紺碧片のオフェリア
- ナノ -

群青行路


メルカバが向かった先は、エリンの郷。
同行する仲間が二人増えてから寄るのは初めてのことだった。まだ何も解決していないというのに、不思議と足取りが少し軽くなっていることに、フランは浅く息を吐いて、これではいけないと腰に隠すように収めた銃に触れる。
奇跡のような時間が今はあるとしても――これはカウントダウンだ。
その事実に対する寂しさと、やるせなさがない訳ではないけれど。それ以上に、受け入れてしまった。
短くも、限られた時間の中でも、己の果たすべき最後の使命を仲間と共に果たそうとするクロウ・アームブラストの生き方というものを。

広場から工場へと足を運び、銃弾の補填をしてもらっていた。
自分が使用している銃は、導力銃ではない以上、弾丸の補充が必要になる。実家に寄れない以上、この工場で作ってもらうか、ジンゴの店で火薬式の銃弾を仕入れて蓄えなければいけない。エマに頼むことだって出来るのだが、彼女には先々で魔法で助けてもらっていることを考えると、躊躇われてしまう。
ジンゴには散々「このブツはよく猟兵のヤツらが使うってのに、ねーちゃんもパーッと爆発する派手な武器が好きだな」と言われたものだ。
この郷の魔女に頼んでいた物を持ってきてもらうのを待っていると、後方から扉が開く音と足音が聞こえて来て「フラン」と声をかけられる。
この声を聞くたびに、胸の奥が温まる感覚を覚えるのだ。


「へぇ、ここで銃弾を補填して貰ってたのか」
「クロウ?ふふ、よく私がここに来てるって分かったわね」
「俺との戦闘でかなり銃弾を消費しただろ?しかもなんか何時もと違う感じの妙に魔術の気配を感じる銃弾だったから、兄貴も居ねぇのにどうやって調達したのかと思っててな」
「あの短い戦闘中にそれに気づく辺りが流石と言うか……。そう、兄様と接触出来ないからエリンでね」


そりゃあ、一緒に過ごした時間は短いとはいえよく見てたからな、と思いながらクロウはカウンターに乗ったフランの銃を手に取って改めてまじまじと見詰める。
フランの場合は銃弾の数にも制限があるから、無駄撃ちは出来ない。だからこそ、正確かつ数発で急所を撃ち抜くような技術を備えたのだろうが、剣術と組み合わせて臨機応変に戦うスタイルになっているのも頷ける。

――そういえば、マクバーン相手には相変わらず容赦なく心臓や頭、剣を握る腕の肩の関節目がけて狙っていたが、俺と戦った時は敢えて外してたよな。
そんなことを思い返しながら、無意識に彼女に伸びた手でぽんぽんと頭を撫でると、フランはきょとんとした顔で俺を見上げた後、少し気恥ずかしそうに微笑む。


「ちゃんとお互いのスタイルを把握しきった状態で合わせるのも実は初めてだし、後輩でも何人か誘ってそこの森に居た幻獣相手に肩慣らしでもしてみねぇか?」
「げ、幻獣相手に肩慣らしって……まぁ、この先相手にする人たちを考えると、幻獣相手に躓いてもいられないものね。後輩たちって、ユウナ達?」
「アイツ等も頼もしいけど、もっとZ組の先輩達に追いつきたいと思ってる所はあるだろうからな」
「……ふふ、そういう所はちゃんと考えてるというか。私たちも、お互いスタイルチェンジする時の連携も確かめたいものね」


フランの武器は全てで4種類。利き手と反対で構える攻撃用のエペと、利き手で構えている防御用のマンゴーシュ。そして本来最も得意としている武器、白銀の火薬式の拳銃。そして、使用者の体力はかなり奪うが、防御力を誇る盾。
臨機応変にフランなりのタイミングで切り替えて使用するそれらと、自分もまた二丁の導力銃と両刃剣を切り替えて戦うタイミングの確認を行わなければいけない。

仕上がった銃弾を受け取ったフランと共に外に出て、新Z組に声をかけていく。
教官であるリィンが居ない中、自分達がメインで手強い魔獣と戦うという条件に息を呑みながらも、やはり全員がもっと成長をしたいという思いがあったのか、一緒に行かせてくださいと頷いたんだから流石はリィンの教え子――同じZ組と言うべきか。

