22%の群青
- ナノ -

01

――本当はもうとっくに終わっていた筈の命。立ち止まってしまったと思っていた筈の自分の人生。

それをあり得る訳も無かった奇跡のお陰で。相棒であるオルディーネ達のお陰で再びその命を拾うことが出来た。
もう一度、生者として生きることは叶う訳も無いと諦めていた――というよりも、腹を括っていた。それはもしかしたら俺以上に、俺が死んでからもこうして二年もずっと思い続けて愛してくれたフランの方が。
辛い別れをまた経験させることに後ろめたさはあった。それでも会えたからこそ、フランの想いや辿って来た二年を聞いてしまったからこそ。
例え俺が居なくなってしまったとしても、二度と誰にもフランの隣を譲る気が無かった俺にとって、この結末はあまりにも幸福過ぎた。


12月31日。
この日は俺の命日だった筈で、俺の居ない所でフランが毎年静かにヒンメル霊園で祈りと共に青い薔薇を備えてくれていた日。
だからこそこの日に――フランのこれからの人生を貰った。
内戦中のミシュラムで既にプロポーズのようなものをしていたが、正式に、アームブラストの名前をフランと分け合った。
それがフランにとってどれだけの意味があることか、そんなのは俺が一番よく分かっている。
結婚することでフランは由緒正しい大貴族のラングリッジ家から初めて家の外に出る女子として平民の家に嫁ぐことになり、俺と出会って《C》として対峙するその時まで一度除名をされたことで自分の家の名に誇りと執着を持っていたフランがその名前を失うことになるのだ。
それも、俺は胸を張れるような真っ当な人間でもない。けど、フランはそれを全て解って、涙を零しながら「クロウ以外の人が居る訳ないって言ったでしょう?」と答えてくれたのだ。

もう二度とフランを置いて逝かず、生きて守り抜けるように――なんて、俺の決意以上に、"クロウの背中は私が守るから"と言ってくれる彼女は本当に頼もしい限りだし、流石フランらしくあった。俺の惚れた相手はそういう人だった。


「なんつーか、この先あんまり家に帰って来ることはないのに、こんな格安でいいのかね」
「ハーシェルさんや私が幼少期からお世話になってた人達が口利きしてくれたみたいで」
「はは、フランの人徳の賜物だな」
「兄様がポケットマネー出そうとしたから流石に止めたわ……当主だっていうのに流石に妹を甘やかそうとし過ぎよ、あの人は」
「フランがワケありの平民に嫁ぐって言っても、家全体で祝福されるような状況になったのが嬉しいんだろうな。お前を幼少期から見てれば余計にだろ」
「ふふ、そうね。クロウは自分をワケありって言うけど、私も大概よ?」


買ってきた荷物を腕に抱えてヴェスタ地区の一角にあるアパルトメントに向かって、フランと並んで歩いていた。
あの騒動が起きた夏の終わりから秋という季節は早足で過ぎて行って、もうすっかり冬になっているからか、冷たい風が頬を撫でて行く。葉は枯れて、枝だけになった樹が風に揺れて、吐く息は白く色づく。
冬という季節だからか、夏には数多く見られるカフェのテラス席にも人は居ない。

内戦の一件を経て、先代の当主――実の父に除名をされた曰くつきの女児として、使用人たちにラングリッジ家の主だと思われていなかったフランは、長年切望していた"家に認められる"という願いを叶えた。
和解を果たしたフランにとって、これからが真の意味でラングリッジ家の使命を果たすことが出来たかもしれない。学生時代のフランの夢を叶えていけたかもしれない。
それでも――フランは、だからこそ自分のこの家での夢は、目的は達成出来たのだと、漸く自分から手放すことを選択できたのだ。


「だって、私はもうラングリッジじゃなくてアームブラストなんだから……そこを頼るのはおかしいと思って」
「……だな」


アームブラストという苗字に変わったフランだが、貴族街でもあまり後ろ指を指されることが無かったのは、内戦終結に大きく貢献した立役者の一人でもあったからだ。
貴族も出兵されていた状況で戦争をたった一日で食い止めることが出来た話は、当然貴族街にも広まることとなったのだ。
フランは実家の手伝いで兄であり当主のルッソの秘書を務めつつ、本来の役割でもある皇族の援護をアルフィン殿下の依頼ということで内密に行っていた。

家を出ることになり、その任が解かれた今、アルフィンは寂しがってくれたことにフランとしても感謝が尽きなかった。


「俺がまさかこんな風に結婚するばかりか、貴族だったフランと結婚することになるなんて……爺さんも驚くだろうな」
「ふふ、そう?案外アーサーとかスターク君みたいにすんなり納得してくれたかもしれないわよ」
「確かにな。アーサーの奴、ご祝儀とか言ってバイク寄こしてきたんだから、アイツらしいっつーか」
「クロウのしたいことが分かってたのかもね。私がバイク好きっていうのもあったかもしれないけど」


クロウのしたいこと。
その言葉に、静かにそうだろうな、と頷いた。
戦争の事後処理に追われてそれぞれが忙しくあったのもあって、フランの兄であるアーサーや同級生にあたるトワやアンゼリカ、ジョルジュといった面々に、まだ今後のことを伝えている訳ではない。
だが、ジュライに一度帰ることも含めて、暫く色んな所を移動するつもりだという計画は、言わなくても伝わっているのだろう。


「それ考えると、家をこんな帝都に借りちまうのも悪い気はしてくるが……」
「当てのない旅に出るとしても……帰る家は、必要でしょう?」
「――あぁ、そうだな」


何をしたいか、拾った命で元テロリストとして国家を揺るがした自分はその罪を背負いながら何をなしていくべきか――まだ、それは分からない。
フランをそんな俺に付き合わせるべきかどうか一瞬迷ったけれど「着いて来てくれるか?」と問いかけると、フランは本当に穏やかな表情で、綻ぶような笑顔を浮かべて頷いた。

俺達には、今はゆっくりと振り返りながら新しい道を歩むための時間が必要なんだろう。
俺の言葉を真に受けてひたすら突き進んで歩んできたフランも、やっと肩の力を抜くことが出来る。
何せ、普通に恋人らしい時間を過ごすことが出来た期間は、今思い返してもZ組として共に過した三ヶ月だった。
やっと、しがらみも何も気にせず二人で過ごす日々を、今は一日一日、当たり前のことも噛み締めて過ごしたかった。


「あっ、バイクで旅するなら運転は任せて頂戴!」
「いやいや、人通りの少ない街道はともかく、フランに好きに運転させたら交通違反で捕まりかねないからな!?」
「そ、そこまで言わなくても……まぁ後ろに乗ったり、サイドカーも好きだけど」
「はは、フランのそういう変わらねぇ所はいっそのこと安心するっつーか。……ジュライに里帰りした後も、何時帰って来ると思って、自分達の帰る家くらいは整えておかねぇとな」


ヴェスタ地区の一角に表札が付けられたアームブラスト家。
旅に出るまでの期間だけではあるが、二人の若い夫婦が学生時代に出来なかったことを積み重ねていくのだ。


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