朝焼けのスピネル
- ナノ -

16

「勝者、ユウリ――!」

キョダイマックスの姿になったジュラルドンが倒れたと同時に、実況の声がスタジアムに響き、轟音のような歓声と共にスタジアムが揺れる。
関係者席から試合の一部始終を見ていたエスカは、大きく息を吐き出した。
ソニアから紹介されていた彼らのバトルを直接見たのは初めてだったけれど、彼女たちの実力は本気のジムリーダーたちにも匹敵する。
いや、もしかしたら、シュートシティに辿り着くまでの成長でダンデにも。

若い少年少女の躍進は嬉しくもあり、そして自分の足が止まってしまっていることに気付かされて悔しくもなる。
目の離せないほどに一進一退の引き込まれるような試合を、キバナと出来る彼女たちが羨ましいなんて。
ダブルバトル用の編成で挑んだキバナのジムチャレンジの試練は、間違いなくジムチャレンジ最難関だ。
ネズまでのバトルチャレンジを潜り抜けてきた十人も、マリィの試合は明日とはいえ、今日は二人しか突破出来ていない。

「……キバナは、凄いジムリーダーだよね」

試合が終わり、満足げな顔で試合の話をしながらスタジアムを出て行く観客たちを見上げて、キバナというジムリーダーの求心力に感心する。

――あのジムチャレンジャーすごいね!
――今回のチャンピオンカップは彼らを応援しよう
――天候を変えて有利に戦うキバナさんの試合はやっぱりすごい
――キバナさんとジュラルドンは格好いい!

そんな話声が耳に届いて、自然と笑みが零れる。
エスカが自分のことのように嬉しそうに微笑んでいるのに気付いてか、ドラパルトもドラメシヤと共ににこやかに笑う。
キバナに懐いているドラパルトも、彼の試合を見て触発されたのか、尻尾がゆらゆらと揺れている。

「ドラパルトはドラゴン使いのキバナに憧れる?ドラゴンポケモンだと、彼に指示されて戦ってみたいとかあるのかな」

エスカの問いかけに、ドラパルトは首を横に振って、エスカの背中にじゃれるように飛び乗る。

「……ふふ、そっか」

キバナに指示をされたいというよりも、彼と戦ってみたいという気持ちの方が強いのだろう。
ドラパルトの頭をなでて、そうしてあげられるかは分からないけれど、何時かそんな経験をさせて上げられたらいいと思いつつ、引き続き行われるキバナの試合を見守るのだ。
すなあらしを舞い上がらせながら、普段のにこやかな明るい表情とは一変して、猛々しく荒々しいバトルを本能のままに心行くまで堪能しているキバナのギャップは魅力の一つだろう。
あの表情は、昔から変わらない。ジムチャレンジをしていた頃から何も。

――ユウリとキバナの試合が終わった後、迷いがなくなったホップとの試合も行われ、本日のナックルジムのバトルチャレンジは終了した。
自分がバトルをしたわけではないけれど、心臓がとくとくと鼓動している。
特別大きなトラブルもなく、最後のジムチャレンジの運営を終えられた安心感は勿論だが、キバナの試合をモニター越しではなく間近で見られた高揚感だ。
ソニアが声をかけに行っているかもしれないが、若い彼らを見送りたいと思い、未だ誘導と後片付けをしているリーグスタッフに挨拶をしてから、ナックルスタジアムを出ようとした時。
後方から駆け足する足音が聞こえてきて、スタジアムの主が、彼女を呼び止めた。


「エスカ!」
「き、キバナ?スタジアム出てどうしたの」
「アイツらを見送ろうと思ってな。ジムチャレンジとはいえ負けてかなり悔しいが、いい試合しやがるぜ」
「私もホップ君とユウリちゃんを見送ろうと思ってたの。そっか。……キバナは本当に良いジムリーダーだと思う」


試合を見ていて、楽しかったもの。
そう呟いて微笑むエスカに、褒められて悪い気はしないと照れ臭そうに笑顔を見せる。
先ほどまでの荒々しさとは異なる顔は、ジムリーダーのキバナではなく、キバナという等身大の人間のものだろう。
そんな表情が間近で、当たり前のように見られる現実が時々信じられなくなってしまう。
ガラル地方の人々に注目される立場にある有名人のキバナが何処か遠くに感じるけれど、寧ろ多くの人に注目されて慕われるキバナの姿が好きだった。

「行こうぜ」と声を掛けられ、エスカは頷く。小走りでも、歩調を合わせてくれる。
遠くに見えるけれど、実際は一番近くに居てくれる人。それが、キバナだった。

キバナとエスカは二人が早速向かっただろうナックルシティ駅に急ぐ。
キバナに勝って最後のバッジを貰ったばかりのホップとユウリは、シュートシティ近くの駅に向かう列車を待っていた。
電光掲示板にはあと五分で列車が到着すると表示されており、ぎりぎり間に合ったことに胸をなでおろす。


「エスカさんにキバナさん!見送りに来てくれたんですか」
「うん。二人とも凄い試合だったね。キバナからドラゴンバッジを貰うなんて」
「チャンピオンカップのトーナメントに勝ち上がって、ダンデと戦えよ!」
「はい!アニキと決勝で戦うんだ」


ダンデの弟であるネズの時のバトルとは異なり、迷いがなくなったバトルをしていた。
無様なバトルをしてしまうと、兄の顔に泥を塗ってしまうという葛藤を抱えていたらしいホップは、漸く自分と自分のポケモンの為にバトルをすることを決心した。
迷いと雑念を断ったホップの勢いは凄まじく、キバナを勢いで圧倒した。
いい試合をしてくれたからこそ、キバナも二人への期待は高かった。