エリンを出た先の森は、幻想的な空間になっている。エリンで目を覚ましてから何度もお世話になった転移門で各地に繋がっている森を歩くのは慣れて来たものだが、当初は居なかった幻獣の強い気配を感じられて肌がぴりぴりとする。
前を歩くフランの装備を改めて見た時、クルトは疑問を覚えて声をかけた。ラングリッジは双剣を使う者が多いと聞くが、彼女が強敵と戦う時はどちらかというと銃を使っていた印象があった。


「そういえば、フランさんも双剣を使うんですよね」
「えぇ、クルト君の前では銃を使うことが多かったけど、私も普段は双剣を使ってるわ。とはいえ、ラングリッジの流派って個人のアレンジが強いから我流が目立つし、私は双剣を極められなかった身だけど」
「ご謙遜を。そういえば、アーサーさんが双剣の達人なんでしたか。何でもアッシュが一回負かされてるとか」
「……チッ」
「クク、なんだ、アッシュ後輩はアーサーの奴に負かされたのかよ」


不意を突かれただけだと行方知らずになっている悪友の一人。どうやらアッシュは何らかの苦手意識というか対抗心を抱いているようだ。
強さを知っている分、心配は全くしていないが、アンゼリカの件もあることを考えるとあまり楽観的でもいられない。
肉親でもあるフランの方が心配しているだろうが、ジョルジュが地精としてこの黄昏で暗躍し続け、アンゼリカはジークフリードであった時の自分と同じく傀儡として使われ、トワの行方が全く分からなくなっている今、一体どこで何をしているんだか。

森の奥、そこには巨大な幻獣がその場から縛られて居る状態で鎮座していた。
こちらから刺激を与えなければ襲ってこれないようではあるが、幻獣の攻撃範囲に足を踏み入れて、それぞれ武器を構える。


「行くぞお前等!フラン、危なくなった時は後ろに下がってくれよ」
「えぇ、アーツの時は私に前を任せて」


両刃剣を構えて、フランも始めは双剣を構える。
巨体である分、大振りな動きであることを考えると、敵の攻撃を避けることに特化しているフランの本領を発揮しやすいだろう。
前線で片脚を切り刻んだ後、アーツを駆動しながら、リィンが育てている後輩たちの仕上がりを観察する。全員のスタイルが全く異なる分、なかなかいいバランスだ。
チームを鼓舞する要が、ユウナであるというのも特徴的だろう。彼女を中心として、攻撃を担う男子二人の筋も良い。
誰かが攻撃を受けて怯めば、アルティナとミュゼが中心になって回復に回る。その連携の良さも含めて、いいチームを仕上げたじゃねぇか――なんて、こいつ等の教官に拍手を送ってもやりたい。
どちらかと言うと、ひとりで抱え込みがちな教官の手助けになる為に成長している感があるが。


「でもそりゃあリィンに限った話でもねぇか」
「クロウ?何ぼうっとして……」
「いーや。最後の仕上げと行くか、フラン!」
「えぇ!」


一人で抱え込んで前へ進もうとしてしまう彼女を守れるように、と思う気持ちは分かる。
フランが素早く剣を奮って、首の後ろから銃弾を撃ち込んだ所で魔獣の身体ががくんと沈んで膝を付きそうになる。そこを下から吹き飛ばすように双剣を回転させると、重力と体の重さで刃が食い込んでいく。
咆哮して、淡く光りはじめたと同時に、幻獣は弾けるようにその姿を消した。戻って来た両刃剣を手に取って、地面に着地をしたフランと手を重ね合わせる。
本当に頼もしくなっている。二年の時を経て、フランが強くなっていることを実感する。


「……パイセンら、容赦なさすぎだろ」
「貴方たちも。ふふ、私としては前は敵として立ちはだかったアルティナがこんなに頼もしくなってるなんて、ってちょっと感動しちゃうわね」
「ありがとうございます。でも、それを言うなら、クロウさんもだと思いますが」
「うっ、まぁな……痛い所付くんじゃねぇっての」
「あら、私ももう少し褒めて頂けると嬉しいのですが……」
「ミュゼも精神的に色んな意味で成長したとは思ってるけど……私を振り回すような言動が直ってないことだけはどうにかならないものかしら?」
「はは、そりゃ無理だろー。お前、からかい甲斐があるからな」


