手元を見て、まったくと肩を竦めた。


「遠慮すんなよ、ほら。ジュライだからって俺に気を遣いすぎだっての」
「……私の考えてる事なんてすぐに分かるんだから」


袖から手を離させて握ると、フランはそう呟きながら手を握り返した。


「そりゃ、他ならぬお前のことだからな。つーか、俺の帰省ってのもあるが、俺としては新婚旅行だと思ってたんだけどな?」
「えっ、新婚旅行って……」
「結婚して初めての遠出だしな〜、もっと別の所が良かったか?」
「むしろ……私もクロウとここに来たかったから。そっか、結婚して初めて来た場所がジュライか……」
「お前がアームブラストさんになってから初めてだな」


クロウの言葉にフランはかあっと頬を染める。苗字が変わってからまだ日も浅く、自分の名がアームブラストという名になったのだという実感が沸かず、むず痒さを覚える。でもそれが堪らなく嬉しく、彼と同じ名になったという幸福感に満たされるのだ。
そしてジュライという地が二人にとって記念の場所になることは喜ばしくあった。

暫く通りを眺めながら歩いていたのだが、ハンバーガー屋に目を奪われ、フランは足を止める。この街の伝統料理みたいなもので、フランにとっては使用人と出会ったときにお腹を空かせた彼にご馳走した初めての料理で、クロウもまた故郷の味を懐かしむように時々振る舞ってくれる。
フランの視線の先にあるものに気づいたクロウは店を指を指して尋ねた。


「フィッシュバ−ガー、食うか?」
「!えぇ、あっ、半分食べてくれる?」
「おうよ、ついでにポテトも頼むか」


その店に立ち寄り、一個のフィッシュバーガーとフライドポテトを頼んで、近くのベンチに腰掛け二人でそれを頬張った。両手で紙越しに持ったそれを頬張り、タオルで口元を拭くフランの習慣的な動作にクロウはジャンクフードを食べるときもあくまで上品なんだなと笑った。


「美味いな。つーか懐かしいっていうか。自分で作るのとはまた違うな」
「そう?これも美味しいけど……私、クロウの作ってくれるフィッシュバーガーが好きだけど」
「……おいおい照れるだろーが。しっかし、お前も料理作れるし、あの使用人も作れるんだから教わってたんじゃねーのか?」
「それが教わってないのよね。ほら、一応屋敷で出す様な料理とは種類が違うから」
「成程な、だったら今度俺が教えてやるよ」
「本当?」


料理が苦手ではないフランに任せることも多い分クロウが作ることは限られていたが、クロウの作る料理をフランは気に入っていたし、一人で作るのではなく一緒に作業するというのもまたフランにとっては大事な時間だった。
食べ終わった後の紙をまとめてごみ箱に捨て、クロウはここに来た一番の目的を果たす為に歩き出したが、その足の運びが何時もより早く感じて、彼が緊張しているのが伝わって来た。


「花屋に寄って行くか」
「クロウ……」
「んな顔すんなって。今まで何となく避けてきたが……今なら色んな報告も含めて話すことあるからな」
「そう……良かった、クロウがもう一度ここに戻って来られて」


自分のことのように喜ぶその言葉に、クロウは頭を掻いてサンキュ、と気恥ずかしそうに例を述べた。

花屋に立ち寄り、そこでクロウは白い花束を買い、それを手にフランをジュライの一角に案内する。人通りは少なく静寂に包まれた空間ーーそこはジュライにある墓場の一つだった。
そしてクロウはゆっくりと目的の場所へとフランを連れて向かい、ある墓標の前で足を止めた。
その墓に刻まれていたアームブラストという名は、彼を幼少期から育ててきた元市長のクロウの祖父のものだった。

花束を墓標の前に置き、クロウは何も喋らなかった。フランもまた目を瞑って心の中で挨拶をしてフラン・E・ラングリッジ−−もといアームブラストの姓に変わったと自己紹介をする。
クロウと学院で出会い、そしてこの度結婚致しました、と報告しながら改めてその事実が感慨深くもあった。まだまだ未熟な所も多いけれど、クロウが手を引いてくれたお陰で今の自分があり、そして彼の隣で支え続けていきたいと伝える。
もしもお祖父さんが生きていて直接会うことがあったならどんな会話が出来たのだろうかと考えながら、フランは墓標に頭を下げる。

