Extra Cobalt Blue
- ナノ -

挑む明日を説き伏せて

五月の二回目の実技テストが行われる水曜日。

昼休みの時間にフランはトリスタの街に下りて人が来るのを待っていた。遠くの方で電車がトリスタを発つ音が聞こえて来て、フランは何処か落ち着かない様子でそわそわしていた。
そして、待っていた人の姿を視界に捉えて、フランは顔を綻ばせて手を振り駆け寄ると、来るのを待っていた相手、クロウもまた少し早足になってフランと合流した。クロウは懐かしむように辺りを見渡し、ふっと笑みを浮かべる。


「久し振りのトリスタだけど、どう?」
「そういや、ここに来るのは二年ぶりだな。はは、懐かしいな。最初は単なる足場として入学したのにな」
「……それだけ、クロウが学生という時間をクロウという個人として楽しんでたってことよ。先輩達と過ごした一年、先輩という立場でZ組とも関わりのあった二年……それは、嘘じゃなかったから」
「くく、そーだな。リィンにもそう指摘されてたのも今じゃ懐かしいな……どう誤魔化したって、お前らも諦めてくれなかったしな」
「ふふ、クロウはそれだけ皆に愛されてたのよ」
「嫁さんにもな」
「も、もう……そういう揚げ足は取らなくていいの」


クロウ・アームブラストとしてトールズ士官学院で過ごした二年は、間違いなく彼の中で本物だったのだ。
仲間思いで情に深い性格だった彼には、全てを取り繕って淡々と過ごすことは出来なかった。そうさせてくれない仲間達や後輩達との出会いが彼の学院生活での意識を徐々に変えていったと言った方が正しいのかもしれないが。
お調子者でギャンブル好きで校則違反も繰り返していたクロウだが、街の人や違うクラスの生徒達の記憶にも強く残るほどに慕われていたのだ。

彼と一通り学院や街を回りたいという気持ちもあったが、まずはここに来た目的を果たすべきだろう。フランはクロウと並んで、技術棟へと向かった。
尋ねると技術部の生徒はフランの横に居た見慣れない初めて見る顔に、疑問符を浮かべた。


「あれ、フラン教官、そちらの方は?」
「ちょっと今日の実技テストで特別講師をしてもらうつもりでね。オーブメントの調整をしてもらおうと思って」
「しっかし、ジョルジュが居ない技術棟ってのも見慣れねぇな」
「ジョルジュって、ここの卒業生のジョルジュ先輩ですか?」
「なんだ、知ってんのか?」
「いえ、実際に見たことは無くて話に聞いただけなんですけど、凄い先輩が何代か前に居たって有名ですから」


各技術機関やルーレ大学から誘いが来たけれど、各地方の機関を回る武者修行をしている有能な技術者が居たのは技術部では有名な話になっていた。Z組だけではなく、ジョルジュ、更にトワやアンゼリカの話も未だに直接関わりのない今の生徒達に伝わっているのだから「どれだけ癖があるやつばっかだったんだか」とクロウは肩を竦めて笑うが、フランは「それだけ偉大な先輩だったんじゃない?」と答えた。

オーブメントやリンクを確認してから技術棟を出てグラウンドに向かっている途中に次の授業開始を告げるチャイムが学院に鳴り響く。
いきなりクロウを連れて来ても困惑させるだろうかと考えたフランは合図するから少し待っててとクロウに声を掛けて階段を降りると、既にグラウンドに集まっていた生徒たちは実技テストで緊張しているのかフランが来たことで話しを止めた。


「ふふ、集まってるみたいね。今回の実技テストは、前回とは違った形式を取るわ」
「前回とは違う形式……?」
「そ、それはどういうことでしょうか」
「四人一組でARCUSの機能を使いながら戦ってもらうのには変わりないけど……今回の相手は私が務めさせてもらうわ」
「え……」
「えぇ!?きょ、教官が?」
「一人で四人を相手にするなんて、不可能じゃ……?」
「私一人でもいいんだけど、戦術リンクを実感して貰おうと思って、ここのOBを呼んでるのよ」
「OB……?」


教官であるフランの実力を実際目の当たりにしたことがない生徒達の一部は四人で彼女を相手にすることは無理があるだろうと狼狽えるが、武の道に携わっている生徒にはフランに隙が無いのが分かるのか、嫌な予感を感じ取っていた。