納得いかないとジト目で見上げて抗議してくるフランだが、昔から彼女を知っていたらしいミュゼと頷く。
その様子と性格の違いに、本当にこの二人が恋人なのかと一周回って不思議にもなるようで、ユウナたちは苦笑いを浮かべる。


「流石に幻獣を相手にした後で疲れてるっていうのに……まったく」
「えぇ、そこに関しては同感です。何だかへとへとです」
「あっ、エリンの温泉で疲れを癒すのはどうですか!すっごい効くんですよ〜!」
「へぇ、ユミルみてぇに魔女の里にも温泉があるのか」


エリンに戻り次第、温泉に浸かろうと盛り上がる中、少々気恥ずかしそうに自分を見上げてくる視線が向けられる。
温泉に入るというだけでこの反応――もしや。混浴なのではないかという結論に至り、笑顔を浮かべて「疲れを癒すのも大事だからな!入ろうぜ」とわざとらしく声をかける。
あくまで自然に。知らない体で、同意を示す。
後輩も巻き込んでフランが遠慮をする隙も無いような雰囲気にして、激しい戦闘の後の疲れを癒すエリンの湯へと直行する。

ユミルの温泉の入ったのは、もう随分と前のことになる。あの時は男湯と女湯で分かれていたが、混浴が出来る時間帯もあった。
そう考えると、温泉自体が久々になるのだが、温泉自体は実は縁があった。故郷のジュライでは、塩泉とサウナが主流だった。縁があったら、ジュライのサウナにも連れて行ってやりたいものだが。

あまりに夢を抱き過ぎるのは、良くない。生きている奴の足を止めさせてしまうような行動は、不幸を色濃くさせてしまう。
こんな未来もあった筈かもしれない――なんて延長戦は、所詮、泡沫の夢だ。

着替えているアッシュとクルトに先は入るぜと声をかけて、外に出ると、湯着を着たフランと鉢合わせた。


「お、フラン。いやぁ、お前と一緒に入っても変に思われない状況ってのは有難いな」
「あのね……確信犯って所がまったくもう。……っ!」
「まぁまぁそう言うなよ。ん?どうしたよ」
「クロウ……その、胸は……」
「え?あぁ、あの時の傷だ。ぽっかり空いちまってるだろ?」


フランの視線が向けられているのは俺の左胸。丁度、心臓の部分に出来た傷跡だった。
背中にまで貫通しているその傷跡に、顔面蒼白になっている彼女に冗談めかして気にするなと伝えるのだが。
紅魔城で心臓をテスタ=ロッサに貫かれた痛々しい傷の痕は、自分以上に、フランにとってトラウマになっていたことを思い知らされる。
顔を苦しげに歪めて傷痕にそっと優しく触れてくるその温かな熱に破顔して、彼女を安心させる為に、宥めるようにぽんぽんとその頭を撫でる。

そして半ば強引に、彼女の手を引いて温かな湯の中に身体を沈ませる。リラックスして「はぁ〜、極楽だぜ〜」と呟く俺に、不安そうにしていたフランの表情は和らいでいく。
一足先に二人で温泉に浸かって温まっていると、遅れて新Z組が続々と温泉に入って来る。一気に賑やかになるが、どう見ても初心そうに見えるクルトだけは視線を逸らしていた。
それを言ったら何かと得をするリィン以外は、旧Z組もこの手の話には乗ってこないというか、初心な連中が揃っている。


「不思議とこのお湯って疲れが取れるわよね……皆も結構派手な戦闘だったし、ゆっくり体を休めて……」
「……いいなぁ、小柄なのにそんなに成長してて……」
「え?」
「……そうですね、私もあと数年歳を取ればこうなれるでしょうか」


アルティナとユウナの会話に、一体何のことを話されているのか気付いたフランは紅くなった顔を逸らして、俺に助けを求めてくる。
けど、俺的には美味しい話だと思いながら諦めろと言わんばかりにひらひら手を振る。弄り慣れているらしいミュゼのお陰で、どんどんその話が膨らんでいく。
控えめに言っても豊満な胸は、同性からしても羨ましいのだろう。異性の話を目の前でされる居心地の悪さに、今度はクルトが俺に助けを求めてくる。


