Extra Cobalt Blue
- ナノ -

明日の世界は何色だろう

学院も自由行動日になっている休日、フランとクロウは帝都駅の改札口で待っていた。鉄道がホームから出発した音が聞こえてきて、降りてくる人を眺めていたが、その中に見覚えのある顔があって二人は顔を合わせて笑みを浮かべる。
彼女が最後に帝都に足を運んだのはもう二年以上も前の話になる。帝都には遊撃士協会の支部が無くなってしまったし、復帰したばかりで混乱する帝国の中で多忙の身である彼女が来てくれたのは運が良かった。

「サラ!」

紫電と呼ばれるA級遊撃士、サラ・バレスタインは元教え子の姿に笑みを浮かべて手をひらひらと振り、歩み寄った。
時々連絡をしていたとはいえ会うのも二年ぶりで、帝都で遊撃士をしていた頃からの顔見知りで元教え子であるフランが自分の後に続いてトールズの教官になっていたことを知っていたから会える日を楽しみにしていたのだ。


「あらら、頼もしくなっちゃって。フラン、クロウ、久し振りね」
「おう、久し振りだな。わざわざ悪ぃな」
「元教え子の頼みなら一肌脱ぐわよ。……二人揃ってると、アンタ達が本当に夫婦になったんだと実感するわね。あの事件を経たこそだと思うと感慨深いわ」


サラの安堵したような優しい眼差しにフランはふっと表情を緩めて、クロウはばつが悪そうに頭を掻いた。まさかZ組が設立された当初、この性格も生きて来た環境も全く違う二人が出会い親しい仲になるなんて予想もしていなかったし、更に生涯を共にするようになるとは思いもしなかったとサラは意味深に微笑んだ。

詳しい話は場所を移してしようとクロウは提案し、鉄道憲兵隊に既に掴まれているかもしれないがなるべく帝国軍関係者にサラが来た情報を掴まれない方がいいだろうと、ヴェスタ地区に移動し、住宅街の中にひっそりある小さなバーへと足を運ばせた。


「あたしが奢ってあげるからアンタ達好きなの頼みなさい。あ、ビール一つ!」
「サラ、まだお昼よ?」
「んじゃあ俺も酒でも頼むとすっか〜」
「もう、まったく……」
「フランはどう?」
「はぁ、私は遠慮しておくわ」
「こいつ、酒にそんな強くないからな。ってか、そりゃもう弱い」


クロウの指摘にフランは不満そうに顔を顰めるが、悔しい話それが事実だからこそ文句を言うに言えず拗ねるフランを宥めるクロウの姿に、サラは「アンタ達そういう所は変わらないわね」と呟いた。サラとクロウは酒を頼み、フランはジンジャーエールを頼んで再会を祝して乾杯をした。


「フランも、もうあのラングリッジじゃないのね……あれだけ固執してた物に区切りを付けて、しかもこいつと一緒になるなんて、感慨深いものね」
「確かに初めてサラに出会った時はこんな未来があるなんて思ってなかったから」
「はは、俺もまさかそうなるとは思ってなかったな」
「クロウ、幸せにしてやんなさいよ。ま、フランもだけどね」


元教え子同士が結婚したというだけではなく、それぞれが一般的な幸福とは反対の道を歩んできたことを知っているし、どれだけすれ違って来たか間近で見ていたからこそ。結ばれたことを心から祝福していた。
サラはビールを一気に飲み、ぷはっと気持ちよさそうに声を上げる。しかし見慣れているだらしない態度は一変し、その瞳に真剣な光が宿る。


「それで、本題だけど。……遊撃士の門、叩くのよね」
「あぁ、向いてねぇって思うか?」
「いえ、アンタの呆れるまでの信念の強さは知ってるわ。ま、その情に厚い所も含めて気質的には向いてるでしょうね。ただ、アンタの場合はただ更生するとか、自立の道を選んだって訳じゃ無さそうだってことだけ確認しておきたくてね」