そして、フランがちらりと階段上に視線を配ると、クロウは出番かと口角を上げて笑い、腕を上にぐっと伸ばしてから武器を手に階段を下りて来た。
生徒達は誰か来たことに気が付いて振り返ったのだが、初めて見る顔にざわめきが広がる。銀髪に真紅の目で、端正な顔立ちに加えて長身が目を引く青年だった。そして手には身の丈を越える両刃剣を握っていた。


「あれは暗黒時代の産物の武器……?」
「つーことで、フランの紹介にもあったように特別戦術講師として呼ばれたわけだが、今日は宜しくな」
「は、はぁ……」
「なんか軽そう……」
「おいそこ軽そうってなんだ」
「……あの人、フラン教官以上に隙ない」
「クロウも突っ掛らないの。さて、そろそろ始めましょうか」


クロウの雰囲気に何処か軽そうだという印象を口にする生徒達だったが、フランに声を掛けられ、再び緊張感が戻って来る。そして四人の名前を指名して彼らが準備している間に、フランとクロウもまたリンクを結んでそれぞれ武器を構える。
クロウは両刃剣、そしてフランは白銀の銃だ。それまで二つの種類が異なる剣を使っているらしいことしか知らなかった生徒達は初めて見るその武器に驚きを隠せなかった。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺はここのOBのクロウ・アームブラストだ。くく、いっちょ揉んでやるかね」
「え……」
「あ、アームブラスト……?」
「もしかして教官の……!?」
「えぇ、その通り。言っておくけど私も、私以上にクロウも強いわよ。戦術教官フラン・E・アームブラスト、いざ参る!食い下がって見なさい!」


武器を構え、開始の合図と共に四人は陣形を整え、連携を取りながらフラン達に何とか膝を付かせようと攻撃を始める。フランはクロウの後ろで守備的補助をした後、銃を構えてちらりと四人の動きを把握した。戦術リンクは四月に比べれば向上しているが、まだまだ自分本位な行動が目立つ。

前線に立つクロウは生徒達の簡単に剣撃や銃弾を弾き返していたが、アーツによってクロウが一瞬怯んだその隙にチャンスだと攻撃するが、即座に反応したのはフランだった。


「っ、フラン教官……!?」
「ふふ、甘いわね!」
「ったくあんまり庇い過ぎるなって言ってるだろーが」


マンゴーシュを抜いたフランはクロウへの攻撃を全て受けきり、そしてクロウによる強烈なひと振りをすると後方に吹き飛ばされる。体勢を立て直そうとしたその瞬間、クロウの後に続いてフランによる容赦ない追撃が入り、生徒達の体勢が崩れる。


「行くわよ、クロウ!」
「おうよ!」


戦術リンクのオーバーライズが発動したと同時に、フランとクロウによる連携攻撃が生徒達を襲う。遅延の方陣が展開されたと同時に、剣撃による十字の衝撃波と白い光を纏った銃弾が爆発を起こす。
二人が武器を下したと同時に、生徒達は武器と膝を地面に付け、肩で息をしていた。これ以上は無理だろうと手合せを終了した。


「こんなに、強いなんて……っ」
「リンクだって、同じARCUSを使ってるはずなのに……」
「この手合せで、戦術リンクに関して自分自身で掴んでみなさい。それが貴方達個人の、そして仲間同士の成長につながる筈だから」
「ハハ、厳しい教官なこった」
「サラよりは優しいわよ?」


一体自分達に何が足りなかったのか──口を閉ざした四人は立ち上がって、悔しさを滲ませながら戻っていく。
悔しいと思うことが、彼らの成長に繋がる筈だろう。まるで二年前の自分達のようだと思いながら、フランはリボルバーに新たな銃弾を詰めて、クロウに視線を配らせる。一人で戦う以上に力が発揮できているのは、当然クロウの存在があるからだろう。
クロウもまたフランの視線に気づき、ふっと笑った。クロウもまた学生の時フランと行った実技テストはたった一回だったからこそ、今回こうして再びフランと実技テストを行えることが楽しく、また学生の時に戻った気がするのだ。


「さて、俺達はまだまだいけるし、次行くとするか?」
「ふふ、まだまだ実技テストはこれからよ?次の班、前に出なさい!」


そして再び武器を構え、生徒達の壁として立ちはだかるのだ。
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