Extra Cobalt Blue
- ナノ -

名のない雫

※「monotone」の菊流さんに頂きました!

呼び名はどうあれ、“先輩”だったあの日。
家にしがみつく私を無理やり壊してくれたあの日。
あなたの正体に気づいて、甘言を振り払ったあの日。
そして――決別と内戦の火蓋を切って落とした、あの日。

今思えば、いつも私はあなたの背中を見ていたのだろう。
向き合うことはあっても、視線が交わることはあっても、クロウは一歩先を進んでいた。
黒い鴉が羽根に硝煙をまとい、炭で黒く重たくなっていたとしても。持って生まれた黒だという顔で、気づかせないように。彼は選んだ道を進み続けた。

追いかけていたつもりだった。引き戻すつもりだった。今度は私が、あなたの殻を壊すのだと。あなたがほどいてくれた心で、士官学院生のフラン・E・ラングリッジとして、あなたがしてくれたことを私もしたかった。
武器を交えながら、必死に追いかけた。間違ってる、と叫ぶにも、刃を交えて止めるにも、もっともっと近づかなければ叶わないのだから。

あの日。そう、あの日。
多くの“あの日”と呼べる記憶があるなかで、最も“あの日”と呼んでしまう、十二月三十一日。
いつの間にか、あなたは私の背中を押していた。
まるで“先輩”のように私たちの前を進んでいたあなたの背中は、もう見えなかった。
振り返っても時の重力には逆らいきれない身体が、どんどんと私を未来に歩ませる。あなたはらしくもないしっとりとした笑みで、背中を押した手のひらをひらりと上げた。

立ち止まってはいけない。
遡ってはいけない。
彼のいる場所に手を伸ばしては、いけない。

思い出すたびに震えそうな吐息を噛みしめて。強張る喉を叱咤して。決して零さないと溢れた想いの残骸に何度も誓った。泣かないのだと。
忘れるためではない、忘れないでいられるために。忘れられない自分を、少しでも許していたかったから。


――戦術リンクの光が、灯る。青白く繋がる絆の色。相手によって色は変わることはないけれど、いつも頼もしい光が、今日この瞬間はたまらなく愛おしい。

「――いくぜ、フラン!」
「っ、ええ、クロウ!」

遠い遠い背中の偶像を、見ているだけなのかもしれない。実力ではなく、否応なく追い越してしまったはずの背中は、確かにここにある。
もう二度と隣に並ぶことはないと思っていた、守る日などこないと思っていた背中を、今守り、ともに戦う。

涙をこらえることなど、もう慣れていたはずだった。悲しく、寂しいと思った弱さゆえの涙を押し込めることを――銀色のピアス、青い薔薇、露天のラムネ…そしてヒンメルの墓石を見るたびに、何度も繰り返したから。

だが、戦術リンクの結いの目から、胸に込みあがるこの想いは、この喜びは、幸せは――得も言われない熱は。

(ああ……嬉し涙は、どっちだったかしら)

あの日握りしめた決意から見て正反対の雫は、一瞬目じりにかかり、振り下ろしたエペの共に払われる。ただでさえ頑固といわれるのに、そんな自分がツギハギに固めた決意はどうにも融通が利かないらしいから。
今はまだ、きっと汗なのだろうと思って、追いついた背中に背を預け、口元の笑みを描いた。
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