サラの的を得た鋭い指摘に、クロウは流石は教官を務めていただけはあると肩を竦めた。クロウという青年を見て来たからこそ、純粋な感情だけで遊撃士を志している訳ではないと気付いたのだ。そして、何故クロウが"遊撃士"という道を選んだのか、心当たりがあったからか、サラの目はすっと細められ、クロウに問いかけた。


「……鉄血宰相に一糸報いる唯一の立場って所かしら」
「……はは、お見通しって事か。そうだな、遊撃士としての仕事に魅力を感じてないって訳じゃない。だが、この立場で抗いたいってのが本音だ」
「ま、あたしも猟兵上がりだし、あの宰相には一泡吹かせてやりたい気持ちもあるから否定はしないわ。でも、クロウ、アンタが自分の信念と遊撃士としての立場を天秤にかけられた時、どうも不安でね」
「はは、んなこと心配されてたのか。考えすぎだっての、サラ」
「……」
「何せ、今の俺は自分を賭ける以上に守りたいもんがあるからな」
「えっ」
「……ふふ、成程」


クロウの答えに、サラの中で腑に落ちたのか納得したように頷いてビールを一気に飲み干した。これ以上の疑いのない答えは無いだろう。人を守るという信念は彼の中に既に根付いていたのだから、心配することも無かったようだ。


「それで、フランも全部理解した上で応援することにしたってことよね」
「えぇ、勿論。クロウが安心して居られるように、帰る場所を守るし、背中を守れるように私自身、成長していくつもりよ」
「……アンタも随分立派になったもんね、フラン。そういえば教官として頑張ってることはミュヒトさん伝いで聞いてるわよーあたしに負けず劣らず実技テストの時は鬼教官だって?」
「う、それは……」
「アンタなら絶対いい教官になれるでしょうね」
「サラ……ありがとう。ふふ、いいお手本があったかしらね」


フランの言葉にサラは満更でもなさそうに笑って、もう一杯新しいビールを頼んだ。
サラの実技テストを経験しているからさじ加減という物が分からなくなっていたし、フランが元Z組である前にラングリッジ家の貴族だったことは知られているからその分見た目も合わさって舐められがちで、そのギャップもあるだろう。


「あたしはこの後各地に仕事が残ってるから直接見て上げられないんだけど、トヴァルが引き受けてくれるそうよ。何でも二年前の借りだって」
「?あぁ、リィンの場所を教えたことか。借りでも何でもねぇ気がするが、律儀だな」
「トヴァルさんも忙しいでしょうに、ちょっと申し訳ないわね」
「なに、今帝国の遊撃士があの男の政策で激減して困ってるんだし、新人が来るのはこっちも願ったり叶ったりよ」


遊撃士としての知識や手解きを学んでもらう為にトヴァルに監督を任せるが、既に情勢も詳しくあらゆる情報に精通し戦闘の腕前も十二分なクロウならば普通の人よりも圧倒的に早く正遊撃士となれるだろうとサラも予感していた。何せ帝国解放戦線リーダーとしてあの鉄血宰相や筆頭以外の鉄血の子供達を一度でも欺いた程なのだから。


「くく、もしかしたらサラより早い期間でA級になるかもな」
「言ったわね〜?ふふん、実際やってみて、あたしが如何に凄い美女か思い知ることになるわよ」
「自分で美女ってサラ……」


暫くお互いの近況について話した後バーを出て、飛行艇で次の目的地に向かうというサラと共に飛行場へ向かう。
搭乗券を買い、また会おうじゃないの、と満面の笑みを浮かべて挨拶をしたサラは発着場に入って行く。サラの背を見送っていたが、彼女は振り返って二人に声を掛けた。

「心配ないだろうけど、夫婦仲良くしなさいよー?」

それだけ言うと颯爽と中に入って行ってしまったサラに、瞬いていた二人は顔を見合わせて吹き出した。正遊撃士となれば一緒に居られる時間も減ってくるのは分かっているのだが、それでも寂しさ以上に新たな門出が楽しみだったのだ。
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