Extra Cobalt Blue
- ナノ -

陽炎に伸ばされない手

パルムでの実習の怪我は自分以上に、マキアスを傷付けるものとなってしまった。

――誰の為に傷付いたのか。
サラのその問いに、直ぐに答えることは出来なかった。仲間だから、友だから。
そんな単純な動機ではないことを、自覚していたけれど、明確な答えが自分では出せなかったからだ。
チームとして実習を行っている以上は、一蓮托生。全員が負うべき責任で。だから最低限、この程度で収めたからであって。

「……、もうそろそろ、腕も普通に動かせそうね」

フランは、包帯を外しながら、左手を握り締める。
普段は右手を基本的に動かしているが、この間指摘されたように、左手が利き手だ。

利き手が使えない状態になっていたが、盾の呪い故に、他の誰かが怪我をするよりも治りが早い。
それは強力な魔法障壁を作る代わりに、血を吸って起動し、自らの腕を持ち手から伸びた鉄の茨が貫くことで発揮される。
この怪我は、魔法やアーツでは残念ながら治すことの出来ない傷だ。その代わり、治りは普通の人よりも圧倒的に早いのだ。
何せ、もう傷跡さえも残っていない。

それならいいのではないかと思ったけれど、だからこそサラは怒ったのだろうし、マキアスやユーシスも納得はしないのだろう。

フランはエペを携えて誰に声をかける訳でもなく、旧校舎へと足を運んでいた。
人前で左手を遣っていることは殆どないけれど、怪我をした直後位はリハビリが必要だと判断したからこそだった。
誰かが旧校舎に来る前にと、朝食の時間の前から旧校舎へと向かって歩いていると、顔見知りが欠伸をしながら道の途中の第二寮から出てきたから足を止めてしまう。
悪いことをしているつもりではないけれど、見付かってしまったと反射的に思ってしまったからだろうか。
欠伸をして歩いて来たのは二年生のクロウ・アームブラストだ。


「よう、フラン。ん?武器持ってどーしたよ」
「クロウ先輩。えっと、リハビリをしに行こうと思って。クロウ先輩こそ、朝早いですね」
「まあ俺はキルシェで食おうと思ってな。ん……?あの旧校舎の中で、一人でか?」
「え、えぇ……」


信じられないみたいな声音で問いかけられ、フランは一瞬たじろいだ。
旧校舎の中には、ガーゴイルのような魔獣も居たのだ。一人で篭るのはあまり良くないのではないかと、判断したクロウは指をぱちんと鳴らす。


「ははーん、何だったら俺が付き合ってやろうか。そっちの手のリハビリだろ?」
「えっと……その申し出は嬉しいけど、ちょっと……あまり、見せられるものでも」
「……おいおい、気にするようなことか?つーか、アーサーの妹って時点で俺より強くても驚かねぇしな」
「ふふ、流石にそんなことはないわよ」


気を抜かせてくれるような冗談に、フランは花弁が零れ落ちるような笑みを浮かべた。
何となく感じるのだが、クロウも相当な実力者なのだろう。サラたちと肩を並べるほどの剣豪である兄と比べたら、自分はそれ程でもない。
そういった意味では、見られても支障はない相手なのかもしれない。
未だに、Z組の前でこれまで培ってきた技術を見せるのは、Z組の一員として普通の学生でありたい自分を保っていたいという思いに反するのだ。


「……それじゃあ、宜しくお願いしていいかしら。クロウ先輩」
「おう。けど、クロウ先輩に逆戻りかよ」
「あ……クロウ、だったわね」
「定着させてってくれよー。あ、朝の運動の後の朝食は付き合えよ」
「流石にこの間みたいに後輩に奢ってって言わなければね」
「……いやあ、流石に言わねぇ言わねぇ」
「本当かしら……」


けらけらと笑いながら背中を押す手が、温かくて。
気にしなくていいと言ってくれるその声は、気を抜いてもいいのだと伝えてくれるようだった。
適度な息抜きの仕方も分からない。誰かへの頼り方は――もっと分からない。

それでも少しだけ、気が楽になったのだ。


「……クロウがそうやって、声をかけ続けてくれてたら私は、もっと早く止まってたのかしら?」
「いやぁ、どうだろうな。フランは、俺がCとしてあの時に止めてなかったら、どうなってたと思うよ」
「……難しいわね」


クロウの夢の欠片を聞いていたフランは、自分がもしも《C》という存在と対峙せず、自分の欠点を真正面から否定されることが無かったらと想像を膨らませる。
たらればの話になるから、どうなっていたかなんてその時にならなければ分からない。
けれども、クロウとこうして一緒になることもなかったかもしれない。色違いのマグカップで飲みながら、ティータイムを楽しむなんてことも出来なかったかもしれない。


「クロウが居なかったら、結局今の私はいないのよ」
「……」
「な、なに?」
「突然でれられると、心臓にくるな」


照れながらも、『お前の人生にとって欠かせない一部になってたのか』と気付かされたクロウは、どんな夢でも、結局は現実に勝るものはないのだと強く思うのだ。
例え、目を逸らしたくなるような現実が目の前にあったとしても。夢に浸ることを選ぶ人間ではないのだ。
クロウも、フランも。同じ名を名乗るようになった二人は。

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