「……いいんですかクロウさん」
「くく、こんな機会でもなけりゃ二度と拝めないもんだから男なら堪能しとけ」
「そ、それはどうなんでしょうか……」
「んじゃ、ウブな坊ちゃんは置いておいてお言葉に甘えて」
「……ちょっとクロウ、聞こえてるから」


女性達の追及から逃げるように近くに寄ってきて、周囲に悪影響を与えるから慎んでほしいと文句を言ってくる。
俺が関わらなければ生真面目な印象を受けるだろうフランのイメージは、俺と居るだけで容易く崩れていく。寧ろ、俺と居る時だけは少しだけ子供っぽくなると認知されるのが嬉しかった。


「聞いてはいたがフランさんを元々知っていた分、益々、二人の組み合わせが不思議というか……」
「うふふ、フランお姉さまは押しに弱い所がありますから。からかうと素敵な反応をしてくださいますし」
「分かってるじゃねぇのそこの後輩」
「ミュゼ、貴方ね……」


もう少し先輩らしく頼りがいのある姿を見せたかったのに、と肩を落としているが、寧ろこんなにも気を張り詰め過ぎていないフランを見られるのはきっと彼女の口ぶりからして、二年ぶりなのかもしれない。
思わず罪悪感がふっと沸いて来て、ごめんという言葉が頭を過るが、フランに先日言われたことを思い出してぐっと呑み込む。
彼女は謝られることはないと俺から目を逸らさず、はっきりと断言したのだ。
そんな思いを抱くことをすっぱりと止めることは出来ないとしても、その想いを口に出すことは控えておこうと再度心に決めて、傷跡の付いた自分の胸に手を当てる。
体温的には温まったとしてもやはり、鼓動の音は――しなかった。

温泉から出た後、湯冷めする前に着替えたのだが、僅かな風が熱さを緩和して、心地よく感じられる。
メルカバに置いていた物を取りに行って、再び広場に戻ると、フランは温泉の近くにあるベンチに腰掛けて涼んでいた。
温まって上気した頬と、しっとりと濡れた髪が色香を含んでいて、二十歳になったフランの魅力を引き出させる。


「おーい、フラン」
「あら、どこ行ったんだろうと思ってたけど、その手にあるのは……?」
「ラムネがありゃ良かったんだけどな。けど風呂上がりのコーヒー牛乳もいいだろ?」


俺の手に握られている、瓶に入ったコーヒー牛乳を見たフランはくすくすと微笑む。
お風呂上りや、夜に自習をする際にカフェラテを作ったのが懐かしい。流石に紙のふたなんてレトロなコーヒー牛乳は道中売ってなかったが、瓶で飲む風呂上がりのコーヒー牛乳は乙なものだ。


「えぇ、コーヒー牛乳は甘くて飲みやすいのよね。それにしても、ラムネ、か。ふふ。懐かしいわね」
「トールズの夏に、フランに渡したんだよな。あの時は一応ただの後輩と先輩の時だったが」
「クロウが自分で誰かに奢るのは珍しいんだーなんて言いながら渡してくれたものね。確か誰かに偶々会ったら一緒に飲もうと思って2本買ってたんだっけ?」
「……あー、そんなこと言ってたか」
「え?」
「……いや、フランにあげようと思って買ってたんだよな、あれ」


庶民的な飲み物のラムネを知らないだろうフランにも飲ませて経験させたいと思った俺は、二年前に学生会館の一階で売っていたそれを、一度は飲んでいたのにフランと飲む為に2本買ったのだ。
彼女にあげる時は「誰か知り合いに会ったらあげようかと思って買ってた」なんて、フランに会ったのは偶然だと言い訳したが、真相は違った。
二年ぶりに恥ずかしいことを告白したような気がして、頭を掻いていると、からかう訳でもなく綻ぶような笑顔で「ありがとう、クロウ」と感謝を口にする。


「何処かで売ってたら……また、飲みたいわね」
「あぁ。今度は開け方教えなくても開けれるもんな?」
「もう、当然でしょう?クロウに教わったことなら、猶更忘れないわ」


誤魔化すこともない、純粋な愛情は、楽しいだけじゃなかった思い出も含めて温かく、色鮮やかにする。
限られた時間の中でも、フランに与えられるものは何か――彼女の未来に、残せていけるものは何だろうか。
そんなことを、沸々と考え始めるのだった。