クロウも静かに目を瞑ってふっと表情を緩めたかと思うと、どこか吹っ切れたような顔をして、フランの手を引いてその場を離れた。並んで歩いていた二人だが、フランはぽつりと問いかけた。


「……何て?」
「……あぁ、久しぶりだなっていうのと、結婚報告だ。多分、実際に会ったら祖父さんもお前を気に入ったんだろうな。はは、むしろ俺には勿体ねぇって言われてたかも知んねーし」
「もう、なにそれ。でも認めてくれたなら、いいわね」


冗談を言いながらもどこか隠しきれない寂しさを滲ませるクロウに、フランはクロウを手で招いた。
疑問に思いながらもクロウがフランの視線に合わせるように背を曲げると、フランは優しくその頭を優しく宥めるように撫でた。まるで自分の奥底まで見透かすような真っ直ぐとした瞳だった。突然のことに目を丸くし、どうしたんだと動揺しながら問いかけると、フランは肩を竦めた。


「クロウはそうやってはぐらかすから……言ってくれなくてもいいけど、何時でもあなたの隣に私が居るから……時々でいいから、気を緩めて欲しいの」
「フラン……」
「余計なお世話だった?」
「いや……つくづく、いい嫁を貰ったなと思ってな」
「……クロウは狡い」
「狡いってなんだよ?」


クロウの問いに、フランは顔を俯かせて答えを濁した。そう言われて嬉しくない訳がないし、むしろ自分の虚飾を壊して手を引いてくれた彼と一緒に居られることがフラン自身の幸せであり、貰ってくれたことに感謝をしたいくらいだ。


「それに、気を張らずに生きていいって、誰かに甘えてもいいって私に教えてくれたのはクロウだもの」
「……そーだったな。まぁ今でもやっぱちょっと頑固だけどな」
「……う、それは長年の癖みたいなものだから仕方ないじゃない……」


笑いながら駄目出しをしてくるクロウにフランは溜息を吐き、ふっと表情を緩めた。高潔な雰囲気漂い志高く自らの足だけで立ち、歩もうとするフランがクロウを信じそして頼りにしていることは本人にも伝わっていた。
それぞれ立場も学院での先輩後輩という仲から恋人という関係になり、そして夫婦という関係になり。脆さを補い合うだけではなく、より一層精神的にも互いに強くなった。

クロウの案内でジュライを回りながら、子供達が笑いながら街を駆けている姿を見て、フランはぽつりと零した。


「クロウが小さかった頃の話、もっと知りたいわね」
「大したことはしてねぇって。学院の時の俺とそう変わんねぇ、お調子者で悪戯っ子だったな。俺としてはフランの話の方が聞きてぇけどな」
「うーん……それこそ、私の話は楽しくなくなるからあんまり気乗りしないけど……」
「だからこそお前が生きてきた世界を情報としてじゃなく、お前の口から聞きたいんだよな。今すぐとは言わねぇし、それこそこれから二人の時間も沢山あることだしな」
「……ふふ、そうね。私が話す分、クロウにも話してもらうんだからね?一年生の時のこととか、私と会った時のことも含めて」
「まじかよ……そりゃ気乗りしねぇな……」


今出会った時のことを振り返り、フランをどういう目で見守り、そして醜い欲や葛藤も入り混じった恋心を抱いた経緯を、偽りの自分であることを意識的に刷り込ませ過ごして来たあの日々の本心をーー本人に面と向かって話すのは気恥ずかしかった。
バツが悪そうな顔をするクロウに、フランは微笑み手を取った。そしてクロウはフランの手を引き並んで歩き出した。

潮の香り漂う街を歩く二人の若い夫婦が迎える新たな門出を祝福するかのように、さっと風が吹き抜けた。
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