Extra Cobalt Blue
- ナノ -

blue memory

※発売前につきフライングねつ造です。ジークフリードの正体は一応分からないですし彼と同一人物かどうかもぼかしてます。


その懐かしい姿に、手に、武器に。
私はかつての貴方の姿を重ねてしまった。もう二度と会えることなんてないのに。貴方は私が知っている彼ではないと分かっているのに。その口は愛した――いや、愛している男性の名前を口にしようとしてしまう。
クロウ、と。


フランは混濁していた意識が段々とはっきりしてきて、薄く目を開く。頭はぼうっとするし、昏睡状態だったのか、大分長い事眠っていたようだ。
自分は一体どうして、どこに居るのだろうか――ぼんやりとする頭を押さえて、身体を動かそうとするけれど、その動きは鈍い。どうやらベッドの上に寝かされていたようだが、確か自分は意識を手放してしまう前に何かを。
そう、確か。思考が或る回答に行きつく直前に、耳に届いたその懐かしい声に、フランの身体は固まった。


「目を覚ましたか」
「――」


その声は、忘れもしない、彼のもので。
ひゅうっと息を呑んで振り返ると、そこに居たのは、体格のいい若いだろう青年。輝くような銀髪に、その瞳を隠すかのように仮面が付けられている。
謎の組織に所属しているという蒼のジークフリード――そう、彼と対峙した際に動揺したフランは、銃を取り出して対抗したものの、彼が取り出した懐かしさに錯覚してしまう金の二丁銃を前に、実力というよりもその動揺から出た隙を突かれて、首に衝撃が走り、そのまま意識を失ってしまったのだ。

つまり、捕まってしまったのだ。あぁ、なんて情けない事だろうか。
しかし、その悔しさ以上にフランの中では動揺が広がり、無意識のうちに逃げるかのようにじりっと後ろに下がる。
こんな経験を、あの冬にもした筈のなのに。
友人を逃がす為に捕まり、連れていかれたのは逃げ道などどこにもない、空の船、パンタグリュエルだった。あの時だって自分の無力さを痛感したけれど、今回だって。
ジークフリードという名前の、謎の青年。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに、動揺が隠せないのは彼を通して『彼』を見てしまっているからだ。


「状況は、把握したようだな」
「……っ、どう、して、私を……!」
「理由が本当に知りたいのか?」


ジークフリードの指摘に、フランは息を呑む。
きっとその理由がもしも、自分が聞きたくないと思ってしまっている『最もあり得てはいけない』答えだった時、フランはどんな反応をすべきか分からなかった。
だって、それを聞いてしまったら、あの日から立ち止らずにただひたすらに前へ突き進んできた自分の足が止まってしまいそうで。

困惑するフランに歩み寄るジークフリードの表情が仮面で隠されているからこそ、何を考えているか分からない。フランは反射的に腰に手を伸ばすが、そこには何時もある筈の銃は無かった。
捕まっていた上に、先ほどまで意識を手放していたのだから、武器を奪われていて当然だろう。
そして脳裏に浮かぶのは、二年前の夏――彼と初めて身体を重ねることになった時の記憶だ。あの時も同じように武器を手に取ろうとして、拒絶しようとした。

そしてベッドの上に乗ったジークフリードは、フランの腕を掴んで、ベッドへと押し倒す。何とか逃れようと暴れようとするのに、男と女では力の差は歴然だ。


「っ、やめなさい!」
「あくまで拒絶するか。だが、それもお前らしいと言うべきか」
「な……」


どうして、まるで知っているかのような言葉をかけるの。
どうして、まるで安堵したような声で。
フランが動揺して抵抗する力を緩めたその瞬間、ジークフリードは押さえつけていた手を離し、フランの耳を塞ぐと、唇を重ね合わせた。

「んんっ!?ぁ、…ふ……んん」

まるで聞きたくないことは聞かなくていいと、曖昧な所は曖昧にしたまま、ただ目の前に与えられるものに集中しろと言わんばかりに耳を塞がれる。
そして重ね合わせていた唇は、呼吸をしようとしたフランの唇を割って舌が口内に入り、ぴちゃぴちゃと荒らしてくる。
誰かも分からない人に深く口づけられるなんて気持ち悪いはずなのに、その上顎や歯をなぞるような舌遣いも、遠い思い出として閉まっておいたはずの記憶が溢れ出てくるのだ。
耳をふさがれているせいで生々しい水音だけが耳に響いて、羞恥心がこみあげてくる。胸を押し返していたその力は、息があまり吸えないせいかどんどん抜けていく。

「は、ん、ふぅ……ぁ…」

唇を離すと、銀の糸が伝ってぷつんと切れる。肩で息をしながら、もうこれ以上はだめだと、やめて欲しいと首を横に振ってジークフリードの胸を押し返すのだが。
その手を掴んだ彼は、甘い毒を囁くかのように、名前を口にする。


「フラン」
「……!」


完全に抵抗が止まったフランに、ジークフリードは「あぁ、この顔が見たかったのだ」と微笑んだ。
二度と、その声で呼ばれることは無いと思っていた自分の名前。彼ではないのに、違うのに。確かにその声だけは懐かしく、もう一度聞くことが出来たら――なんて奥底に眠っていた願望を炙り出す。

「ク、ロウ……」

貴方じゃないなんて分かっているのに。いや、貴方であって欲しくないと言うべきだろうか。
ジークフリードはその呼び名に、応えたわけではない。だが、ジークフリードは彼女が弱かった耳を執拗に攻めるように、耳に舌を伸ばして舐め、耳を甘噛みすると、面白いほどに反応する。


「ぁ、い、や…んっ…やめ、て……っ」
「あぁ、弱いんだったか。拒絶したくてもしきれない、そう言いたげだな?」
「っ、あな、たは、私の知ってる人じゃない……クロウじゃ、ない!」


まるで自分の言い聞かせるかのような悲痛な叫びに、ジークフリードは笑う。
この気高さが、染めようとしても染めきれないその在り方こそが、ジークフリードが感じるフランという人間なのだと。ただこの幻のような夢に浸るのではなく、突っ撥ねようとする所があってこそフランだろう。
そうだ、俺はお前の知っているクロウという男ではない。"例えもしそうだったとしても"その男は二年前に、彼女を置いて逝ってしまったことに変わりはないのだから。


「さぁ、まだ夜は長い……付き合ってもらうぞ。お前が今あるものを手放したくなるように、何度だって上書きしてやる」
「っ――」


似たような言葉を、かつて私は聞いた。
彼の表情こそは見えないけれども、ジークフリードは、フランの中で今でも鮮やかに残り続けている彼の記憶ごと塗り替えようとしているのだと、何となく直感した。

フランは、きっと幻想を振り払おうとしながらも、自分を通してあの男を見ている。
それはそれで、妙に腹立たしさを覚え、面白くない。今目の前に居るのはジークフリードという男なのだから。上書きしてしまう位に、色濃く自分を刻み付けてしまえばいい――あの日のように。
力が抜け、熱にとろかされた目でジークフリードを見上げるフランを宥めるように頭をなで、服に手を伸ばしたのだ。
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