「ユウリ!列車が来たぞ!行こうぜ」
「あっ、待ってホップ!」


列車がホームに着くベルに気付いて、ホップはユウリに声をかけて改札に向かって駆け出す。
嵐のような勢いで行ってしまった二人に、エスカとキバナは顔を見合わせて笑った。


「はは!弟とはいえ、チャンピオンと違って騒がしいヤツだな」
「ダンデ君の勢いもホップ君と似ているものがあるような気もするけど……あの二人、いいライバルだね」
「その通りだな。ライバルが居た方が、切磋琢磨できるからな」


ホップとユウリが意気揚々とした様子で鉄道に乗っていく姿を見送る。
ジムチャレンジを共に進んでいくライバルでもある彼らの姿が、自分達の昔を思い起こさせる。
キバナとエスカはシュートシティに一緒に行くことはしなかったが、シュートシティで会った時にこれから始まるリーグについて広場で話しながら、夢の舞台にお互い目を輝かせていた。
昔の思い出にすぎないけれど、それでもエスカにとっては大切な記憶の欠片だ。


「キバナは明日が終わればチャンピオンカップに向けて、最終調整があるでしょ?」
「シングルバトルだしな。ダンデに今回こそ勝つための調整をして、優勝してやるぜ」
「頑張ってね。あまりプレッシャーをかけるつもりはないけど、それでも私もキバナがダンデ君に勝つ所、見たいから」
「……そうだな」
「?」


今回のチャンピオンカップが終わった後に言おうとしていることをぼんやりと考え、上の空になる青年の葛藤を、横の女性は知らない。
だが、その青年も女性が玲瓏な声と表情の奥に隠している葛藤を、熱を、測り切れてはいない。


「オレ様も今日はバトルしまくって疲れたしな。早々に帰るし、今日は一緒に帰ろうぜ。それとも運営委員の片づけとかあるか?」
「ううん。それはスタッフの方がやってくれてるから。報告だとかアンケートの集計が終わったらそれを分析する作業はあるけど……端末があれば家でも出来るから」
「エスカもオレ様のナックルジムの運営、お疲れさまだな」


エスカがオレ様のジムの担当でよかった、そんな言葉を恥ずかしがる訳でもなく、青年は口にする。
気恥ずかしさを覆い隠す為に淡々とした表情で「そう言ってもらえて良かったし、こちらこそありがとう」とキバナに伝えるエスカの鼓動は、煩く跳ねていた。


――翌日のジムチャレンジも終えて、ジムリーダーとしてチャレンジャーを迎える役目は終了した。
自宅に帰ってきたキバナは、チャンピオンカップの試合に向けて、ダンデの試合を動画で見直していた。しかし、エキジビジョンマッチで戦ったメンバーとは限らない。
何せ、彼自身が今新しいポケモンを育てていると言っていたのだから。

シャワーを浴び終わって部屋着に着替えたキバナは冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。
風呂上がりの冷たい水が喉を通っていく心地よさは格別だった。
チャンピオンカップがこれから始まるから気が休まるどころか気を引き締めなければいけないが、それでもジムリーダーとしてのジムチャレンジの仕事はひと段落ついた。
全ての試合が終わった直後に、戦闘中に撮っていた写真と共にジムチャレンジャーたちへの称賛のメッセージを上げると反響が大きかった。
そうしてナックルスタジアムを、ガラルの名物でもあるガラルリーグを盛り上げていくのだ。

今日活躍をしたフライゴンとジュラルドンをモンスターボールから出して労わりながら、ソファに座ろうとした時、キバナの周囲をスマホロトムが飛び回り、キバナに通知を知らせる。


「ん、どうしたロトム?」
「ロトロト!」
「通知……?珍しいな、エスカか!」


それは個人的なメッセージではなく、アカウントを所持しているが普段はあまり活用していないSNSの通知だった。

『スタッフや観客の皆様はもちろん、ジムリーダーの協力のお陰で無事にナックルジムのジムチャレンジを終えられました。どれも、凄い試合でしたね。ジムチャレンジャーに敬意と感謝を』

そんな彼女らしいメッセージと共に、普段あまりSNSを更新しないエスカが、キバナが丁度戦っている様子を撮った写真と閑散とした役目を終えて静かな無人のスタジアムの写真を載せていたのだ。
エスカの親友でもあるルリナとソニアがコメントをして「いつかバウスタジアムも宜しくね」と冗談めかしているのが多少気になったが。
コメントも多く寄せられていて、非常に多くの人に反応されている。
本人は誰の記憶にも基本的に残らない凡人だと勘違いしている節があるが、氷を具現化したかのようなその鮮烈な印象は当時のジムチャレンジを見ていた人たちの記憶に刻まれ続けている。

「ジムリーダーのおかげ、か……」

キバナはバンダナを外した頭をがしがしと掻いて、熱い息を吐く。
彼女の仕事である運営を手助けしたわけではない。寧ろ、自分が気持ちよく自分のバトルに集中できる環境を整えてくれたのは彼女含めるスタッフや委員の人々だ。
だが、ジムリーダーが戦ってこそ人々はそのスタジアムに注目する。魅せられる。
あくまでも黒子であるが、それでもスタッフが居なければ試合をすることは出来ない。
それをキバナも理解しているからこそ、エスカから貰える最高の言葉だった。

その投稿に『サンキュー、エスカ!』とメッセージを飛ばして、キバナはベランダに視線を移す。
彼女の活躍を、人には見えない部分でのジムチャレンジを成功させるための努力を一番見て来たのはオレ様だと。キバナはそう自負出来た。

「今までで一番のジムチャレンジだったな。なぁ、お前ら」

ジュラルドンとフライゴンは主人と似たような笑顔を浮かべて、同意する。
バトルをするライバルという関係も良かったが、サポートし合うパートナーという関係もまた、居心地がよかったのだ。